第6話 間に合わぬ癒やし手
「ザクト、後続の守兵をひきいて村の東へ行け!」
「まかせろ!」
「アト!」
「わかってる父さん、もどるよ!」
ザクトは駆けだし、遅れて集まってくる守兵をまとめながら東へ走った。ぼくもついていく。村の東側は、いくつかの家が倒壊している。道に倒れた人もいた。
「あそこだ!」
守兵が民家に押しいった獣を見つける。
「むこうにもいるぞ!」
ほうぼうにグールがいる。
ぼくは高台にある自分の家にむかって走りだした。息を切らし坂をあがると、ぼくの家と隣家は崩れかけている。煙もでていた。
「母さん!」
家にはいると誰もいない。よかった。
「若いの、離れろ!」
ザクトの声。家から飛び出る。
半壊した隣家から、のそりと大きな獣があらわれた。雌牛のような姿をしているが、大きくねじれた角が生えている。
これも上級獣だ! あの家には幼なじみの女の子、ニーネがいる。
巨大な口に人の手が見えた。
「ニーネ!」
突進する。
斬った、と思った瞬間、首のひとふりで弾き飛ばされた。
背後から守兵の一人が切りつけたが、雌牛はふりむきざま、その人の頭を半分かじった。
ぼくは弓をひろい矢をつがえる。弦が切れるぎりぎりまで引いた。弾くと同時に弦は切れた。矢が首のつけねに刺さる。狂ったように暴れだした。
いまよとばかり、守兵たちが斬りこんでいく。牙を避けながら、剣で斬りつけるも致命傷にはいたらない。
ぼくも剣をにぎりなおす。雄叫びをあげて走った。雌牛は反対をむいている。背中に剣を突きたてた。雌牛は激しい鼻息をあげ、やみくもに暴れだした。
雌牛の太いももにぶつかる。転倒したそこへ蹄が。これは踏まれる!
「凍結の呪文!」
ザクトの呪文が当たった。強い攻撃呪文だ!
雌牛の動きがとまった。
あおむけに倒れていたぼくは、腰の小刀をぬいた。雌牛の乳房へと突き刺す。薬草を摘むときなどにつかう片刃の小刀だ。
低い地鳴り声をあげると、雌牛はゆっくりと倒れた。ぱっくりとわれた乳房からは、どす黒い体液が流れている。
ぼくは息があがり、へたりこんだ。
近くの家から女性たちが呼んでいる。ぼくを呼んでいた。ニーネの姿もある。
「ニーネ! 無事だったか、ぼくはてっきり」
「アト! お母さんが」
母さんが? その家に走った。
戸口をくぐってすぐの板間に、母さんがじかに寝かされていた。
なぜここに母さんが。その理由もすぐにわかった。おなかに大きな布が巻かれていて、その布はまっかだ。
「アト・・・・・・」
母さんが、ぼくに気づいた。母さんの横にひざまづく。
巻かれた布のはしをめくり、なかを見た。右腹が大きく噛まれていて、はらわたが見えている。
「私らを助けるために、戦ったんだよ」
「メルレイネ様、しっかり!」
「ファーベはまだかい! 急いどくれ!」
部屋のみんなが口々に言う。
癒やし手である母さんは、呪文もつかえる。あの雌牛と戦ったんだ。だけど精霊の力を借りて他人をなおせるが、自分はなおせない。
「アト、だれも怪我してない?」
あえか無きかの声で母さんが聞いてきた。おもての道には多くの守兵が倒れている。でも、ぼくはうなずいた。
「みんな元気だよ」
「そう・・・・・・」
あいづちの声が苦しそうだった。
「母さん、あいつは倒したよ。最後は母さんにもらった薬刀でとどめをさしたんだ!」
どう戦ったかを一生懸命に話した。話しながら、すぐに帰ればよかったと思った。
「もう坊やじゃないのね」
母さんは笑ったが、声が小さい。
「訓練、気をつけて・・・・・・」
「母さん、もうすぐファーベが来るから!」
ぼくの声は届いてなかった。母さんの手を強くにぎる。小さいころ麦畑の散歩に手をつないでよく行った。あのときの手には力がない。
「母さん、母さん!」
母さんの目が、ゆっくりと、ぼくを見て笑った。だめだ母さん。手が血ですべって抜ける。もう一度にぎった。強くにぎる。だめだ母さん!
「人間のお母さんじゃなくて、ごめんね」
嗚咽をこらえた。
「アト・・・・・・」
なにかを言った。小さくて聞き取れない。母さんは少し、ぼくの手をにぎり返した。ぼくの手がにぶく光る。精霊の癒やし。一瞬でなくなった。
そして母さんは、静かに瞼をとじた。