第5話 訓練所
「訓練所に一歩でも足を踏み入れたときから、自分は戦士だと思え!」
これはぼくではなく、トーレスさん、いやトーレス副長のおことば。
今日は副長みずから指導をしてくれるとのこと。これはきっと、父さんの人徳がありがたくない形であらわれたのだろう。
訓練所は、ちょうど村のまんなかに位置する。いちばん大きな建物である集会所のとなりだ。踏みかためられた土の空き地があり、弓をむけるための板塀も立てられている。
今日は、ぼく以外に五人の訓練兵がいた。みんな、ぼくより背が高い。
非番の守兵も何人かいて、おのおの剣の素振りをしたり、弓を射ったりと技をみがいている。
最初の訓練は剣術。
木の刀をつかい模擬戦をおこなった。
ぼくをふくめ六人の訓練兵は本物の戦士であるトーレス副長には、まるで刃が立たない。
何度も何度もたたかれた。とくに、ぼくはひどかった。犬人族にくらべ力の弱いぼくは、剣を受け止めるとよろけるのだ。
訓練兵同士で戦っても、それは顕著だった。
最後には、やけくそで大振りして頭からつんのめり、笑われる始末。
「若いの、そりゃ兵士になるしかねえなあ」
訓練所のはしから声が聞こえた。そこは戦いの神をまつったとても小さな神殿があり、その神殿にあがる石段に中年の犬人がいる。初めて見る顔だ。使いこまれた茶色い羽織りは旅の人だろうか。
旅の人は座っているけど、体躯はがっしりしているのがわかる。口ぶりは粗野だけど、するどい目に犬人特有のつきでた鼻もすらっと長い。父さんと同じような精悍な顔立ちの人だった。
林檎をかじりながら、こっちを見ている。
さっき「兵士」と言われた。それは都の兵士のことだ。仕事もせず戦いもしない、ろくでなしになれと言われているのだ。
「よし、すこし弓もするか」
トーレス副長は、守兵の武器庫から弓矢を持ちだした。
板塀にむかってかまえ、びゅんと弦をはじく音がして矢が飛んでいく。まとの中央に突き立った。おおっ! と訓練兵から歓声があがる。
「射ってみろ」
トーレス副長が、ぼくに弓を差しだす。
まとまでだいたい四〇フェムト(四十歩約三十メートル)の距離だろうか。半身になってかまえ、弓を引き絞る。緊張からか、ねらいがゆれた。
矢を放つ。がんっと刺さるよい音がしたが、まとのすこし外側だった。
「ザクト殿、その林檎を」
トーレス副長は、旅の人を知っていたのか。ぼくを兵士となじった人から林檎をうけとる。
「今度はこれを撃て」
いきなり訓練場の外、林の上に投げた。
あわててかまえる。遠のく標的には速さのある矢が必要だ。めいっぱい弦を引きしぼった。放つ。
矢はすこし山なりの軌道をえがいて林檎に刺さり、林のむこうへ消えていった。気づけば周囲は、ぽかんと口をあけている。
「弓は、つかえるようだな」
副長がにやりと笑いながら言った。これは、ぼくに見せ場を作ってくれたようだ。でもすこし恥ずかしい。
そのときだった。
「トーレス副長!」
幾人かの守兵が訓練場へ駆けこんできた。
「なにごとか!」
守兵は荷車を引いていた。荷車の上には横たわった守兵が二人。そのうちの一人はホントスだった。
「ホントス!」
ぼくは駆けよったが、右のわき腹と左足がない。そんな馬鹿な。
朝に話したときは元気だった。なにか弓の話をした。見はりに行くと言ってた。
「西の見はり台が獣に襲われたもようです。狼煙が見えて駆けつけたときにはもはや・・・・・・」
うしろで守兵の人が話す声が聞こえた。ホントスの肩をゆする。ホントスは動かない。
「セオドロス村長に連絡! ここにいる者はすぐに出立するぞ、武器をもて!」
まわりにいた非番の守兵が武器庫にむかって駆けだした。
「ほかの守兵は非番もふくめすべて訓練所に集合。セオドロス村長の指示をあおげ!」
ひとりの守兵が副長に駆けよる。
「副長、王都のやつらには?」
「知るか! ええい、そうとも言えぬか。だれか行って奴らをたたき起こしてこい!」
いつも優しいトーレス副長の怒鳴り声をはじめて聞く。ふり返って副長を見た。
トーレス副長は憎々しげにホントスを見ている。
「くそう! だから見はり台に四人は必要だと言ったんだ。名ばかりの守兵長にしたがうと、このざまだ!」
武器庫の扉は大きくあけられ、みな、いそぎ剣を取り、革の盾や腕当てをつけていく。そうだ、ぼくも行かないと!
武器庫に走り、置かれている装具を数々を見た。ぼくは弓をつかいたいので盾はやめ、両の腕に革当てをつける。
守兵とともに駆けだした。
先頭を走る副長は、まわりの村人に大声で指示をだしている。
「おい若いの、なにやってんだ」
ふりかえると、さきほどザクトと呼ばれていた人だ。ぼくの横に追いつき、一緒に駆ける。
「訓練兵には無理だろ。家に帰んな」
ぼくはかぶりをふった。
「ホントスのあだは討つ!」
「やられたのは、知り合いか?」
「友だちだ!」
「気持ちはわかるがな」
そのとき、さけび声とともに村人が逃げてきて、ザクトとの会話をさえぎった。
「火だ! 火だ!」
村人が口々にさけんでいる。
前方に大きな影が二対あらわれた。いや二対ではなく、それは獅子のような頭と山羊のような頭をした双頭の獣。
「上級獣だ!」
だれかがさけんだ。ぼくは生まれて初めて、グールの上級種を見た。
「若いの、さがれ!」
ぼくのまえにザクトが立った。盾をかまえ古代語をとなえる。うすい膜のような物がふたりをつつんだ。
「水膜の護文?」
思わず口からでた。それも、相手を攻撃する呪文ではなく、守りにつかう護文だ。
ザクトは精霊戦士だったのか!
水膜がふたりをつつむと同時に、双頭のひとつである獅子の口が火の咆哮を放った!
まわりの守兵が土の地面にたおれていく。
「若いの! 大丈夫か?」
「火の精霊? 獣が!」
前方の副長は、大きな盾をかまえていて無事だ。しかし、盾を持ってない守兵はひどい火傷をしている。
「後方、前列に援護!」
トーレス副長の大声がひびいた。
ザクトもふくめ後方の数人がとなえはじめる。すると、最前列の副長たちに水の膜ができたように見えた。
「かまえ!」
トーレス副長たちが突撃のかまえをした瞬間、左手の家の屋根に蠢くものが見えた。先月にあらわれた土竜のようなやつ! さけびながら弓を引いた。
「屋根の上、獣だ!」
一体に矢を当てたが、ほかの獣は隊のなかほどに襲いかかった。そこへ上級獣も躍りこんでくる。
上級獣は、ほかの獣がいようが、おかまいなしに火の咆哮を放った。
混乱をきわめた現場に援軍が駆けつける。先頭は父さんだ!
「アト、なにをしている。もどれ!」
ぼくを見つけて怒鳴った。
「父さん、ホントスがやられた!」
「ああ、わかってる。でも今のおまえにはまだ無理だ!」
「父さん!」
そのとき、わあと村の東からも悲鳴があがった。