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聖女の教育係  作者: 楪 逢月
最終章
130/158

第二十七話

そうしてアランの呼び立てた衛兵によって、事を企んだとされるカールと実際に事に及んだシスターは連れられて行った。この後ギブソン家全体に捜索の手が入り、それが済めば二人は司法の場において沙汰を待つ身となるだろう。最もこのような場所で暗殺未遂の事件を引き起こしたその罰は、軽いもので済むわけはなくて。とはいえ二人の行末を考える余裕もないほど、今は目前に大きな問題が転がっているわけであるが。


「しかし、エリックとリディアナ嬢は一体どこに……」

「エリック……」


大きな問題とはエリックとリディアナはどこに姿を消したのか、それについてだ。王太子の誘拐なんて場合によっては、先程の暗殺未遂よりも大きな問題になりかねない。何故ならばエリックはどれだけの問題児であっても、この国を唯一継ぐことが出来る存在なのだから。彼に万が一のことがあれば、ティニアの情勢は酷く混乱することだろう。

それに姿を消したもう一人のリディアナだって、公爵家という高位に属する令嬢である。王城の警備不足だと、エリックの件で悪化しているフォンテット公爵家との仲に更に亀裂が入るような自体になりかねない。幸いにしてフォンテット公爵は現在会場の隅で沈黙を守ってはいるが、いつ責め立てられるかもわからないのだ。故に早急に、アランはエリックとリディアナの捜索を始めなくてはならない。


だが二人が急に姿を消した以上、探す宛てはどこにもなくて。その足取りを辿る手がかりは、何一つだって残されていないのだから。苦悩の声を上げたアランの隣に、王妃として寄り添うようにカトリーヌは立つ。最もその表情は煙のように姿を消した我が子の身を案じてか、酷く青褪めたものではあったが。


「アラン国王陛下、それに関してお話が」

「……クラウディオ殿下」


事は解決したものの、二人の行末を案じてか暗い沈黙に落ち込んだパーティー会場。しかしそんな中、一つの声が上がった。毅然とした声の主の名前を呼びながら、アランはその声の方へと視線を向ける。こちらへ歩み寄ってきている、クラウディオの方へと。

呼ばれた名前に僅かに緊張を抱きながらも、クラウディオはアランの方へと近づいていった。カールの一連の騒動に関しては、クレアやメアリに任せ切りになってしまった。後のことは頼むとリディアナに託されて起きながら、情けない限りである。しかしだからこそ、ここからは自分の領分だ。そう覚悟を決めてクラウディオはアランの前に立った。突然の入り込んできたことにか怪訝そうに細められたアランの緑の瞳に、緊張するように拳を握りしめながらも。そんな兄を心配してか、少し遅れてミレーニアもまたクラウディオの隣に立った。二人の王族が新たに壇上へと上がる。


「……リディアナ・フォンテット嬢とエリック王太子殿下は恐らく、私の部下によって場所を移されました」

「部下?」


どう説明したものかと考えて、思考を逡巡させて。そうして辿り着いた答えをクラウディオは呼吸と共に紡ぎ出す。言葉を形にした瞬間、何を言っているのだと言わんばかりの視線が隣のミレーニアから突き刺さっても。されどクラウディオは言葉を撤回することなく、毅然とアランを見つめる。訝しげに言葉を返されても、決して瞳を揺らがすこと無く。


「はい。リディアナ嬢の治療のために移動したのだと思われます」


その言葉に瞳を細めたのは、レンのことを知っているコルトもまた同じであった。彼はリディアナとエリックが姿を消したのにはレンが関わっていると知っていて、それでも黙っていたのだ。生意気ではあるが心優しい少年が、謂れの無い罪を被り不利益を背負うことがないようにと。レンが二人を連れて行ったのには悪い目的がないと、そう知っていたからこそ。

だからこそ突如口を挟んできたクラウディオによる、レンが部下という聞き覚えのない事実。それに口を挟もうとして、しかしコルトは口を噤む。アランを見据えるクラウディオの真っ直ぐな眼差しには、ただ真摯な光が宿っていたからだ。どうやら目を掛けているあの少年が、この青年に悪いように利用されることはないらしい。そう考えたコルトは黙って、クラウディオの行末を見守ることにした。レンが不利益を被りそうになったら、いつでも口を挟めるようにとの警戒は緩めないまま。


「治療、とは?」

「少年がパーティーに参加していたのを見ませんでしたか? 彼は私の部下で……そして、人の身では扱えない魔法を扱うことが出来る魔法使いでもあります」

「何……!?」


そんなコルトの視線に気づく余裕もなく、クラウディオは真実に偽りを少しだけ混ぜた説明を続ける。クラウディオのその言葉に、目を見開くアラン。それと同時に、会場のあちこちでざわめくような声が上がった。それも当然のことだろう。あまりにも当然のようにそこに居るので忘れがちになってしまうが、本来であれば魔法が使える存在になんて一生かかっても会えない可能性の方が高いのだ。周囲の反応に内心苦笑を浮かべつつ、クラウディオは言葉を続けた。


「魔法使いはリディアナ嬢と懇意にしておりまして、友人である彼女を助けようと乱暴な手段に出てしまったのでしょう」

「……では、エリックは」

「リディアナ嬢を抱えていたため、恐らくは彼の使う転移の術に巻き込まれたのかと」


故に彼らの無事は保証すると、そう締めたクラウディオの言葉にアランは眉を顰めて黙り込む。クラウディオの真っ直ぐな青灰色の瞳に悪意は見当たらず、心からの言葉を告げているように見えた。しかしそれでも到底信じられるわけがないのだ。一生かかっても会えないような魔法使いという存在が都合良くこの場にいて、そうしてエリックが姿を消した理由は転移に巻き込まれただけなんて。

これはリティエの政略ではないのかと、アランの中で疑念が渦巻く。新興国であるリティエは商業が盛んな国ではあるが、その反面緑が少なく土地が貧しい。こう言っておきながら実際はエリックを誘拐して、そうしてティニアから資源を奪おうとしているのではないか。この場では大人しい顔をして、けれど後に牙を剥くのではないか。


「……ご歓談中、失礼致します」

「……フォンテット公爵?」

「お言葉ですが、クラウディオ殿下の仰っていることは正しいかと」


エリックを案じるが故にクラウディオの言葉を信じきれず、警戒するように瞳を細めていたアラン。しかしそこで突如として割り込んできた人物が居た。過去の美貌をそのままに、老いても尚美しい男が突然会話へと割り込んできたのだ。それは近年に渡り王家との関係が悪化し続けているフォンテット家現当主の、アーノルド・フォンテットだった。クラウディオを肯定するアーノルドの突然の言葉に、アランは目を見開く。最も彼の肯定が予想外だったのは、クラウディオもまた同じであったのだが。


「私は紫の瞳の少年が姿を消す瞬間を、この目で確かに見ました。あれは魔法使いの類にしか出来ない芸当でしょう」

「……それは真か?」

「ええ、家名に誓って」


予想外のところからの援護に、クラウディオは困惑する。アランに事情を説明してわかってもらえたとしても、次はアーノルドを相手取らなければならないとそう考えていたからだ。しかしアーノルドは寧ろ、アランを説得するためか家名を出してまで目撃証言を語ってくれている。それは彼の胸中が見えていなければ、騒ぎを大きくしないために娘を切り捨てる非道な親の姿にも見えただろう。

だがクラウディオはアーノルドの美しい顔が見えない代わり、その胸中が見えていた。不安に渦巻き、狂おしいほどの焦燥感に駆られながらも何かに縋っているその内心が。この精神状態で冷静な声が出せるのが信じられない程アーノルドは焦っていて、それでも彼はクラウディオを援護しに来てくれた。それはきっと、彼もまたリディアナの居場所を守りたいが故に。そこにあるのは後悔と罪悪感に苛まれ続けながらも尚、純粋に輝く娘への愛情であった。


「……貴殿までもがそう言うのか」


そうして二人の声に背中を押された結果、アランは魔法使いの存在を信じなければいけない事態へと追い込まれる。友好国の王子と、ティニアでも有数の公爵。その二人に信じろと言われ、片方には家名までも掛けられ。そこまでされてしまえば、信じない方が狭量だとそう思われるような場へと追い込まれたからだ。だからこそアランは胸に僅かに残る疑念を抑え込み、とりあえずはクラウディオの言葉を信じることとした。


「……一応は、その言葉を信じよう」

「……感謝致します」


苦渋に満ちた決断を、言葉にする。仮にそれが本当ならば、リディアナは狂人の犠牲にならず帰ってくるのかもしれない。かつては息子の親友であった彼女の無事は、アランにとっても嬉しいことである。治療の話が本当ならば、当然エリックも無事に帰ってくることだろう。

とはいえその話を完全に信じきることは出来そうになくて。不肖の王子でこそあるが、それでもアランにとってエリックは大切な存在であった。だからこそアランは低い声でクラウディオに釘を刺す。万が一の事態に陥った場合の、こちらの出方を。


「だがしかし、エリックが無事に帰ってこなかった場合には……」

「はい、存じています」


ティニアとリティエの国力には大した差はない。だから万が一にでもエリックが帰ってこなければ、武力行使に出るのもやむを得ないことをアランは匂わせる。しかしそんな脅すような言葉にも、クラウディオは一切動じずにただ頷いた。その姿からは嘘偽りが感じられず。クラウディオの真摯な瞳に、アランは胸を満たす焦燥感を漸く飲み込んだ。どうやら互いに覚悟は決まっていると、そう認識することが出来たので。

クラウディオは信じてくれたことに感謝を述べるかのように、アランに頭を下げる。そうしてもう振り返ること無く、隣にミレーニアを連れると壇上から去っていった。それと同時にアーノルドもまた壇上を降りて、そうして会場の隅の方へと戻っていく。毒の件に、エリックとリディアナの所在に関する件。それら二つが一旦は解決の目処が立ったと言えるだろう。しかしそれでもアランの王としての勤めは、まだ終わっていなかった。


「……皆の者、これより聖貨の儀を始める」


壇上でそう厳格に言い放ったアランの言葉に、事態を見守っていた観衆はざわめく。こんな有様になってしまって、当然パーティーは中止されると思っていたからだ。しかしそんな観衆を見渡して、アランは静かに瞳を閉じる。そんな王の姿に、ざわめいていた会場は徐々に静寂を取り戻していった。完全に静まり返った会場に、アランの声が響き渡る。


「強要はしない……だが、一人でも多くの者がリディアナ嬢の無事を祈ってくれればと思う」


リディアナの無事を祈ってほしい。その言葉に誰が何を思ったのか、いかに王といえどアランにはそれら全てが見通せるわけではなかった。しかし流れるように一人、また一人と貴族達が壇上へと並んでいく。それに何かを感じ取ったのか、何も命じられずとも列になった彼らにコルトがコインを渡して。そうしてコインを貰った人々は次々と、会場の隅に置かれた泉の方へと向かっていった。

コインは次々と水の中に沈んでいく。指を重ねた人々は瞳を閉じて自分が投げたコインに願いを馳せる。中には己の欲望を叶えるために願った者が居た。中には気に入らない人間を蹴落とすように願った者だって居た。しかしそんな中決して少なくはない人数が、リディアナの無事を願った。いつかリディアナに助けられた人が、リディアナの在り方に魅せられた人々が、白薔薇の令嬢として重ねてきた彼女の無事を大妖精様に願った。人々が願う、そんな光景を遠くから見つめてミレーニアは小さな声で呟く。


「……なんで、部下なんて言ったの?」

「それが、彼の身分を一番に保証できると思ったからだ」


メアリやエレン、クレアが願いに行ったのを見送って。そうして会場の端、誰にも聞こえないような声でミレーニアはクラウディオに問いかける。それに端的な答えが返ってきたことにミレーニアは青灰色の瞳を眇めた。低い声で言葉を紡ぎながら、ミレーニアはクラウディオを見上げる。


「わかってるの? 王子に何かあったら、あたしたち道連れよ」


ミレーニアの言葉は正しかった。クラウディオがレンは自分の部下だなんて言ってしまえば、レンがしでかしたことの責任は全てクラウディオに向かうことになる。それは巡り巡って結果として、リティエへと向かうことになるだろう。最悪リディアナが危惧していたような戦争にだって陥るかもしれないのだ。

ミレーニアはその重みが理解できているのかと、クラウディオを強く睨みつけた。しかしそれに返ってきたのは、静かに凪いだ真っ直ぐな瞳と言葉で。


「……それでも、俺に出来る最大限を尽くしたかった」


そう、ミレーニアの言葉は理解できて、しかしクラウディオは何も出来ないままで居るわけにはいかなかった。エリックを止めることも、リディアナのように痛みを背負うこともクラウディオには出来なかったのだ。それならばせめて責任を負うことくらいは、果たさなければ。

クラウディオの知ってる顔は誰だって、自分にできる精一杯をこなそうと足掻いたのだから。ならば自分もまたその全てをかけて、今も尚リディアナを助けようと足掻いているであろう少年の助けにならなければ。


「……やだやだ、あたしだけ心が狭いみたい」


その真っ直ぐな瞳を見て、ミレーニアは溜息と共に拗ねたように唇を尖らせる。リディアナに任せてと言っておきながら、結局自分には出番がなかった。それどころか懸命に足掻こうとした兄にまで文句じみたことを言ってしまって。そんな自分を情けなく思いつつも、それならばとミレーニアは顔を上げた。

兄が背負うと決めたのなら、ミレーニアもまたそれに同じだ。一人なら重い責任も、二人で割れば少しはましになるだろう。それを告げるようにミレーニアはクラウディオに笑いかけて、そうして一角を指差す。


「……お兄様、願いましょ。リディの無事と、あいつが何もしでかさないようにって」

「……ああ、そうだな」


指した一角とは、人々が今も尚願いを馳せている人工の泉だ。本来ならば国の無事を祈ろうとしていた聖貨祈願の儀式。その願いを愛する友人のために使うこと、それがミレーニアにできる精一杯。そうしてクラウディオとミレーニアは連れ立つように泉へと向かう。現在レンが大聖堂で、どんな選択肢を迫られているかなんて当然知らないままに。

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