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奇兵隊 vs 機巧兵

 機巧兵が飛んで来た。空に浮かんだ巨影で、小型の丙寅丸はすっぽりと覆われてしまった。


 音の世界(マッハ)の速さで近づかれて、改めてその異様さに、乗組員全員が震え上がった。遠目には分からなかった。『大仏兵器』が両手に掲げていたのは、今彼らの手元にあるミニエー銃や火縄銃の何十倍はあろうかと言う、巨大な重火器だった。あれを輸入するのに、果たして何億円かかるだろうか。迫り来る危機を前に、高杉はぼんやりとそんなことを思っていた。

買おう。

数秒後には、すでに決めていた。たとえ何十億、いや何兆かかろうとも、この新手の『大仏軍艦』を手に入れたい。費用は全額、長州藩に背負わせればいい。そう思った。


「危ない!」

 目をキラキラ輝かせ、少年のように笑う高杉の頭を、山田が慌てて押さえ込んだ。機巧兵の展開した弾幕が、丙寅丸の頭上を束になってかすめ飛んだ。


 海に穴が空いた。海から火の手が上がった。

 そんな印象だった。後に山田は、興奮気味にそう語っている。のちの民間伝承では、この威嚇射撃が、瀬戸内海の渦潮の始まりだとさえ言われた。砲煙弾雨の猛攻が、乗組員を震え上がらせた。


 弾幕はたっぷり数分間は続いた。水面が激しく波打ち、夜襲前の静寂は、あっという間に遠い過去の話になってしまった。やがて山田が恐る恐るその顔を上げた時、『大仏軍艦』は、足の裏から煙炎(えんえん)を上げ元の位置まで戻っていた。その距離、およそ50マイルほど。


「……下がりましたね」


 山田は、自分の声が裏返っているのが分かった。空飛ぶ『大仏軍艦』は静まり返っていたが、その能面のような顔を向け、まだこちらを睨んでいた。今しがた起こったことが、信じられなかった。夢でも見ているのか。狐か狸に化かされているのか。おとぎ話の中にでも迷い込んでいる気分だった。


「威嚇だったのだろうか」

「逃げますか? 回り込みますか?」


 機関長の田中がかろうじて掠れた声を発した。田中は腰を抜かし、甲板に尻餅をついたままだった。もっとも他の乗組員たちも、田中を笑えるほどの肝は持ち合わせていなかった。ある者は海に飛び込んで逃げ、またある者は気絶したままその場に突っ伏していた。


 そんな中、

「そんな時間は無え」

 高杉晋作がただ一人、船の上ですっくと立ち上がり、

 笑っていた。


「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し」と謳われた幕末の奇才が、「23世紀の巨大ロボット」を不敵な表情で見上げていた。その姿に、船員たちは雷に打たれたような思いだった。皆怯えきっていた。当然である。一瞬で士気を奪われた。想像を遥かに超える巨大兵器。終わることを知らない攻撃の雨。なのに、あんな化け物を前にして、まだ戦う意思があると言うのか。世界広しといえども、この状況で笑っていられるのは、高杉晋作くらいであろう。


「今すぐ大島に飛んで行って、夜が明けないうちに奇襲をかけねばならねえんだ。あの程度に怖気付いていては、攘夷などならんぞ」

「提督」

 船員の一部は最早呆れていた。果たして()()()()と言えるほどの代物なのかは置いといて、高杉は、俄然やる気のようだった。一体彼の何処から、その鬼神のごとき行動力が湧き上がって来るのだろうか。


「高杉さん……」

「だけど……どうやってあんなデカブツを倒すんですか?」

「策ならある。奇策がたっぷり、とな」


 高杉はペロリと舌をなめ、腕をまくった。その腰には安芸国佐伯(あきのくにさえき)荘藤原(しょうふじわらの)貞安(さだやす)。引きずるほどの長刀であった。「奇道を持って虚をつき、敵を制する」、これが奇兵隊の真骨頂である。


「奇兵隊の戦いを見せてやるぜ」


 こうして月夜に照らされた巨神兵と、攘夷に燃える幕末志士の戦いが幕を開けた。

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