読まれなかった手紙
親愛なる親友へ
君がこの手紙を読むのは、馬車に乗った頃だろうか。存外効率を重視する君のことだから、きっと馬車の中でこの手紙を読んでいると思っている。この予想は当たっているかな。
さて、この手紙を読んでくれている心優しい友人へ。この手紙は三枚ある。だがどうか道中で読み進めるのは、二枚目までにしてほしい。三枚目を読む時は、君が目的地へと辿り着いてからだ。
こうして君に手紙を送るのは十年ぶりになるのか。そう考えると少し気恥ずかしくもあるけれど、きっとこれが最後の手紙になるのだとも思うから。だから君に正直な僕の思いを伝えようと思う。
まず、心からの感謝を。君が最後まで僕を見捨てなかったこと。あの時はそれが辛くて、君に強く当たったこともあった。けれど今になって思えば、君には感謝しか無い。
僕は悲劇のヒーローになったつもりで、しかし破滅への一歩を辿ろうとしていた。守りたかったティニアを道連れに。君が命懸けで止めてくれなければ、この国は滅んでいただろう。君が大袈裟だというかもしれないけれど、君は国を救ってくれた英雄なんだ。
だからこそ君は、幸せになるべき人だと僕は今でも思っている。
正直君の選択を、僕は未だに素直に喜べない。君は誰よりも気高く、心優しい人だ。だからこそ誰よりも幸せになるべきだと思うし、なって欲しいと心から願っている。それは今でも、そうしてこれからも変わることは無い。君を長年傷つけていた僕が言うのは、失笑を買うことではあると思うけれど。
だが君がそれを望むのなら、僕に止める権利がないことは重々承知している。きっと僕がこんなことを書くことが、君の心を蝕んでしまうことも。我儘ばかりを一方的に告げて、本当にごめん。
けれどそれでも僕はこれから先、君の幸せを心から願い続ける。例え君が嫌だと思っても、迷惑に思っても、それだけはどうしてもやめられそうにない。どうか君の選択を喜べない僕を、笑って欲しい。君の親友だった、君の願いを受け入れられない酷い友人を。
酷い話だと思う、本当に。僕はあれだけ君に迷惑をかけて、けれどそれでもまだ君に何かを望んでしまうんだ。こんなにも欲深く醜い男に、君の友人である資格なんてない。いいや、きっと資格なんてとうに失っているのだろう。君が許してくれなければ、僕はこうして君に手紙を書くことすらも許されない存在だ。
でも、君は許してくれた。あの時君が告げた「もう馬鹿な事はやめて」というあの言葉。今更と言った僕に、そんなことは思わないと君は言ってくれた。優しく高潔な君だから、きっと罪を見て見ぬふりをして幸せになることが出来ないのだろう。それが憎くて、けれどだからこそ君はリディアナ・フォンテットなんだろうね。
さて、三枚目になるわけだが。果たして君はこれを読んでいるのだろうか。きっとこの手紙は君に読まれることなく、どこか遠くへと飛んでいくのではないかと思っている。それか僕を嫌っている、あの魔法使いさんに燃やされてしまうか。
僕はそうだといいと、そう思いながらこの手紙を書いている。いいや、きっとそうなるはずだ。あの日君は、誰の手に止められてもその足を止めることは無かった。けれどきっと、彼の手に引かれたならば君はきっとその足を止める。それだけの思いを君は彼に、彼は君に寄せているように僕には見えたから。
読まれない手紙を書くなんて、何だか奇妙な話だ。こんなことを書いておきながら、もしこれを君が読んでいたのなら僕は恥ずかしくて消えてしまいたくなるだろう。けれどきっと、この手紙は読まれない。君は、幸せへの一歩を踏み出したはずだ。彼と共に。
これからの内容を、何故君に読まれない部分に書くのか。それはきっと、下らない嫉妬心からだ。僕が幸せに出来ない君のことを、君と共にいつか憧れた魔法使いという存在が幸せにする。僕が魔法使いになれないのは当然であるし、君が幸せになるのは嬉しいけれど、やはりどこか悔しいと思わざるを得ない。自分の狭量さに今、正直自分でも呆れている。
でもどうか、この手紙を読まないであろう君へ。僕を最後まで親友とそう思ってくれた君へ。誰よりも幸せになってくれ。僕や残酷な世界のせいで奪われた幸せを、君を心から愛してくれる彼の元で取り戻してくれ。
僕は王になる。支持者なんていない茨の道の中を、けれど僕を見限らないで居てくれた人達と共に歩いて。僕の愚かな選択がその最たる例である君を失ってはしまったけれど、それを罰として僕は生きていく。そうしていつか、未来を見ていた父上を超える王になってみせる。叔父上と母上の期待に、答えるために。
それをどうか、リティエで見ていて欲しい。僕の親友で、初恋であった君へ。
エリック・フォン・ティニア
「……代償は何だったんですの?」
「……え?」
「貴方は呪術を使ったのでしょう? それならば代償を払ったはずですわ」
薔薇色の瞳を眇めた少女が問いかける。今までの散々な行いのせいで自分を好いていないであろう婚約者は、しかしこうして個人的なことを問いかけてくれるくらいには心を許し始めてくれたらしい。きっとそれは、自分が彼女の親友であったことが大きな理由であるのだろうけれど。
とは言えそれは婚約者という立場の彼女には答えにくい話だと、青年は困ったように微笑んだ。自分と彼女の間には国を導く者同士という親愛しかないことはお互いにわかっているが、それでもいつか自分が払った代償は不貞に値するものだろう。だからこそ青年はそっと視線を逸らして、答えられないと言うように首を振った。もう自分に大きな秘密はない。けれどこの小さな秘密は誰にも悟られないまま、墓まで持っていきたいのだ。いつか抱いていた淡い恋心、それを捨ててしまった愚かな自分のことを。
「……秘密が多い人だこと」
「……ごめんね」
溜息を吐く彼女に青年は申し訳無さそうに微笑んで、そうして手元の書類へと目を落とした。そこにはリティエに新たに生まれた聖女と、その教育係についてのことが書かれている。書類に記載された二文字の名前を見つめながら、青年は小さな笑みを浮かべた。その肩では不思議そうな表情を浮かべた小さな妖精が、首を傾げている。
もうその名前をなぞる指に、恋はない。そこにあるのは確かな友情と、心からの親愛だけだった。
これにて聖女の教育係は完結とさせていただきます。今まで連載にお付き合いいただき、ありがとうございました。
活動報告の方にて今後の活動方針についてご報告しています。興味のある方はそちらにも目を通していただけると幸いです。




