悪眼の(1)
ガツーン!
「キャッ!?」
「うおっ!?」
曲がり角を曲がるとそこには別の人間の頭があった。
「あ、アンタは…!」
「お、おまえは…!」
「「あのときの!?」」
と、いう漫画のようなやり取りをする男女を横目に俺は河原で男と対峙していた。
「うわぁ…べったべたなやり取りしてんなぁ…なんだアレ…」
「おい、てめぇ!よそ見してんじゃねえぞォ!!!」
視線を前方へ戻すと、そこにも漫画でありがちなべったべたな光景が広がっていた。
まあさっきの二人とはジャンルが全く違うような気もするが。
「ひっひっひ。樹也ぃ…てめぇよくも俺様の舎弟をいいようにやってくれたなァおい!」
「やっちゃって下さいよ!アニキィ!」
流行に疎い俺でも流石に時代遅れなやつらだと一目で分かった。整髪料でガチガチに固めたリーゼントに、着崩した制服の中にはアロハシャツ、ペシャンコに潰した鞄を傍らに引っさげた『いかにもなバカ』が立ちはだかっている。
「ここで俺様がお前を倒してよォ?最強だって証明をしてよォ…子分を増やして俺様の軍団を作るんだよ…ひひひひ…」
「最強になればどんなオンナもイチコロっすねアニキー!」
不良とその子分は「女!女!」と鼻の下を伸ばしながらグルグルと何かの儀式のように跳ね回っている。
見た目の時代が遅れているどころか知能まで遅れているようだった。
「はぁ…」
俺の口から自然とため息がこぼれる。わざわざ中学とは少し離れた学校に通えることになったってのにまだ追っかけてくる奴がいるとはな…。
俺の気持ちも知らずに未だ儀式を続けている男に鋭い眼光を向け呟いた。
「お前ら見てえな遅れてる奴らのせいで『遅れたくねえ』んだよ…」
「あぁん…?なんだって?聞こえねぇ、なァッ!!」
儀式をやめた不良が全力で殴りかかってくる。
俺は身体を流れるように横にずらし握り拳を作った片手を自分の顔の横まで上げた。
不良は勢いを落とさずに突っ込んできてそのまま俺の作った拳に顔面を抉られていた。
「ぶふぅぅううう!!」
突っ込んできた不良はそのまま跳ね返っていって、終いには尻もちをついてしまった。
「なかなかやるじゃねえかァ…!」
いや、別になんもしてねぇんだけど…
お前が突っ込んで来て、吸い込まれるように自滅しただけなんだけど。
「流石、『悪眼のキニナリ』…アニキに一発かますなんて…!」
後ろに居た子分もなんか良い勝負してますみたいな感じで解説してくる。
それよりだ。今しがた新しい問題が生まれた。『遅れたくない』という事以外にももう一つ。あの子分が言いやがったあの言葉。
あの忌々しい俺の名だ。
俺の眼光がさっきより数倍まで鋭くなり、前方の不良がまるで猛獣に睨まれた草食動物かのように縮みあがる。
「ぇ…あれ?ちょっと…キニナリ…?キニナリさーん…『悪眼のキニナリ』さ…ん?」
俺はズカズカと倒れている不良に向かって前進していく。
「いいか、よく聞けアホ」
「は、はひ?」
「俺をその妙な渾名で」
「呼ぶんじゃねえぇぇえええええ!!!」
倒れていた不良を引っ付かみ、砲丸投げの容量で子分の男に思い切りぶん投げて俺は言い放つ。
「てめぇらのせいで『学校に遅れちまう』だろうがッ!!!」
桜舞う通学路。
流れ行く学生に紛れ
俺、『仁芽樹也』
はなんて事ない普通の登校を果たす。
はずだった。
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「君、遅刻だ。理由は」
ガンダッシュしてやっとの事でたどり着いた校門で、腕を組んだ若い女教師が待ち構えていた。
「いや…その」
「君だな。朝っぱらから喧嘩していたという一年は」
げぇっ…バレてやがる…。
「いえ、していません」
ここで教師陣の間で変な噂を立てられても困る、と俺は必死に言い訳を考える。
「河原で殴り合いをしているのを見た、と今朝生徒から報告が入っている」
「いえ、殴っていません」
「…不良生徒の片方が殴られて吹っ飛んでいったと」
「俺がこうやって力こぶを作るポーズをしたらそこに一人の男が突っ込んできただけです」
「通学路で急に力こぶを作る奴がいるか!」
俺がマッスルポーズを作ると女教師はすかさずツッコミを入れた。
そしてそのまま俺の腕を『おう、それにしても良い筋肉だ…』とかなんとか言いながら触ってくる。
「じゃなかった…とにかく初日から問題を起こしてどうする」
女教師がハッと我に帰り説教へと話が戻っていく。
くそぅ、筋肉に助けられたかと思ったのに!
まぁ結局遅刻した事には変わりない。間違いなく俺が悪いのだ。
「…すいません、でした」
あのバカ二人のせいで頭を下げることになったのは少々不服だったが俺は謝罪の意を述べる。俺のことを不良だと思い込んでいたであろう女教師は素直に謝ったことに少々驚いている様子だったが、呆れたような顔で「さっさと行け。入学式に遅れるぞ」と解放してくれた。
俺は小走りのまま顔を上にあげ、前方に広がる建物、高校の校舎を眺める。
入学式。俺は今日からこの「世創高校」に入学することになる。
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窓から外を見ると『水迄先生』が一人の男子生徒を説教している所だった。
「男子生徒…?一年生…」
「うわぁ…なんか遠目に見ても分かる柄の悪さ…」
なんならここからじゃよく見えるはずもないのに目付きが悪い事まで察せてしまうほどだった。
「あれ…?でも、あの子って…」
ちらりと時計で時間を確認し私は机に置いてあった『アイツ』を手に、教室を後にした。