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Black Magic  作者: 小蓮・黄
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猫を追いかけて

「はい、そうです。これくらいの大きさで、色は白で銀の羽の模様があります。あと、なかにはいくつかお金と家族の写真が。あ、確かクレープの割引券も入ってます!」


「わかりました。今日は落とし物でそれらしき財布は届けられていませんね。恐らくまだ、駅構内に落ちている可能性があるので、駅員達にも声をかけて捜索にあたってみます」


「おねがいします」


「見つかり次第、お客様の電話番号にご連絡させていただきます」


「はい。本当にありがとうございます」


 私は駅員に頭を下げて、改札口横にある窓口を出る。

 現在パールの店から駆けつけてアズライト駅に戻ってきた。紛失した財布が窓口に届けてられていることを一心に祈り、駅員に事情を話してはみたが、叶うことなく今に至る。

 駅員に頼んで、改札口先の駅構内で財布を探す許可をもらったので、とりあえずは財布を落としたであろう思いつく場所へ行き、見つけるしかない。


「見つけるしかないけど、難しいよね……。財布だよ? お金が入っているんだよ? 相当善良な人じゃない限り、ネコババされちゃうよ」


 ニャァ……。


「ネコ」というワードに反応したのか、シャーリーの服に爪をひっかけて、付いてきたカーチャが鳴いていた。


「つい、勢いのまま店を出ちゃったから、忘れてた。ごめんね、カーチャ」


 シャーリーは謝罪の意味を込めると共に、これ以上お気に入りの服が傷つかないようカーチャを抱きあげようとした時だ。カーチャは耳を立たせて突然暴れだしはじめた。

 抱きあげることを嫌ったのかと思い腕を下げると、カーチャは腕元からするりと抜けて床に降り、人混みの中へ走り出した。

 子猫であるカーチャのサイズは、人間の両手に収まるくらいしかなく、あの子より大きい者に蹴られたり踏まれたりなどすれば、大怪我を負うだろう。

 いや、しかし猫も馬鹿ではない。身軽さと動きを見れば人の足など避けるのでは?

 シャーリーは考え過ぎかもしれない、そう思い顔をあげる。



 ……そうなんだよ。そうそうマジやばい。ヤバヤバ。降りる駅、間違えてぇ〜……。



 シャーリーは、電話をしながら横ぎるマジヤバな通行人を見て、ハッとして周りを確認する。誰もが歩きスマホや駅の案内板などを見上げていて、足元をすり抜ける子猫など誰も目を向けていない。いや、存在に気付いていない。

 最悪な想像が頭によぎり、慌ててシャーリーはカーチャを捕まえようとする。がしかし、揃わない足並み隙間からカーチャの姿を捉えるだけで精一杯で、捕まえようにも追いつくことすら難しかった。


「まって! すいません、通ります……。まって、カーチャ! あ、ごめんなさい今急いでて本当にごめんなさい……。危ないから戻ってきて! おねがいだから!」


 人混みのなかを強引に前へ進もうとすれば、人にぶつかったり道を妨げたりと大変な目に合う。だが、どうして急に暴れ出したのだろう? カーチャ以外に猫を飼っているシャーリーは、猫の気持ちを完璧ではないにしても少しは理解はある方だと思っている。

 そこでシャーリーは、あの子の気持ちを理解しようといくつか仮説をたてる。


 仮説一、人混みが苦手。突然環境が変わって驚いたり、警戒心が高い臆病な子がパニックになって走り出すことがある。飼い猫のミーシャにストレスをあたえないようネットで仕入れた知識だが、恐らくあの子の行動にこの説はあてはまらない。なぜならわたしが来る前にカーチャはここにいたし、駅を離れて外に出ても特に気にした様子は見られなかった。


 仮説ニ、拒絶。もう一度捨てられるという恐怖心が生んだ現象。飼い主はここにあの子を置いたまま帰ってこない、独りぼっちのトラウマが激しい感情を呼び起こし反発した、か? だが、カーチャは生活臭がついていたし捨てられてまもないと思われる。それに恐怖や拒絶、孤独心を覚えるにはまだ幼すぎるのでは? となると……。


 仮説三、飼い主が戻ってきた? まぁ、ない話ではない。里親に拾われる事を祈りながら捨て猫にさせたが、途中で罪悪感や責任感に動かされ、迷った挙句、やはり飼う選択をしにここへ戻ってきた。いい判断だとわたしは思う。


 でも、どうしよう。飼うと決めた、捨てる気ないし責任とる。なにより短い間だが、愛着が湧いてしまった。手放したくない。

 だが、どうだ。あの子は私なんかより、前の飼い主のところへ走っていっているではないか。


「……認めるしかないけど、でもまだ、そうとは決まってないし! それに、もしそうだとしたら文句言ってやる!」


 暗くモヤモヤとした気持ちを取り払い、次の人を避けたと思えば、人の通らない空いたスペースにでる。そんなどこか疲れたシャーリーを、お座りしながら見上げる黒猫がいた。


「もう、やっと止まってくれた! ダメじゃない、勝手にどこかに行ったら。心配したんだから……」


 ニャァ……。


「あぁ! そうやって頭こすりつけたって……。そんな見え見えな甘え方で、許すわけ、わけ……」


 ニャァ……。


「もう、もう! しかたないなあぁ! 許すよ。もう怒らないから、ギュってさせて!」


 しゃがみこむシャーリーの足下で頭を擦り付ける。こうなっては怒るにも怒らないと、カーチャを抱えあげてぬいぐるみのように抱きしめる。


「でも急に走り出して、どうしたの? 何かあったの? て、あれ。ここって……」


 カーチャを追いかけてたどり着いた先は、この子を拾った思い出の場所であった。だが、一つだけ違ったことがある。この子を見つけたとき、置かれていた場所は、「閉店」の紙が貼られた店の前だった。

 それが、シャッターは上がっていて、「開店」の文字がはいった暖簾がかけられていた。

 シャーリーは不思議だと思い、外から店内の様子を見ようするが、暖簾が床につくほどの長さが邪魔で全く中身を見せようとしない。他の店舗とは違って店を開けるのは遅いし、雰囲気が変わっている。暖簾には本来店名かどんな店かが書かれているはずなのだが、それが見てとれない。あくまで「開店」、人を入れる気はあるのだろうか?

 率直に言って怪しい店、と眉を潜めるシャーリー、だが……。


「ねぇ、カーチャ。あなたが走りだした理由って、ここにあるの?」


 ニャァ……。


「むむむ。私のなかの直感翻訳が、そうだよと言っている! けど、すっごく怪しいそうな店だよね。お客さん一人もいる気配ないし。ねぇ、カーチャ? 本当にここであってるの?」


 ニャァ……。


「ほ、本当に本当? ……でもね、怪しい店に無闇に入ってはいけませんって、ママが言ってたんだ。うん。だからやめようと思うの! カーチャにはごめんだけど、今回は……」


 ニャァ……!


「あ! カーチャ行っちゃダメ!」


 二度、腕もとから離れ行く黒い子猫を追っかけて、その暖簾をくぐりぬけた先は、そこは小さなブティックだった。

 カーチャから目を離し、シャーリーは好奇心に動かされて店内を見渡しはじめる。

 服を置く棚はなく、壁にはりつけられたドレスがいくつか飾られている。結構な種類があるようで、ワンピース・ドレスのような一般的なものから、ハリウッド女優が着てそうなボディラインを魅せるドレスや何世紀か前の王妃が着ていそうな物まで取り扱っているようだ。

 シャーリーは近くのドレスへ手を伸ばす。


「ドレス専門の店、でいいのかな?」


「ドレスに興味がおありですか?」


「ひゃああ!!」


 突然、かけられた声に思わず声をあげたシャーリーは伸ばす手をしまい、後ろを振り向く。


「驚かせて申し訳ございません。ただ、店の奥に子猫が入ってきたので、外へ出そうと……」


 店の真ん中に立つ、子猫を抱えた大人の女性。

 ひらひらのレースがついたトーク帽で顔をほとんど見えないが、スタイルのいい体に合わせた真っ黒なワンピースドレスと黒のハイヒール、そしてレースの手袋とほぼ黒一色の服を着ていて、雰囲気がまるで……。


「……葬式帰り?」


「あら、ごめんなさい。これは私の趣味であって、けして葬式関連のものではございません」


「え! あ、ごめんなさい」


 やってしまった。私は彼女に頭を下げる。思ったことをぽろっと言っちゃうのは悪い癖だとわかってはいるのだが、あまりにも暗い格好なもので、つい。

 大丈夫ですよ、と呟く女性。表情が怒ってないか、シャーリーはおそるおそる頭をあげて、覗き見る。


「……オカルト?」


「残念、不正解」


「ごめんなさい!」


 治りそうにない癖はこの際いいとして、いまは目の前の彼女だ。

 本当に彼女が何者なのか、わからない。今わかることは、彼女が葬式の服を趣味で着るノーオカルトレディー。それと、ベール下で黒色の口紅で不気味に仕上げた小さな唇が、こちらを見てにんまり笑っていること。


「次は、何がでるの?」


「……じゃあ、あなたが抱いている子猫。それは、あなたの?」


「いいえ? 私は猫は飼わないわ」


「そう? でも、とても落ち着いてる。私にも大人しくしていたけど。違うなら、ごめんなさい」


「ふふっ」


「?」


 口元を抑える彼女は、シャーリーに近づき、抱いている子猫を渡す。

 シャーリーはカーチャを受け取る。


 ニャァ……。


「よしよし」


「謝ってばかりね」


「え!?」


 唐突な彼女の話題に驚いたシャーリーは、言葉の意味を理解する。


「いえ、大丈夫よ? 大丈夫。ただ、謝っているだけじゃ、会話は続かないわ……」


 その発言に再び謝ろうとするが、それでは困ると言われているので、それはできない。何を言えばいいのかタジタジしていると、シャーリーより彼女から言葉がでる。


「嬉しいの」


「……嬉しい?」どゆこと?


「久しぶりのお客さん。それも、可愛い女の子」


「可愛い……。ありがとうございます。でも、お客さんじゃないの。財布をなくしちゃって……」可愛いは素直に嬉しい! でも財布がなくて。お客さんにはなってあげられないの、ごめんね。


「気にしないで。お金がないなら、丁度いいわ。仕事を手伝ってくれる? お金、だすわよ?」


「でも、知らない人について行っちゃダメ、て……」お、お金がでる! いやいや、できません。だって私この人や店のこと知らないもん! お金がでるからって、付いて行かないんだから!


「私の名前はグレイ。あなたは?」


「シャーリー・ノア。シャーリーって呼んで」急に自己紹介? まぁ、それくらいなら……。


「よろしく。これで、知らない仲ではなくなったわね。奥に来て、話しはそれから」


「まって! まって!」してやられた! いや、察してはいたけども、なんか手伝う流れになってない!?


「あら? ならどうするの。お金なしに、どこへいくの?」


「! そ、それは……」無一文でぷち旅行続行する? むりむり! できるわけないじゃん!


「お金は私のポケットマネーから出すわ。仕事は、奥の倉庫にある服を棚に並べるだけ。難しくないわ」


「でも……」うん。やっぱり知らない人について行っちゃダメだよね! 何か理由をつけて断ろう。


「拘束二時間、給料は五万ビル(さつ)と二百コイン」


「……」五万ビルと五百コイン。ジュース一缶、百コイン。パール店の服一着、安くて三万ビル。


 シャーリーはカーチャを抱えたまま、すごすごとグレイと名乗る女性の後に続いて店の奥へ消えていった。

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