第9話 川沿いをゆく
夜明けとともに目がさめた。
かまどの炎は消えていたが、炭のなかに火は残っているようだった。まだ暖かい。
おじいさんは、まだ寝ている。起こさないほうがいいだろう。音をたてないように母屋を出た。
昨日の山猫。そう思って家のまえにある畑をさがしたけど、死骸は見つからなかった。夜のうちに狐が来てさらっていったのかもしれない。
納屋においた荷物をかつぎ、家の敷地からでる。
轍のついた道は南へとのびていた。どこかの村につながっているのだろう。
道のさきに背をむけ、川まで引き返すことにした。
ザクトが教えてくれた道は川ぞいだ。ストルマ川をつたって行けば、東の都コリンディアに近い街道にぶつかるはずだ。
おじいさんの家をふり返る。
「ここは、わしが生まれ育った家。ここでええ」
昨晩にグールの話をしたとき、ぼくは用心のために避難するのをすすめた。でも、おじいさんはことわった。
「死ぬのであれば、わが家がええしの」
そう言われると、反論できない。でも、ラボス村では多くの人が亡くなった。亡くなった人は、そう思っていただろうか。
「故郷に帰りたい。そういう思いは、歳を取らねばわかるものよ」
若いときにコリンディアにいたという父さんが、以前にそう言っていた。ラボス村に帰りたい。そう思う日が、ぼくにも来るのだろうか。
頭をふり、考えるのをやめた。いまは明日を急ぐときだ。川ぞいを走る。
半日ほど走ると、川は、だんだんと谷になっていった。
さらに進み、気づけば深い谷底になっていた。川ぞいを歩けない。引き返すべきか?
「いや、ひるまないぞ」
声にだした。一日も早くコリンディアに着くのが、ぼくの役割だったじゃないか。
川におりた。この川の源流は死の山脈だろう。川の水は冷たい。なるべく水につからないように、川岸の岩場を這っていく。
山からころがり落ちたのか、ぼくの背丈より大きな岩もたまにあった。ごろごろとした岩場をすぎると、やっと、なだらかな沢になった。
沢の両側は森だ。森に入り周囲を見まわる。
大きな生き物がいる気配はない。ぼくは森のなかで一晩をすごすことにした。
知らない森は緊張するのか、寝たり起きたりを繰り返し、あまり眠れなかった。
夜明けがくる。起きて、またぼくは川ぞいを走った。
長い長い下り坂をおりると、ふいに山がひらけた。崖だ。川は滝となって落ちていく。
眼下には平野がひろがり、遠くに大きな街が見える。
あれが東の都か!
ここまで来れば川ぞいに行く必要もない。崖から離れ、山をおりる道をさがした。林のなかを進むと、人の作った道がある。地面は踏み固められていて、急な坂には石造りの階段がこしらえてあった。
いままでの川くだりからすると、ずいぶんと楽だ。荷物をかつぎなおし、走りだす。
山道をくだると、大きな道に出た。これは街道だ。両端が草むらになっているので、すぐに道とわかる。街道は馬車がすれちがえそうなほど、幅のある道だった。
歩くのをやめ、街道わきの草むらに座る。
背負い袋から堅焼きパンと水袋をだした。ここからもうすぐだ。ひとたび休んで、あとは走っていこう。
父さんがくれた外套を思いだし、それも引っぱりだす。
外套には頭巾がついていて、目深にかぶっていけば目立たずに行けるだろうと父さんが言っていた。
あとちょっと。あとちょっとで街だ。
ぼくは、あせる気持ちをおさえ、のどに詰まらせないよう、しっかりと堅焼きパンを噛みくだいた。




