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高杉晋作、巨大ロボと対面す!

 高杉晋作は、海を睨んでいた。

 瀬戸内海である。よく晴れた夜だった。波は高くない。雲ひとつない空に、大粒の星が瞬き、キラキラと水面(みなも)を照らしていた。穏やかな波とは裏腹に、高杉の心の内は、荒れに荒れていた。

「ちっ」

 舌打ちが出た。高杉が乗っているのは、小型蒸気船丙寅丸(へいいんまる)である。遠崎を出港し、目指しているのは周防大島だった。所謂、幕府と長州の

「四境戦争」

その口火となった

「大島口の戦い」

に向かうところだった。


「総督!」

 突如、機関長の田中光顕が叫んだ。総督とは勿論、高杉のことである。この時高杉は海軍総督に任命されていた。髷はすでに切っている。切れ長の鋭い目に、西洋風に短く髪を切ったザンギリ頭がよく似合っていた。


「前方に何かあります!」


 高杉は前を睨んだまま、

「なんだ……あれは?」

 目を疑った。

 このまま久賀沖に行けば、幕府の、4隻の軍艦が眠っているはずである。しかしその前に、高杉たちの行く手を阻むように、海の上に佇むものがあった。


 奈良の大仏……


 ……はじめ、高杉はそう思った。奈良の大仏が、海の上に立っている。そんな感じだった。黒い、巨大な人型の「何か」が、じっと丙寅丸を睨んでいる。影が徐々に近づくに連れ、高杉ら3人はその大きさに絶句した。


「これは……」




 1866年。

 ドフトエフスキーが「罪と罰」を連載開始し、ジェシー・ジェームズが世界最初の銀行強盗に成功した年である。

 高杉晋作は、海を睨んでいた。

 高杉のいる長州藩(現・山口)と江戸幕府の溝は、一層深まるばかりであった。とはいえ、これは何も長州の話だけでなく、諸藩はアメリカ・イギリスなど列強の外圧に屈する政府に、続々と見切りをつけ始めていた。


 諸外国とどう付き合っていくか。恭順か、抵抗か。

 黒船来航以来、欧米列強の圧倒的兵力差に、江戸幕府は開国を余儀なくされた。

 だが長州には、高杉の目にはそれが「弱腰」に見えたのである。


 その数年前、1862年には、

 高杉晋作は政府の視察団の一人として、単独上海に渡航している。長州・毛利家臣の中で、唯一の海外旅行経験者になった。上海で彼は洋式軍艦や帆船の数々を見学。太平天国の乱や、列強によって植民地化される清国の現状をまじかで見聞した。この時、高杉の中に、

このまま相手のいいなりになっていれば、いずれ日本も同じ運命を辿る

と、危機感が芽生えたのだろう。


 長州藩は昔から過激派だった。

襲来打払(外国船が攻撃してきたら反撃せよ)

との幕府の達しを拡大解釈し、長州藩は

無二念打払(外国船を見かけ次第攻撃せよ)

と、無差別に異国船を砲撃したりした(のちの報復で欧米列強の四国艦隊に大敗を喫し、それから長州藩は、兵士の育成や武器の近代化の必要性に目覚めた。その一連の流れで生まれたのが、高杉晋作が結成した「奇兵隊」である)。


 諸外国と激しい戦闘を繰り返す長州藩は、池田屋事件、禁門の変などを経て、やがて幕府の「敵」となっていった。時の将軍徳川家茂は、朝敵・長州藩に攻め入るよう各藩に要請した。


 が、すでにその頃には、幕府の威厳は地に落ちていた。


 開国以降、貿易により、安くて良質の海外製品が市場に出回った。さらに国際通貨体制に対応するため、貨幣価値が切り下げられ、急激な物価高が起こった。仕事を奪われ、生活を破壊された人々は、幕府への不信感を日に日に強めていた。


 そんな中、外国に対抗する方針をとった長州藩が、大衆の支持を得たのである。


 京都では、遊び好きで金遣いの荒い長州藩士は歓迎され、大衆の間では「長州おはぎ」がばか売れした。盆の上に三角形を3つ並べ、長州藩主毛利家の家紋「一文字(いちもんじに)三星紋(みつぼしもん)」を象徴させたものである。このおはぎを買う時には、買い手は必ず「まけてくれ(安くしてくれ)」といい、売り手に「まけん(安くしない)」と言うようになっていた。幕府の長州出兵に対して、「負けないで欲しい」という大衆の心情を表したとされる。


 家茂は西国32家の大名に「長州出兵」を命じたが、この「大島口の戦い」に応じたのは、松山藩のみだった。薩摩藩などは、「名義なき戦い」とあからさまに幕府を批判し、尾張藩、越前藩なども次々と参戦拒否した。


 戻って、1866年。

 東日本は大冷害に見舞われ百姓一揆が起こり、また西では薩長同盟が成立した年である。

 社会の不安定差では、日本史上でもトップクラスの年だったであろう。


 高杉晋作は、船の上で、海を睨んでいた。


 幕府と長州の内戦が始まろうとしていた。


 幕府・松山藩連合軍は大島口(瀬戸内海)・芸州口(広島方面)・小倉口(下関方面)・石州口(島根県方面)の国境四方面から長州に攻め入った。故にこの戦争は「四境戦争」と呼ばれる。

 その最初の戦いが、「大島口の戦い」である。


 もともと長州の中では、大島は防衛計画上、放棄する予定だった。数少ない戦力で幕府軍に対抗するには、大島まで兵を分散する余裕がなかったのである。故に守備も手薄く、幕府はあっという間に大島の北側・久賀村を占領した。だがここで、幕府にも長州藩にも予想しなかった出来事が起こった。


 占領軍の略奪である。


 あからさまに参戦拒否されるような戦争である。幕府側は挙兵の際、農民だけでは数が集まらなかったので、あえなく博徒や無宿人にも入隊を許可した。結果、幕府の歩兵隊は非常に素行の悪い軍隊になってしまった。久賀村占領後、興奮冷めやらぬ彼らはそのまま民家を襲い、放火、村人が飼っていた牛や鶏などを食べ始めた。


 家を焼かれ、財産を奪われた村人は絶望し、幕府への憎悪を燃やした。


 その頃松山藩も、大島の南側、幕府とは反対側の安下庄村沖に到着した。松山藩もまた略奪を開始し、逃げ遅れた婦女子を暴行、男は惨殺するという、さらに凄惨極まる暴挙に出た。この略奪は、博徒などのごく一部だという話もあるが、何分悪評の方が広まりやすいのが世の常である。この松山藩の暴走は諸藩に知れ渡ることとなり、さらに幕府の心象を悪くした。


 この惨劇を聞き長州藩は激怒、大島放棄を撤回し、緊急解放作戦に舵を切った。

 そして大島の援軍を命じられたのが、浩武隊、そして高杉晋作率いる第二奇兵隊である。


「高杉さん」


 話は再び船の上に戻る。

 6月13日未明。砲隊長の山田顕義(政治家、陸軍軍人。日本大学の学祖。西郷隆盛をして「天才」と言わしめ、「小ナポレオン」と称された用兵家だが、この時山田は22歳、砲術の専門知識も何もないまま長になっていた)が、高杉の顔色を窺った。


「高杉さん」

「なんだ」

 ようやく返事をした。まだ前を睨んだままである。山田は消え入るような声で尋ねた。

「あの……本当に丙寅丸で勝てるでしょうか?」


 この時高杉晋作は山田の4つ上の26歳。高杉と言えば、品川英国公使館を焼き討ちにしたり、回天義挙(クーデター)で長州の政権を奪ったり……とにかく怖い人である。


 奇想天外な行動派だった。

 こんな逸話がある。

 倒幕に燃え、将軍暗殺計画など過激な攘夷活動に勤しむ高杉を見かねて、藩の首脳・周布政之助は「まだ時期ではない」と彼を諌めた。すると高杉は「では時期が来るまで10年山にこもる」と言い放ち、その場で髷を落として出家してしまった。封建社会なのに、勝手に転職してしまったのである。生まれる時代を100年、あるいは200年間違えたと言っても過言ではない。


 2人を乗せ出港した丙寅丸は、大島の海岸線沿いに久賀沖に向かっていた。この夜久賀沖には、幕府側の翔鶴丸・八雲丸・大江丸・旭丸の4隻の軍艦が停泊して休んでいた。


 それぞれ300トン〜700トン以上はある4隻の巨大軍艦に対し、丙寅丸はわずか94トンの小型蒸気船である。山田が懸念したのも無理はない。


「何、勝つ必要はねえのさ」

 高杉は前を向いたまま、ニヤリと唇の端を釣り上げた。


「奴らはすぐには動けまいよ」


 当時、艦のボイラー機関は動き出すまでに時間がかかった。そこを奇襲しようというのである。結果的にこの戦いは高杉晋作の作戦勝ちになるのであるが、()()()()はその、4隻の軍艦に辿り着く前に起きた。


「総督!」

 突如、機関長の田中光顕(政治家、軍人。高杉晋作の弟子。この田中もまた、何の予備知識もないまま機関長に選ばれていた)が叫んだ。


「前方に何かあります!」

「なんだ」


 海軍総督・高杉晋作は前を睨んだまま、


「なんだ……あれは?」


 目を疑った。このまま久賀沖に行けば、4隻の軍艦が眠っているはずである。しかしその前に、高杉たちの行く手を阻むように、海の上に佇むものがあった。


 奈良の大仏……


 ……はじめ、高杉はそう思った。奈良の大仏が、海の上に立っている。そんな感じだった。黒い、巨大な人型の「何か」が、じっと丙寅丸を睨んでいる。徐々に近づくに連れ、高杉ら3人はその大きさに絶句した。


「これは……」


 ()()()()()()()()()()()()


 23世紀の、宇宙開拓時代に造られた二足歩行型・軍事用機巧兵。

 この時代には決して存在しないはずの、巨大人型兵器が、幕末の革命児・高杉晋作の前に突如立ち塞がったのである。

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