第7話 出立
おとなたちが片付けをしている。それを広場に立ってながめた。
獣との戦闘で、村の守兵は半数にへったらしい。
訓練兵は、ぼく以外死んだ。
都から派遣されていた兵士は十人。そのうち、三名の遺体は見つかったが、あとは行方不明だった。
獣がまとまり同時にあらわれた。それは例がないらしい。この村に上級獣が出たことも初めてだという。
火を吐く上級獣は、あといっぽのところで取り逃がしたと聞いた。
上級獣は知能をもつといわれており、またこの村を襲ってくることが予想されるそうだ。
「アト!」
声をかけられ、ふりかえると父さんだった。
「アト、これをたのむ」
父さんが出してきたのは、一通の手紙だった。
「コリンディアという東の都に、この国の歩兵隊がいる。その隊長にわたすのだ。できるか?」
コリンディア。ここからいくつかの村をすぎてやっと着く、大きな街だ。
「父さんは?」
聞き終わる前に首をふった。
「父さんは村長だ。村のみんなを守らないといけない。アト、たのめるか?」
自分の身が守れるまで村から出るな。そうつねに言っていた父さんだ。いいのだろうか。
「家から荷物をとってきなさい。すぐに出立だ」
家にもどり、荷造りをした。家のなかはグールが暴れたので散乱している。自分の服をひろい、背負い袋にいれた。
水袋をさがしに調理場にむかう。
土壁で作った焜炉が崩れていた。
なかに焼けた堅焼きパンがあった。握りこぶしほどの大きさで六つ。ぼくが食べたいとぐずったパン。母さんは、初訓練のお祝いに用意してくれていたんだ。
堅焼きパンは、すべて背負い袋にいれる。東の都まで何日かかるだろうか。
荷物を持って広場にもどると、父さんとザクトが話をしていた。
「だから、セオドロス」
父さんの名を言った。ザクトは流れ者だと思っていたけど、父さんを知ってたのか。
あらためて剣と盾を持ったザクトを見つめる。この人は守兵ではない。
守兵は、家の農業をしながら兼務する人がほとんどだ。この人は、ねっからの戦士。そんな雰囲気がただよっている。年齢も父さんと近しく見える。かつての戦友だろうか。
「コリンディアは遠い。子供に無茶をさせるな」
「そうは思わん」
「メルが死んで、やけになっているのか?」
メル、母さんのことだ。ザクトは母さんも知っていたんだ。
「いま、おれには、アトがすべてだ。あの子がいるから、おれはまだ冷静でいられる」
ザクトがなにか納得したようにうなずいた。
「おまえ、そういうことか。この村から離す気だな」
「そうだ。だから一緒に」
「ここを動く気はない」
「おれは村長で動けん。たのむ!」
「この状況で去れるわけがなかろう。おまえを置いて」
父さんとザクトが見あった。ふたりの会話の意味がよくわからない。
「行くよ、父さん。ひとりで」
声をかけると、ふたりはおどろいてふり返った。
父さんが平気な顔をしているのが、ふしぎだった。それはまちがいだ。
あのとき、ぼくのあとに父さんが来た。部屋から出され外で待っていたが、戸口にかけられた布の隙間から見えた。
父さんは耐えているんだ。ぼくも耐えなければ。あのときの父さんの背中、小さく震えていた。平気なわけがない。
「アト……」
父さんは、ぼくの前にひざをついた。
「おまえのほかに、もうひとり、使いの者をだす。どちらかが着けばいい。だから無理はするな」
ぼくはうなずいたが、心に決めていた。その人より早く着いてみせる。
「気をつけてな」
父さんが、真剣な顔で言った。
ぼくは荷物を背負い、コリンディアをめざし歩きだした。
村長である父さんの命により、アッシリア軍の派遣をお願いに行く。
一日も早くコリンディアへ行き、軍をつれて帰る。それがいま、ぼくにできる精一杯の役割だと思った。