天地2
「いらっしゃーーい、お好きな席どうぞ~~」
威勢のいい声で、店の主人が迎えてくれる。
通の人が知ってそうな、年季の入った焼き鳥屋さん。
「ここでいい?」
聞かれて座ったのは、カウンターの端っこだった。
常連さんなんだろうな、独身会所属の、店に精通してる感があった。
「店長、今日のおすすめお願いします」
「あいよ!」
とりあえずお酒で乾杯して、遠藤はどんどん話し始めた。
「おかもっちゃん、何歳?
俺、30歳」
会って2回目、二人では初めて、だけど彼はすごく慣れている感じだった。
すぐに返答しない私。
「20歳?」
わかりやすくボケてくる。
「幼いですか?
25です」
「うん、大学生くらい、純粋」
どっちに受け取ったらいいかわからなかった。
「遠藤さんは、貫録ありますね」
「うん、よく言われる。
余裕で子どもいそうって」
毒を盛ったつもりだったけど、難なく流された。
年齢を凌ぐ経験値があるのか、本当に高いコミュ力だった。
「今日は飯村さんに聞いて来たんですか?」
「まさか、俺、危険人物だもん。
飯村さんの知り合いに、二人の職場聞いてたから」
先輩は当然ながら、私を売ってなかった。
けど、ストーカーまがいのことをしてまで、私に会いに来たのか……。
「私に、気があるんですか?」
お酒のせいもあって、私は強く出た。
「うん、そう。
いつもはうまいもん目当てなんだけど、おかもっちゃんかわいくて、食べっぷりもよくて、絶対また会いたいなって」
「独身会で誘えばいいじゃないですか?」
「いやーー、飯村さんにガードされちゃうと思って」
「……」
遠藤はお世辞にもかっこいいとはいえなかったが、とにかく話上手で、魅力的だった。
こんなにアプローチされたこと、ないよ……。
ついに彼氏、GET!?
私は、念願の告白を予感した。
「ぶっちゃけ、おかもっちゃんのこと、好きです!
よかったら、サブかのになって下さい」
念願の瞬間を迎えると同時に、謎の言葉も飛び出した。
「……え?
サブカル?」
「面倒でごめん。
サ、ブ、か、の」
サブの、かの。
サブの、彼女……。
言葉の意味を理解して、急転直下した。
「……あの、それって、本命の彼女がいて、二股ってこと?」
「ーーうん。
俺、2コ上とつき合ってんだけど、長くつき合って結婚の話もないし。
お互い個人主義だから、おかもっちゃんとも仲良くなりたいなって」
「え?
それって、不誠実じゃないですか。
彼女さんもかけもち交際をお互いに了承してるってこと?」
「基本、交友関係に口出してないかな。
あ、おかもっちゃんも他に全然恋愛してくれていいから!」
「そんな……。
彼女にバレたら、人間関係全て失いますよ!?」
「だったら、それでいいよ。
そん時はおかもっちゃんか、また別の誰かといればいい」
なんて人だ……。
豪放?
いや、危険人物。
先輩が言ってくれたことは、正しかった。
「難しく考えないで。
その気になったらメールくれれば。
答えはおかもっちゃん次第なんだから」
彼はそう言って、豪快に焼き鳥にかぶりついた。
おいしい夕食を楽しむ遠藤とは反対に、私はとても楽しめる気分じゃなかった。
あれから二ヶ月、遠藤からの接触はなかった。
彼の思惑はわかったし、私が切り換えればいいだけの話なのに。
すでに深みにハマっていた。
飯村先輩には忠告受けたし、今更……。
誰かーー。
頭に浮かんだのは、るりだった。
彼女は仕事と家庭で忙しいので、とりあえずメールを送った。
「私の知り合いが悩んでるんだけど」
っていうていで。
時間が合うと、彼女からの返信は早い。
「その子がそれでいいならアリだし。
本人の気持ちと覚悟で、決めればいっしょ!」
迷いの少ない、彼女らしい回答。
はあーー。
私は益々混迷を極めた。
それからほどなくして、26歳の誕生日。
あれから相変わらず引っ掛かって前に進めない私は、周りからもらう祝福のメッセージとは裏腹な気持ちでいた。
誕生日に休める制度が、逆にしんどかった。
ハッピーなバースデーじゃない人も、いるでしょ……。
心の隅にはりついたままの、遠藤への気持ち。
淋しさに耐えられなくなって、私は唐突に彼にメールした。
「彼女とうまくいってますか?」
完全に地雷だった。
程なくして、彼から返事が来た。
「俺は結麻とラブラブしたい。
でも俺のラブだけで、君のラブがまだない」
相変わらずの、彼の好意。
特別な日に一人でいたくなかった、想い合う人と一緒にいたかった。
「会いたい。
今日、会える?」
続けて入ってきたメールを見て、止まらなかった。
私のことを、好きって言ってくれた。
不安定でもいい、今手に入るものが欲しかった。
今の自分がよければそれでいい、私は彼のところへ走った。