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Black Magic  作者: 小蓮・黄
2/17

オシャレしたくて

「いらっしゃいませ」


 ガラスの自動ドアが開く。

 室内の暖房設備と受付店員の挨拶が、温かく迎える。


 私が今いるところは、ル・ベイロン六番街中央通りに在る路面店、高級ブティック『パール』。その本店である。

 陳列棚から服を手にとるお客を見れば、どれも大人の人達が多い。

 というのもここは若い世代よりも、二十代の大人の女性に人気。素材に技術、芸術的なデザインなど、様々な点において雑誌やネットで高い評価を聞いている。

 そして、それに見合った高い金額をするので、ここは私のような一般の学生が気軽に何度も来れるほど、手頃な値段ではない。


 と、入り口で思いふけていると、受付の女性が笑顔でこちらに近く。


「どうかされましたか、お客様?」


 彼女は腰を屈めて、小さな彼女の目線に合わせる。

 その気遣いに嬉しく思い、シャーリーは素直に応える。


「いえ、なんでもありません。大丈夫です」


「これは失礼しました。何かございましたら、お気軽に声をかけてください」


「はい! では、一つ聞きたいことが……」


 ならば、とシャーリーは店員を呼び止める。

 店員は首を傾けて、こちらを見つめる。


「もし、もしなんですけど。ペットとか、動物とかの連れ込みって、大丈夫でしょうか?」


 自信のない、か細い声で言った。店員と目を合わせず、視線はショルダーバッグにいく。

 実は店に入る前に、バッグの中に子猫のカーチャを入れている。

 意外にもカーチャはおとなしく、聞き分けのいい子だった。「静かにしてね」というと鳴き声を出さなくなった。


 背中にうっすらと、冷や汗が流れる。

 かなり無茶な質問をしたが、どうだ?


「はい。ペットの連れ込みは可能です。ご一緒にお買い物ができる共有スペースがございますが、ご案内しましょうか?」


「できるんですね!」


 やった! 心の中で万歳をあげる。


「では、お願いします」


「かしこまりました。こちらへどうぞ」


 店員に案内されて、入り口の側にある階段を登る。

 そこを開けば、店内のライトとは違う、別に光が廊下に入り込む。


「––––こちらが共有スペースになります」


 そこは、とても落ち着いた部屋。

 カフェの様なインテリアで、テーブルと椅子が用意されている。一席につき店員が一人付き添い、お客様と対話をしている。ちなみにお連れのペットは、飼い主の横か膝の上で寝そべっている。

 また、無料で飲み物を出しており、普通以上のサービス心があると窺える。


「あとは担当の方が来ますので、しばしここでお待ち下さい。では、私はこれで……」


「あ、ありがとうございます!」


 シャーリーのお礼の言葉に、笑顔で返される。

 ごゆっくり、そう呟いて退出する彼女の背中を見送る。

 店員が去るとき、扉からスーツの女性がすれ違いに入ってきた。こちらを見つめて、軽くお辞儀をすると歩み寄る。


「初めてまして。私がお客様の担当となりました、パメラと申します。よろしくお願いします」


 –––––。



「こちらは、当店からのサービスです」


「ありがとうございます。えっと……。パメラさん」


 テーブルの上にコーヒーと水が置かれ、会話の準備が整う。

 私は案内された席に背筋をピンとさせて、手とバックは膝の上に置いて座る。


 悪目立ちせず、いこう。ここはいつもの服屋さんとは違う。

 なんといっても空気がちがう。お金に余裕を感じさせる空気だ。私にはわかる。雰囲気に染まろう。育ちのいいお嬢様のように、お行儀よく。……おぎょうぎ、……オギョウギ。


「ふふ。おかわりは自由ですので、ゆっくりと寛いで構いませんよ。えっと、お名前を伺っても?」


「……あ、シャーリーと申します。シャーリー・ノア、私の名前です」


 お行儀よく、できずに無理していたことを容易く見破られる。

 お言葉にあまえて、背筋は猫背に、テーブルに肘をつける。いい姿勢とはいえないが、楽である。


 パメラはシャーリーと対面して座る。

 姿勢は教本の例のようにきれいである。とてもお行儀がよく、育ちがいい。


「かしこまりました。それで、シャーリー様はペットをお連れと耳にしたのですが、どちらに?」


「バックの中に……。はい、この子がそうです。名前はカーチャです!」


 シャーリーは、膝にのせたバックからカーチャを取り出す。

 カーチャは鳴き声をあげず、それどころかお座りすらしてる。こちらも負けずにお行儀がいい。み、味方だと思ってたのに……。

 飼い主よりペットが優秀、そんな落ち込みをみせる外で、カーチャをみたパメラは目を輝かせる。


「あら! 子猫ですか。それもお座りまでして、ぬいぐるみみたいで可愛いらしいですね」


 パメラは指先で撫でていると、カーチャは未熟な爪で頭をなでる何かをひっかこうとしてる。

 こら! お行儀が悪いぞ!


「今回はこの子の服をお買いに?」


「いえ、この子のはまだ。今日は自分の服を、と」


「かしこまりました。では、こちらのタブレットをお使い下さい。それとこちらを……」


「デカ! あ、あのこれ結構体型がふくよかな方じゃないと……」


 言葉を濁してながらも受け取ったものは、透明なジャケット。

 シャーリーは不思議そうな顔でパメラを見ると。

 それを察した彼女は、口を開く。


「こちらは当社が開発中の試着服です。タブレットと連動していまして、当社のカタログの服を選びますと、それが反映してジャケットが選んだ服になるんです」


「……ん?」


 どういうこと?


「実際にやってみましょう」


 シャーリーはコートを脱いで、椅子の背もたれにかける。透明な試着服を着ると、パメラはタブレットから適当に服を選択する。


 すると、服は徐々に形を変えていく。

 手を覆い隠すほどの袖口が、手首まで短くなっていき。さらに、成人男性ほどの肩幅や身幅が徐々にピッタリとフィットする。色々と縮んだと思えば、服の裾が液体のように垂れていき、膝を隠せる丈になる。

 開けた前をとじる役割をもつボタンの代わりに、小さいベルトの留め具が現れる。

 透明で丸見えなデザインも、赤色や黄色に白色といった色彩が薄っすらと試着服の表面を染めはじめ、透明からベージュになる。

 ダボダボでスケスケなジャケットだったものが、ものの数分でベージュのトレンチコートへと変貌を遂げる。


「うそ! 凄い」


「ありがとうございます。いま体験したように、これは色や形を変えることができまして、シャーリー様にはこれを使って服を選んでいただこうかと思います」


「あ、でもこれって開発中のものなんですよね? 外部の私が、そんな……」


 そうだ、そうだよ! これって私が仕入れた情報にはなかったものだ。

 つまり、まだ一般公開されてない情報。

 ま、まずいのでは?


「ふふ。構いませんよ。試作品ですので、実際試されたお客様の意見を聞いてみたいと思っていましたので、使って下さい。シャーリー様が嫌でなければ、ですが……」


「ぜ、是非使わせていただきます……」


 や、やたーー!

 やったよー!


「ありがとうございます! あ、早速意見があるのですが、触った感触がビニールっぽいのですが……」


「なるほど、貴重なご意見ありがとうございます。まだそちらは、素材による肌触りや防寒防水といった服の性能の再現など、難しい問題に当たっておりまして……」


「そうなんですね! あ、でもでも。これだけでも十分に凄いと思います! 本当に驚きました。技術って、ここまで進歩しているんですね……」


 感想を間に挟みながら、早口で話を繋げるシャーリー。

 その目の輝きを試着服とパメラを交互に見る落ち着きのなさは、店内のお客と店員の視線を集める。

 それにパメラは顔をわずかに赤くするも、しっかりとシャーリーの言葉に耳を傾ける。


「ちなみに今着ている服には、ナノテクノロジーといった技術を使用したもので、この都市に存在するル・ベイロン研究所と共同開発したものなんです! そしてですね––––」


「……え」


「あれ? どうかされましたか?」


「……いえ、なんでも。あ、そろそろ服をみないとですかね! すっかり忘れてました」


「……ええ、そうですね。私も長話が過ぎました。どうぞごゆっくり」


 片や苦笑を、もう片方は笑顔で見つめながら、この話題に幕をおろす。


 シャーリーは、タブレットを近い位置までもっていき、そこで途中で手を止める。

 なぜそこにと、カーチャがぶら下がっていることに気づいたからだ。

 恐らく、会話が退屈でタブレットの上で寝ていたところを、急に持ち上げてしまいこうなったのだろう。小さな悲鳴をあげる子猫の首をつまみ、テーブルに下ろしてあげる。

 パメラはカーチャを抱っこさせて遊ぼうとするが、とうの遊び相手は先程の一件で機嫌を悪くしたのか、その可愛らしい乳歯で、持ち上げる何かに甘噛みを喰らわす。

 だから、ダメだって!


 シャーリーは気まずい表情でパメラの顔を覗くが、嫌がってる雰囲気はない。それよりも、よりもっと親密になりたいと恍惚な表情をしている。

 ここは邪魔せず。そっとさせるシャーリーは、タブレットで服を一つ一つ、ふれてみる。


「ミントグリーンのワンピース。チョコレートな帽子。サクラ色のヒールも悪くないなぁ……」


 むむむ、迷った。

 何に迷ったと訊けば、服だ。

 いい服はたくさんある。はっきりいって全部欲しい! しかし、中流家庭育ちの中学生にそんなお金などなく。全部だなんて、まぁ無理だよね。

 限られた資金で、服を買わなければいけないのだが、どうもピンとくるものがない。

 私の求める条件がちがう?

 おしゃれなデザインや高級な素材、実用性を重視したハムみたいな防寒着を求めているわけではない。いや、それも少しは含まれてはいるが、どう表現したらいいかわからない。

 パメラさんに意見を聞いてみる?

 チラッと彼女をみれば、カーチャを持ち上げて自分のコップの水を飲ませている。そのおかげか、カーチャは黒毛の頭を擦り付けて、上機嫌。フッ、現金な奴め。


「あの、パメラさん」


「はい。なんでしょう?」


「パメラさんからみて、私に似合う服装ってありますか?」


「シャーリー様に似合う服装、コーディネートですか……。それは、とても難しい質問ですね」


「やっぱり私に似合う服装なんてないよね……」


「あ、いえ! そういう意味でなく、私の感性は周りの方より劣っていまして……」


「……そうなんですか?」


 周りの方、それはパメラ以外の店員、同業者を指しているのだろう。

 他の店員を見渡してみれば、お客と変わらないくらいおしゃれしていて、誰もパメラのようにはスーツを着てはいなかった。

 いや、それよりも……。


「話は変わるんですけど。パメラさんは、パールのショップ店員ですか?」


「それはどういうことでしょうか?」


「いえ、嫌味とかではなくて。試作品のジャケットを渡してきたりとか、他の店員さんは洋服着てるのにパメラさんだけスーツとか、あとは佇まいとか!」


「あぁ、そういうことですか。はい。私はショップ店員ではなく、パール経営者の秘書を務めています」


「で、ですよね! ん、秘書?」


「はい。秘書ですよ」


「えぇ! 秘書さんがどうしてこちらに……」


「手が空いているスタッフがいなかった、からですかね?」


「そ、そうなんだ……」


 真面目な人なんだなぁ、と思っているとパメラはこっちをみて微笑む。

 それをシャーリーは見て……。


「本当に……」


「……?」


「本当に、手が空いてたんですか?」


「……。……はぁ、わかりました。シャーリー様は意外と鋭い方なんですね」


「結構、人の顔を窺う性格なんですよね、私。陰キャっぽくて嫌になります……」


「そこまで卑下されなくてもよろしい、かと。相手の反応みて会話をすることは、時には美徳になります」


「ありがとうございます」


 パメラさん優しいなぁ。


「さて、話を戻しますと、私がシャーリー様の担当になったのは、手が空いてるスタッフがいないからではありません。……その、シャーリー様が着ている––––」


「これですか! 何ヶ月か前の……。二か、三だったかな? 月刊誌パールの一ページにこの服をみて、ピンときたんですよ! 私に合ってるかもって!」


「ありがとうございます。確か、五ヶ月も前のですね」


「全然かすらなかった。……い、いや。それよりもこの服装になんの関係が?」


「はい。実はそのコーディネートをしたのは私なんです」


「えぇ! 嘘!」


 突然に告げられた真実に、思わず立ち上がるシャーリー。

 周りの人達から注目を浴びるも、目の前のパメラから目を離さずにジッと見つめる。


「本当に……。本当に、あの服を手掛けた?」


「はい。本当で、あのデザインを作った本人なんですが……。思っていた以上の驚きに、私の方が驚いてしまいました」


「えと、サインお願いできますか!?」


「えぇ!?」


 高ぶる感情を抑えられないシャーリーは、テーブルの上で前屈みになり、パメラに顔を近づける。

 頬を僅かに赤く染めながら、落ち着かせるよう手を上げ下げして意思疎通を図る。

 それに気づいたシャーリーは、周りの目を集めていることに気づき、席に座る。


「あはは……。その、大丈夫ですか? 私のサインでよければ書きますが……」


「……サインはありがとうございます。いえ、それよりもごめんなさい。自重します。恥ずかしくて顔をあげられないだけなので。体調とかは全然悪くないので、あまり顔を覗き込まないで……」


「すいません。あまりにも顔を真っ赤にしていたもので、可愛いらしいですよ」


「か、からかわないでください!」


 赤い顔を見られないよう俯いていたが、無意味とわかれば顔を上げる。そんなシャーリーを見たパメラは、思わず口元を手で隠し、抑えられない笑いをこぼす。恐らく、正面からの顔が凄かったのだろう。

 シャーリーはこほんっと咳払いをすると、パメラは気を取り直そうと膝に手をおいて背筋を伸ばす。顔はまだ少し緩んでおり、それを見られないようパメラは口を開ける。


「シャーリー様が着ている服装のデザインやコーディネートは私がしたものですが、サインを求められるほどの代物ではございませんよ? 元々の形に手を加えただけで、柄はなくシンプルすぎるものです」


「それでも私は気に入っています。パメラさんのセンス、私好きだなぁ」


「そう言ってくれて……。本当に、嬉しい……」


「パメラさん?」


 出逢ってからこの短い間に、初めて聞いたパメラの本音。

 商売人として、年上で尊敬する人として受けとめていた彼女を、そのわずかに赤くなる目頭を見て、シャーリーは少しだけデザイナーの姿をした彼女が見えた気がした。


「そう、ですね。やってみましょうか。ここのカタログには一つしかないですが、オーダーメイドで手掛けましょう!」


「本当ですか! でも、パメラさん秘書の仕事は?」


「そちらに関しては問題ございません。このくらいであれば両立できます」


「よ、要領いいんですね。さすがパメラさん!」


「いえいえ、それほどでも……」


 褒められて嬉しかったのか、照れた顔をするがそれは一瞬のことだった。

 初の対面をしたときのような、キリッとした表情で姿勢を正す。それだけで、場の空気が先ほど違って商売独特のものになる。

 交渉の時間だ。


「さて、早速ですが。シャーリー様のご予算についてお聞きしても?」


「予算ですか?」


「はい。オーダーメイドといってもお客様のご要望次第でコストが変わります。なので最初にシャーリー様が洋服に出せる金額を確認し、どれほどの追加や変更が可能なのかを検討する必要があります」


「なるほど。ちょっと待ってくださいね!」


「はい」と答えるパメラを前に、シャーリーはバックの中から財布をだして、資金を確認しようと探る。


 探る。


 ……探る。


 …………探る。あ、あれ?


「どうかされましたか?」


 パメラさんからみて、今の私はどのように映っているだろう。

 笑みでも、恥じらいでもないだろう。

 さーっと血が引いて、顔が青ざめるシャーリー。

 興奮した熱気は一気に冷まされていき、二人は見つめ合い、一言。


「………………財布が、ない……………」


 その言葉を聞いて固まる二人の間には、にゃーっと鳴き声が木霊のように響いていた。


 交渉の時間、わずか一分で幕を閉じた。

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