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聖女の教育係  作者: 楪 逢月
最終章
133/158

第三十話

「……ところで、ここは?」


そうしてどれだけの間抱きしめあっていたのだろう。勢いに任せて手を回しても、時間が経てば段々と羞恥心は押し寄せてくるもので。羞恥心を誤魔化すように問いかけて、リディアナはそっとレンの首に回していた手を解いた。それを察してか、レンもまた腕の中からリディアナを解放してくれる。リディアナの体はレンの膝から、そうして白く清潔な柔らかいベッドへと落とされた。

ようやっと開けた視界で、リディアナは辺りを見渡す。豪華な調度品が飾られた、広い一室。どうやらこの見覚えのない部屋のベッドに自分は寝かされていたらしい。何故か、少年に抱きかかえられる形で。疑問点が多いと首を傾げたリディアナに、ベッドの脇に座ったレンは答えを返してくれる。


「王城のどっかの部屋。あんたは今治療中ってことになってる」

「お、王城……?」

「まぁ治療中なのは間違いじゃないけど」


ふぁ、と眠そうな欠伸が一つ。ベッドの脇に座ったレンは眠たげに瞳を細めながら、リディアナの手を握った。繋いだ手からひんやりとした温度が伝わってくることに小さな違和感を覚えつつ、しかしリディアナはそれよりもレンの言葉のその意味を咀嚼しかねていた。たった今手を握られた、その意図も。


「今、あんたの体は抜けてった大量の魔力に混乱してる。だから俺がくっついて弱い魔力を流してる」

「成程……?」

「体内環境がやっと安定してきたから起きれたんだろ」


しかし多すぎる情報量に混乱するリディアナの内心を察してか、聡い少年は直ぐにその意図を説明してくれた。どうやら先程までベッドの上でリディアナを抱えていたのも、そういう意図があってのことらしい。そうして今手を繋いでいる理由もまた、同じなのだろう。

納得したリディアナは、けれどレンの言葉に再び疑問を抱いて眉を寄せた。体内環境が安定しなかったから、リディアナは起きれなかったらしい。やっと、レンのその言葉には長かったという実感が込められているような。胸を刺した嫌な予感に、リディアナは自分の手を握っている少年の方へ恐る恐ると視線を送った。


「……その、やっと、って」


不安に揺れる青の瞳に何を思ったのだろう。ぱちりという一度の瞬きの後、リディアナのその問いかけにレンはにやりと笑った。悪戯っぽいその顔は年相応で、しかしそれを喜べるような状況でもなく。そうして伝えられたレンの言葉によって、リディアナの嫌な予感は見事的中した。


「今日はあれから三日後。よく寝てたな」

「みっ……!?」


それは、よく寝てたとかそういった次元の話ではない。零れ落ちそうな程に目を見開いたリディアナを見てか、レンは楽しげに口角を上げる。笑い事ではないとそう言葉にしようとするも、その声は形にならず口の中で崩れ落ちていって。動揺と混乱が起き抜けの頭を掻き乱していく。

あれから三日。つまるところ聖女候補のお披露目パーティーの日に倒れてから、リディアナは三日も眠っていたということだ。それほどまでに自分の状態は悪かったのか、そう考えたところでリディアナはあることに気づく。リディアナの体調が安定するのに三日もかかったということは、つまり。


「……貴方は三日も傍に居てくれたの?」

「……悪いかよ」


様々な疑問は残っていた。何故自分は王城に居るのか、あれからパーティーはどうなったのか、エリックは無事なのか。けれどそのどれよりもリディアナが気になったのは、いつになく眠そうにしているこの少年が三日間何をしていたかだった。

思わず問いかけたリディアナのその言葉に、レンは瞳を見開くと気まずそうに視線を逸らす。その顔に浮かぶのは先程までの悪戯っぽい表情ではなく、隠したかったことがバレたかのような表情で。その表情にリディアナは一瞬だけ小さく目を見開いて、しかしその後柔らかく微笑む。胸に込み上げた感情を形にしようと口からついてでたのは、いつもの感謝の言葉だった。


「……いいえ、ありがとう」


この少年が眠そうにしているのは、きっとリディアナの傍でずっと魔力を操作してくれていたからなのだろう。リディアナの体に支障が出ないようにと、最後まで手を抜くことなく守り続けてくれたのだ。そう考えると胸の当たりが温かくなる気がして、リディアナはその表情を綻ばせて礼を告げる。その表情と言葉に、レンの瞳が僅かに嬉しそうに細められたのには気づかないまま。


「……仲良しだねぇ、レンレン」

「えっ?」


しかしそこで聞こえてきた高い鈴の鳴るような声に、リディアナは視線をそちらの方へと向けた。聞き覚えのない声だとそう耳が告げた通り、そこにはリディアナが知らない存在がいる。赤く輝く鱗粉を落とす、小さな生き物が。その生き物はベッドサイドのテーブルに腰を掛けて、そうしてこちらを楽しげに見つめていた。


「……やめろ、それ」

「私のことはルーちゃんでいいよ?」

「誰が呼ぶか」

「やー!?」


初めて見るその存在に、リディアナは大きく目を見開く。人と呼ぶにはその羽は余計であるし、何よりも小さすぎる。何よりもその容姿は、歴史書に描かれるとある存在に酷似していて。しかし混乱するリディアナを置いて、手のひらに乗る程度の大きさの少女はその羽を羽ばたかせながらリディアナたちの方へと近づくと、レンの肩に座り込んだ。

だが座られた瞬間に嫌そうにレンがその存在を手で叩き落とす。いつになく乱暴なレンの仕草にリディアナがぎょっとするも、小さな少女はくるりと空中で受身を取って見せた。小さく儚げな存在が地面に叩きつけられなくて良かったと胸を撫で下ろしながらも、リディアナは困惑したようにその少女を見つめた。視線に気づいたのか、少女もまたリディアナの方へ視線を向ける。赤い瞳と青い瞳、相反する色はそうして交じり合った。


「……大妖精、様?」

「正解! いやー、起きてると更に綺麗な子だね!」


震えそうになりながらも呟いたリディアナの言葉に、小さな存在は満足げな笑みを浮かべる。そうしてそのまま大妖精はリディアナの方へと近づくと、観察するようにリディアナの周りを羽ばたき始めた。どうすればいいのか、リディアナは状況を把握できずに硬直する。下手に動いてはくるくると飛び回る小さな存在を弾き飛ばしてしまいそうだったし、そもそもにして何故ここに大妖精が居るのかもリディアナにはわからなくて。リディアナは動かないようにしつつ、助けを求めるかのような視線をレンへと向ける。


「……ほら、これでいいか」

「わっ!?」

「あ、ありがとう……」


かくして、リディアナは理解できない状況から救われた。リディアナのおろおろとした様子に気づいた少年が、その手でリディアナの周りを飛び回っていた大妖精を捕獲してくれたからである。少々乱暴な仕草ではあったが、救われたことに違いはない。突如握られたことにかレンの手の中で藻掻いている大妖精に申し訳なく思いつつも、リディアナはそっと胸を撫で下ろした。弾き飛ばさなくてよかったと、そんなことを考えつつ。


「驚かすな、あと近寄んな」

「あ、そっか」

「……そっか、じゃない」

「わあー!?」


そんなリディアナを他所にレンは大妖精、ルージュを睨みつける。先程までリディアナに向けていた声とはまるで違う、低く冷たい声がその口から零れた。今レンがリディアナに施している魔力操作は繊細かつ高度なものだ。レン程の力がある者でも、こうして直接触れ続けなければいけない程に。万が一にでも操作が大きく乱れれば、リディアナの体にその衝撃が伝わり異常が出るかもしれないのだ。そうなれば反転の術も、今までの魔力操作も、全て意味がなくなる。

だからこそ大きな魔力が持つ者が今のリディアナに無闇矢鱈に近づくなと言っていたのに、この小さな存在はそれをすっかりと忘れているらしい。その小さい頭の中身は空っぽなのか、そう内心毒づきつつもレンは再びルージュを空中へと放り出した。少し離れたところで間抜けな悲鳴が漏れる。


「おい、気分は?」

「え……大丈夫、だと思うわ」

「……ならいい。一回手離すぞ」


しかしそんなルージュのことなどレンにとってはどうでも良かった。繋いだ手の先、ぽかんとしている少女にレンは端的に問いかける。そんなレンの視線に、リディアナは更に困惑を重ねながらも首を振った。体調は良好だ、寧ろ久しぶりに味わう快調に戸惑っている程である。今のリディアナには頭痛も寒気も関節の痛みも、何もないのだから。

不思議そうにするリディアナを見て、その言葉が嘘偽りではないとわかったのだろう。レンは一度頷くと、繋いでいた手を一瞬だけ離した。その瞬間に一時的な目眩がリディアナを襲うが、すぐにそれは収まり元の調子へと戻る。気分の悪さは特に感じずに、リディアナは首を傾げた。この状態はもう問題がないということなのだろうか。


「……大丈夫そうだな」

「……そうみたい」


手を離しても顔色を悪くしないリディアナを見てか、リディアナを観察するように見つめていたレンはその表情を柔らかく綻ばせた。そうしてレンは、その指先をリディアナの頬へと伸ばす。温かな温度がその指に伝わることにか、レンはますますと表情を柔らかくしていって。その指先と表情にどこか擽ったい気持ちになりながらも、リディアナはただ大人しくその指先を享受した。柔らかく温かな雰囲気が部屋の中を満たしていく。


「おい妖精、面会謝絶は終わったって言ってこい」

「! もういいの?」

「これなら他の奴が近づいても問題ない……って、最後まで聞けよ」


しばらく経って、レンはリディアナの頬から手を引いた。リディアナがもう大丈夫だという安堵からか、先程よりも幾分か柔らかい声でルージュへと告げるレン。それに注意されたことで大人しくしていたルージュが、最後まで話を聞かずに姿を消したことに溜息を吐きつつも。しかしその表情は柔らかく緩んだままで。

そんなレンを見てリディアナは苦笑を零す。大妖精である少女を顎で使う辺りが大物だなと、そう考えて。しかし面会謝絶、自分がそんな状態になっていたとは。現実味を増してきた三日間眠っていたという事実に謎の罪悪感を覚えながらも、リディアナは自分の頬から手を離した少年を見つめた。その視線に首を傾げたレンに、リディアナはそのまま問いかける。


「大妖精様は、誰に伝えに行ったの?」

「……メアリとか、あの双子とか、あんたの父親とか」

「そう、なのね……」


ルージュが誰に告げに行ったのか、リディアナはそれが気になったのだ。何故かはわからないがここは王城であるわけだし、告げに行った相手とはもしかして彼なのだろうか。一瞬浅はかな期待を抱いたリディアナは、けれど瞳を細めて告げてきたレンに眉を下げる。やはり現実とはそう都合良くは行かないものだ。意識を失う前に温かさを取り戻したように見えた緑色は、どうやらリディアナの錯覚だったらしい。

とはいえきっとメアリやミレーニアにクラウディオ、そしてアーノルドもリディアナを心配してくれていたはずだ。早く安心させたいと、表情を引き締めたリディアナ。儀式を立派にこなしたメアリを褒めてあげたいし、後始末に奔走したであろう二人に感謝を述べたい。そうしてアーノルドにだって一言告げたいのだ。壇上に上がるリディアナを、強く心配してくれていたであろう父に。


「……あと、あんたの友達とか」

「!」


ぐっと拳を握って、身構えるかのようにベッドで背筋を正したリディアナ。しかしそんな彼女に、突如として爆弾は落とされる。言葉もなく目を見開いたリディアナを見て、レンは瞳を増々と細めた。そんな中、遠くから足音が聞こえてくる。駆けているかのような乱暴な足音は徐々に近づいてきて、部屋の前で止まった。そうしてリディアナが緊張に固まる中、扉の奥からその存在は姿を現す。切らした息と共に小麦色の髪を、揺らしながら。

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