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聖女の教育係  作者: 楪 逢月
第一章
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むかしむかしのおはなし

昔のこと、この国は緑溢れる小さな街でした。決して華やかとは言えない街でしたが、美しい自然と美しい人々の心が眩く輝くような、そんな街でした。

そんな街を気に入っている1人の小さな妖精がいました。その妖精は、穏やかで心優しい者が溢れているその町が大好きでした。お気に入りの屋根の上に座り込み、一日中愛おしい街と人々の生活を眺める妖精は、それはそれは幸せそうな顔をしていました。


しかしある時土地を巡る国同士の戦争によって、美しい緑や心優しい人々は災禍に呑まれることとなります。燃えていく生きていた森たち、炎と煙で苦しみながら死んでいく人々。

妖精は大切なものが奪われて、悲しくて何度も叫びました。やめてと、ひどいと、これ以上何も奪わないでと。けれど妖精の声は人間には届きません。結局妖精が何も出来ないまま、街は灰になってしまいました。


妖精は人が嫌いになりました。大好きだったものを奪った人が憎くて憎くて仕方ありませんでした。大好きだったものの中に美しい心根の人々が居たことも忘れて、人を恨み憎むようになってしまったのです。

けれどその恨みや憎みは妖精の力になりました。1人の小さな妖精だったものは憎しみから火の大妖精になり、街だった場所に足を踏み入れようとするものを燃やしていきました。やがてその場所は災禍の街と恐れられるようになり、誰も近づくことが無くなったのです。


それから何年も経って、この場所が美しい緑で溢れていたことを誰もが忘れた頃。1人の青年がこの場所に足を踏み入れました。妖精は久々の招かれざる客人だと、当然のように青年に火を向けます。しかし青年を見ると、妖精はびっくりして手を止めてしまいました。なぜなら青年が、妖精の目をしっかりと見つめていたからです。あの愛おしく懐かしい緑と、同じ色の瞳で。


「どうして泣いているの?」


青年が妖精に問いかけました。その真っ直ぐな瞳はやはりかつて妖精が愛していた緑にとてもよく似ていて、妖精は懐かしさに思わず涙を流してしまったのです。

燃やさなければという気持ちと、あの時の無念を誰かに聞いて欲しいという気持ち。その2つを天秤にかけてやがて妖精は、ぽつりと言葉を零しました。


「守れなかった」

「大好きだったのに守れなくて、大好きだったから憎くて、だからもうこれ以上誰にも汚されたくなくて」

「そんなことしても、帰ってこないのに」


勢いのままに零れたばらばらな言葉を集め合わせても、形のある説明になりはしません。けれど泣きじゃくる妖精に青年はそれ以上問いかけることなく、ただ頷きました。

妖精に何があったのか、この街に何があったのか、そんなのが今の言葉でわかるわけがありません。理解出来るはずもありません。けれどその頷きは妖精の無念を分かってくれているように見えて、妖精はまた涙を流しました。


その日から青年は、その街に住むことになりました。青年は1日中1人で瓦礫を除け、種を撒き、お墓を作ります。妖精はそんな青年の背中をじっと見つめていました。

壊れた建物が直っていく度、種が芽吹く度、弔われなかったものが弔われる度、そこは街になっていきました。そして街になる度、人がゆっくりと増えていきました。最初は人を拒絶した妖精も、増えていった人々が街の復興に協力してくれているのを見ると、次第に何も言わなくなりました。


廃墟同然の土地は街に、そうして街を超えて国となりました。緑の溢れる、昔よりも活気に満ちた、美しい国に。廃墟が国になっていくのを、妖精はずっと見つめていました。あの時壊れていく街を見ていた気持ちとは真逆の感情で、建っていく国を見つめていました。

その緑は、かつて妖精が愛したものとは全く同じものではないかもしれません。それを作り慈しむ人々も、緑に影響がないように立ち並ぶ街も。けれど向けられた気持ちは、込められた愛情は、きっと妖精が愛したあの時の街と何も変わらないのです。


完成した国を見下ろす妖精に、長い年月の末老人になった青年は問いかけます。


「今度は、滅びないようにこの国を守ってくれないか?」


青年は王になっていました。昔よりもずっと仕立てのいい服を着て、昔よりもずっと威厳に満ちた声になって、けれどあの時と同じ真っ直ぐな瞳で妖精を見つめます。

街は、あの時とはもう違います。今のこの国は、妖精が愛していたあの街とは似ているようで全く似ていません。けれど妖精の心には、昔と同じ気持ちが芽生えていました。


「貴方が王様なら、いいよ」


愛おしいと、楽しいと、幸せだと。その感情を取り戻してくれた王に妖精は笑顔を向けます。実に何百年ぶりの、心からの幸せそうな笑顔に、王も釣られて笑いました。

その日から城に小さな神殿が出来ました。王が小さな友達のために作ったその緑溢れる美しい神殿は、妖精にとって何よりも愛おしい場所となりました。そうして妖精は、国中から愛される守護妖精となったのです。


しかし年月は残酷に流れます。妖精と違い、人には寿命があり、それは王もまた同じでした。王の死に際、妖精は王の手を握って新しい約束を結びます。それは愛おしい友が安心して逝けるようにと、そう願った妖精の優しい約束でした。


「貴方の血と意志を引く王様なら、これから先もずっと守ってあげるから」


王が妖精に礼を言います。そうして妖精が大好きだった緑色の瞳が閉じられて、そうして王は遠い世界へと旅立ちました。冷たくなった王の骸を掻き抱いて、妖精は涙を流しました。必ず誓いを果たすと、愛おしい友に誓ったのです。


その日からこの国は優しく強かった王と、心優しく慈悲深い妖精によって見守られています。

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