苧環〖オダマキ〗
危険だと分かっていても赴くしかない警察官や消防士。
代理戦争をする弁護士に他人の命を背負う医者。
サーカスの見世物みたいなスポーツ選手や芸能人。
どれもこれも主観ではあるけれど、同年代の子たちが憧れて目指していた職業は僕にとってはとんでもなく恐ろしいものばかりだった。
枷と危険が重くなるほど高名高給になるのはなんとまぁ、分かりやすい仕組みじゃないか。
それから、僕は誰よりもなによりも『普通』を目指した。
学校のテストは平均点の±5点。体調は年に1度か2度くらい崩す。流行りはそれなりに乗って、遅れはしないけど進んでもいない程度に押さえておく。周りの他人に対しては、反抗的でないけれど従順過ぎてもいけない。
それなりに出来るけれど、替えのきく人材。何かを成し遂げることはないけれど何かを失うこともない。これが正解だろう。
でもいつからか僕は一人ぼっちになっていた。
厳密には違うけど、誰かが隣にいても楽しくないんだ。友達と出掛けてもつまらない。以前は楽しめていたアニメや漫画も面白くない。好きだった音楽を聴いてもスポーツを観てもわくわくしない。いつだって笑えてた思い出話も、あぁ、そんな事あったなぁ、くらいにしか思えない。
繰り返しの生活と味気ない食事と変わらない風景ばっかり。ただ生きるだけのことがこんなに難しいなんて知らなかった。だからね、戻れるなら戻りたい。もっと起伏のある日常が欲しい。そんな風に思えてきちゃって。
どんどん欲張りになって、あれもこれもと手を出して、気づいたらギリギリの綱渡りをしていたなんて、全く笑えないと思わない?
目に映る全てが欲しいだなんて神様もびっくりの強欲さで、働いても働いてもまだ足りない。
そうして積み上がったアレコレが空っぽだった部屋を埋めていってさ。あと少し、あと少しなんだ。
あと少しで僕は、満たされた気持ちになると思うんだ。