天地1
私、岡本結麻、25歳になります。
社会人歴を少々積み重ね、彼氏はまぁ……、うん、これから。
初めて紹介してもらった男に懲りてから、自分のペースで細々と相手探しを継続中。
少しがんばってメールしたりまではいくんだけど、そこからデートにまで繋がらなかった。
草食系が増えてしまった今、やっぱりもっと自分から行った方がいいのかな……。
そう思ったりもするんだけど、白馬の王子様的な、私に合う人が現れるはずだと、根拠のない妙な自信がまだまだあった。
ある日の飲み会。
私は職場でよくしてもらってる同性の先輩の、知人独身会に参加させてもらった。
20~30代の独身で、気軽に飲んだり食べたりを楽しむ名目らしい。
会も不定期、メンバーもいつもの人から初めての人までオーケー、行きやすく楽しそうなので先輩にお願いした。
「私の職場の後輩、いつも一生懸命な岡本ちゃんです!」
「頼りになる飯村先輩についてきました、今日はよろしくお願いします!」
一言挨拶をさせてもらい、会は賑やかに始まった。
みなさんおいしいお店の知識が豊富で、一番の目的はおいしい物を食べること、だった。
私は食のことはよくわからないけど、逆にお店の情報も得られるし、悪くない会だなーーと思った。
始めの30分くらいは飯村先輩が隣についていてくれたが、時間が経過して流動的になってきた。
少し、食べるモードに入ってもいいかな?
そんなこと思いながら黙々と食べていると、ふと話しかけられた。
「隣、いいですか?」
周りを全く見ていなかったので慌てて、とりあえず「どうぞ」と言った。
「失礼します。
おいしそうだね、それ。
何食べてるの?」
「あ、えーーと……、ジャンボメンチです」
彼は笑って言った。
「すごいおいしそうだね!
俺もおんなじの、食べよっかな」
彼は私と同じ物を食べながら、私にどんどん話しかけてきた。
こんなにすぐの出会いを期待していなかった私は、隣に座った彼の印象が良く、飯村先輩が戻ってきてからもしばらく、二人で盛り上がっていた。
「やーー、今日もおいしかったね!
じゃまた、うまいもん食べたくなったら、やりましょうっ」
2時間程会食を楽しんだ知人独身会は、あっさりお開きになった。
「あ、これよかったらよろしくねっ」
店を出る途中、隣でいっぱいおしゃべりした彼が、私にメモを手渡して去って行った。
彼の、名前とアドレス。
遠藤健、っていうのか……。
その一部始終を見ていた飯村先輩が、私に言った。
「遠藤とすごいしゃべってたね」
「はい、なんか話し相手になってくれて……」
「あいつねぇ……。
悪いやつじゃないんだけど、人たらしらしいから気をつけて」
「え……」
話が弾んで楽しかった分、先輩の言葉が刺さる。
「先輩も、たらしこまれたんですか?」
「いや、私は知り合いの知り合いだからさ、……。
魅力はあるけど面倒ごとはごめんだから、一応警告しとくね」
「そうなんですか、ありがとうございますーー」
先輩とも、店を出たところで解散した。
自分が彼のことをいいなと思った分、相手の本質を慎重に確かめていかなければと、身の引き締まる思いだった。
知人独身会から、一ヶ月。
先輩の情報に用心した私は返信せず、いつもと変わらない毎日を送っていた。
「今日は定時で上がれるね、みんなお疲れさん!」
残業なく夕方陽があるうちに帰れる、それだけで気分がよかった。
「お疲れ様。
元気だった?」
「あ……」
会社を出て少し歩いた辺りに、遠藤が立っていた。
まさか待ち伏せとは、標的にされてしまったか。
「先月はお世話になりました、遠藤です」
定時上がりの混雑を避けた結果、他の人も先輩も帰ってしまい、人気がなくて逃げ場がなかった。
「……」
「あ、飯村さんに忠告されたかな?」
私の警戒ぶりに、遠藤は肩をすくめた。
やっぱり、噂通りヤバイ人なのか。
遠藤は謝罪するかのように、深く頭を下げた。
「いい歳して、こんな真似してごめん!
でもやっぱり、君にもう一度会いたくて……。
この後よかったらご飯行きたいんだけど、ダメかな?」
遠藤は頭を下げたまま、私の返事を待っていた。
「ーー」
こんなとこ誰かに見られたら、会社で噂になっちゃう……。
ーーご飯、だけなら……。
「じゃあ、今日だけ」
私の一言で、彼は顔を上げて満面の笑みになった。
「ありがとう!!
じゃあ、ご馳走させてね。
名前、確かえっと……」
「……岡本です」
「そうだ、おかもっちゃん!!
じゃあ行こうっ」
遠藤は私の手を引いて、歩き出した。
彼のペースに巻き込まれている、けれどなぜか憎めなくて、私は彼と一緒にご飯して確かめてみたい、と思った。