婚活1
恋の苦楽を味わった日から2年、30歳を過ぎた私。
本当のところ、まだしばらく遠ざかっていたい。
でも人生の節目で適齢期、周りでも身を固める人が増え、避けては通れない問題だった。
子どもの頃は漠然と結婚してるだろうって考えてたけど、かなりの難題で、努力やご縁等いろいろが合わさったことなんだとわかりかけてきた。
結婚するのか、しないのか?
今のまましなくても、お一人様の人生も増えている。
今後、異性でも同性でもパートナーと生活する可能性もあるし、入籍の選択もできるだろう。
じゃあ、子どもを持つことは?
子どもを産んで自分で育てていく選択肢もある。
あるいは数年後まで結婚と妊娠の可能性を広げて、卵子を保存してお金を貯めるってことも……。
ーーでも、妊活ってしんどいって聞くし……。
産む前から大変、産んでからも大変。
私、そこまでがんばれる気しないなぁ。
自分の子どもを見てみたい気持ちはあるけど、そのために30~40代賭けて結果出ないことだって珍しくない……。
幸運にも誰かと結婚して、授かることがあればーー。
今の私にはこのくらいのプラン、いやこれだってすごいことだ。
そう考えると、今婚活を始めるのは絶好の機会。
これまでの自分の恋愛振り返っても、うまくやれる気がしないし。
座ったままの重い腰が上がらなくなる前に、このへんでちょっと本気出しますか!
「私、婚活始めたんでよろしくお願いします」
年齢的に周囲の理解や協力も得られやすく、私はことあるごとにそう宣言した。
「結麻が婚活に目覚めるなんて、お母さんうれしいわーー」
結婚が決まったわけでもないのに、母はとてもうれしそうな顔をしていた。
きっと母も、半ば諦めかけていたのだろう。
それからの母の行動力といったら、それはもう早いものだった。
年の頃合いが近く相手を探している親子も多いのだろう、お見合いの話を10件持ってきてくれた。
今はお見合いも見直されて、カジュアルになってきた。
お話を頂いた相手の写真を、まずは確認する。
年齢は35~50くらい、髪の毛やお腹など、いい感じのおじさん達ばかりだ。
私も、お姉さんからおばさんの間になるし、婚活市場のリアルさがわかる。
「どう?
誰から会ってく?」
誰からって、まさか全員受けるつもりか?
「うーーん、……」
私はすごく考えてしまった。
でも、こんなにオファー頂いたんだもんね。
「えっと、この人、何歳?」
一番年齢が近く、中肉中背で人の好さそうな男性を指した。
「ああ、この人?
お母さんの同級生の近所の人でね、確か後ろに……」
写真の後ろには、中山拓(35)と書いてあった。
「東京の大学を出て、市役所にお勤めだそうよ。
この人と会ってみる?」
平凡に、優しそうな人。
年の差が少ないことで、話も合うかもしれない。
「うん、じゃあ中山さんとのお見合いの話、進めて下さい」
私は写真の中山さんをじっと見つめて、よし、っと気合いを入れた。
一ヶ月後の日曜日。
私と中山さんは、ホテルのレストランで食事の約束をした。
親や仲人さんに頼らず、当人同士でお願いした。
「岡本さん……、ですか?」
早めに来てロビーのソファに座っていた私は、中山さんらしき男性に声をかけられた。
約束通り、彼は青いハンカチを持っていた。
私もピンクのハンカチを見せて、「はい」と答えた。
「初めまして、中山拓です。
今日はよろしくお願いします」
身のこなしもスマートで、好印象だった。
「岡本結麻です、こちらこそよろしくお願いします」
「じゃ、行きましょう」
「はい」
私は彼の後ろについて、レストランに入った。
外からの陽射しが入る、白を基調とした落ち着きのある内装。
中山さんは、シャツに細身のジーンズ、黒のジャケットで、堅過ぎずセンスもいい感じだった。
私も、淡いピンクのワンピースにカーディガンで、清楚な装いをしてきた。
第一印象、大切だよね!
二人は注文して、温かいお茶を飲みながら話し出した。
「岡本さんは、どんなお仕事を?」
「製品の検査なんかを主にやってます。
ブルーカラーって感じ」
「そうなんですか、物作りのお仕事も大変ですよね」
「目が疲れますね……。
でも体を使うこともあるので、私には合ってます」
お相手がどんな仕事してるかって、収入や生活に関わってくるし。
「中山さんは、市役所でしたよね?」
「えぇ、今は観光課にいます。
イベントが多くて、土日のどちらかは大体仕事です」
「それは、忙しいですね!」
「でもその代わり、平日に代休が取れるんで、結構いいですよ」
その時丁度、最初のお料理が運ばれてきた。
「では、頂ましょう」
「はい」
まだ緊張はありながらも、温かくおいしい物を口にして、ほっと一息つけた。
食べ始めた中山さんを見ると、姿勢もマナーもきちんとしていて、きっと公私共にしっかりしてるんだろうな、と思った。
前菜を食べ終えた頃、中山さんが話し出した。
「あの、早い話なんですけど、結婚ということになったら、僕の家の方に住んでもらいたいんですけど、大丈夫でしょうか?」
「えと……、同居ですか?」
「いや、実家近くのマンションを借りたいと思って。
仕事上、同じ市に住むことが望ましいもんですから……」
「なるほど、それだったら、私も通える範囲だと思いますし……」
「それに、子どもが産まれてからも、なにかと援助が受けやすいと思うんで」
中山さんは、はっきりと言った。
すごい具体的……。
未来予想図が完成してるみたいだ。
「僕は、できれば子どもがほしいと思うんですけど、岡本さんはどうお考えですか?」
「え!?
いや、そりゃ授かればほしいですけど……」
かなりセンシティブな部分にまで踏み込まれて、私は動揺した。
「産むのは女性の方ですし、結婚となるとやっぱり子どものことも考えますよね」
「まぁ、確かにーー」
婚活を始めるに当たって、そりゃあ考えましたけど。
「僕、2人くらいって考えてたんですけど、もうアラフォーだから現実的じゃないなって。
だから1人は絶対ほしいなって」
「そう……なんですか」
私はもうちょっと、引いていた。
「結婚したら、すぐ妊活したいって思ってます。
僕も一緒に行くし、全面的に協力するつもりです。
年齢的にも早い方がいいですからね」
「本当、婚活も妊活も、早いに越したことないですよね」
最後はもう、愛想笑いだ。
この人とは、無理だな……。
そう直感した私は、彼の話に適当に合わせ、おいしい食事を堪能することにした。
「お母さんごめん、中山さんの話、お断りでお願いします」
初めてのお見合いから帰ってすぐ、私は速攻で言った。
「あら、中山さん、しっかりしてそうなのに」
「しっかりし過ぎてて、無理……」
「……わかったわ。
じゃあ、他の人、当たってみる?」
「いやーー、保留でお願いします。
ちょっと次行く気力、ないわ」
人を変えればまた違うんだろうけど、衝撃がデカ過ぎて、しばらくお見合いはいいかな、と思った。