出会い
分厚い灰色の雲が空一面を覆っている
梅雨が始まろうとしていた。
肌にまとわりつく様な湿気が余計に気分をどんよりとさせる
「で?お前はどうするの?」
「何の話?」
窓の外に目を向けたまま返事を返した。
「進路だよ進路。
高校生活ってもっとキラキラしてるもんだと思ってたよ」
「キラキラしてるのはごく1部の人間だけだよ」
「そりゃそうか」
彼は山口俊哉
気の合う友達のひとりだ。
腕まくりじゃ飽き足らず、制服のズボンまでまくり上げている。
このジメッとした空気に少し気だるさを覚える。
「で?お前決めたの?」
「いいや…まだ。そんな簡単に自分の人生決めれないだろ」
赤色下敷きで仰ぐ。
「そんなこと言っといて本当は、もうやること決まってんじゃねーの?
」
それだったらどんなに良かっただろうか
焦りさえ覚える。
だったらいいんだけどなと呟くと山口は察したように
「そうか」と一言だけ放った
「にしてもなんでこんなに蒸し暑いかね。たまらねーなこの暑さ
頭からキノコ生えてきそう」
「なんだそりゃ」
今どきそんな比喩を使うやつが居るとは思わなかった。
「こんだけジメジメしてたらキノコの1つや2つ生えたっておかしくないだろう」
いたずらっぽく笑ってみせる山口についついつられてしまう。
空は相変わらず分厚い雲でおおわれていた。
程なくして、雨が降り始めた。
「おーおー来やがったぜ環。奴さんついに降り始めやがった」
山口はたまに変な言い方をする。祖父を真似しているのだ。
山口の家は代々続く酒蔵の息子で彼で7代目になる
以前お前は進路が決まっていていいなと言ったことがあった。
山口は真面目な顔で
「良いも悪いもねーよ。俺は生まれながらにしてやることが決まってるんだ。それ以下でも以上でもないでもない。継ぐなら精一杯やんねえとじいちゃん達にどやされる。伝統を守りつつ今より良いものを作らないと、継いだって意味は無い。今や酒なんて工場でできる時代でコンビニやスーパーに行けば酒はいくらでも買える。酒屋に行って酒を買う人の方が少ないだろ?時代のニーズに合わせないと継いだって潰れるだけなんだよ。俺の時代まで潰れなかったのはじいちゃん、ひいじいちゃん、ひいひいじいちゃん達の努力の賜物だよ」
先代たちの努力の賜物。
絶やしてはいけないと山口は幼少期から教えられてきたのだろう。
酒は飲めないが、山口は今も家業を手伝い自分のものにしようとしているのだろか。
少しだけ羨ましくなってしまった。
一体自分には何があって何を残すことが出来るのだろうか?
それともこのまま流れてなくなってしまうのだろうか?
それじゃぁ、まるであの川みたいではないか。
「そうだ環!今度の日曜さ俺んちこない?」
「山口の家に?なんで?」
「テレビの取材が入んだよ。なんでも有名人が来るみたいでさ。」
それはとても興味がある。
環も今どきの若者だ
こんな片田舎に芸能人が来るなら是非とも見てみたい。
「いく」
次の日曜日に山口の家に行くことになった。
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日曜日がきた。
家族に話したところそれはそれは大騒ぎになった。
「ところで環本当に誰が来るんだい?なんの番組か聴いたのか?」
父、和寿が訪ねた。
「うん、なんか日本伝統を紹介する番組。なんだったかな…坂東何とかって人」
「坂東藤吉のこと?羨ましいなぁ、母さんも会いたい〜」
母、八重は少女のように弾んで話した。
「その人有名なの?」
「あんた知らないの?坂東藤吉って言ったら日本舞踊界の重鎮よ?」
聞きなれない言葉だ
「なにそれ?見たことない」
「日本の踊りかな…歌舞伎とか、能とかあるだろ?あれと一緒さ」
「若い人たちも頑張ってるんだってよ?
環あんたも少しは見習いなさい。今日先生から電話があったわよ進路まだ決めてないんですってね」
「あぁ。」
「あぁ。ってもう、悩むのもいいけどそろそろちゃんとしないと」
「うん、わかってる。」
「しっかりしてよ?まったく。」
まぁまぁ…と和寿が、八重を窘める。
全く考えてない訳では無い。
やりたいことが無いだけで。と心の中で呟いた。
そんなやり取りをしていたらあっという間に日曜日が来たという訳だ。
さすがにちょっと緊張してくる。
生まれて初めての芸能人との対面だ…
山口の家にはもう、沢山の人が集まっていた。
「お、来たか。」
「やぁ。今日はお招きありがとう
それにしてもすごい人だな。」
「なぁ、テレビって凄いんだな
これでこの酒蔵も有名になってくれりゃいいんだけどな」
バタバタと撮影の準備が始まる。
カメラが何台も酒蔵に入ってくる。
「先生はいりまーす」
スタッフのひとりが声をかけた。
現場の空気がピーンと張り詰めた
流れる空気が冷たい。
着物を着た人がたっていた。
この男の醸し出す雰囲気なのかピリピリする。
「今日はご協力感謝致します。」
その人は山口の祖父清志に手を差し出した。
清志も、その手を握り
「いえ、こちらこそ
遠路はるばるこんな片田舎までようこそ」
挨拶を済ますと、藤吉は環たちの方を向き
「坂東藤吉です。皆さん本日はよろしくお願い申し上げます」
神様がいるのならきっとこんな人なのだろうか?
凛とした立ち居振る舞い、細身の体。
この人の為に作られてたであろう、着流しの着物。
白髪混じりの髪の毛。キラキラと輝いていた。
「坂東さん。この子が、未来の跡取りです」
「お孫さんですか?」
山口がどうも…と緊張気味に挨拶をした。
「若い跡取りがいるというのは良いことです。楽しみですね
後世までここの酒蔵の味を技を受け継いでいってくださいね。」
そんなたわいのない会話でもきっと、この先の山口の心の中に一生残るのだろう。