自愛1
岡本結麻、40歳になりました。
立派な大人の年齢です。
会社でも、若手から中堅(?)に、新人さんからしたら立派なおばさまです。
恋愛や結婚も考えてがんばりましたが、心折れ、自分を否定するより肯定しようとシフトして参りました。
35から40歳にかけて結婚や妊娠の機会から遠ざかり、周囲からの声かけもどんどんなくなって消耗も減り、高齢独身女性の認定も定まってきたと思う。
一度きり、私が主役の人生、生きやすくなってきた。
そうそう、仲良くしていた友人達は今、どうなったかというと。
るりは20代で子どもが2人、中高生になって手がかからなくなったためか、たまに会うようになった。
文香は33歳で婚活終了後、35歳で一回り若い後輩と結婚、妊活を経て38歳で出産、会う機会は減った。
飯村先輩はバツイチ子なし、知人独身会も卒業して、今は長続きするような趣味を求めて開拓中、たまに会って話す。
私も何人かで集まるような会合はぐっと減り、女友達とも一対一で連絡を取って、ランチや夜ご飯をするくらいになった。
みな仕事も家族も様々で、予定を調整するのが難しいということもある。
もっと独身組の友達を増やすかもと思ってたけど、そんな余裕もないし、立場が違うからこそ話せたり発見できたりすることもあって、友達って本当不思議なもんだな、と思った。
いつものように仕事を終えて、70を過ぎた両親と住む家へ帰る。
「親終いが済んだら、このうちはあなたの自由だけど、自分の老後の資金は準備しておいてね」
老いてもなお親でいてくれて、人生の先輩から学ぶことはまだまだありそうだ。
「ただいまーー」
「おかえり。
なんか、大学から葉書が来てたわよ?」
「大学?」
確認すると、同窓会の案内だった。
ふーーん、今年の春にやるのかぁ……。
一回目は行かなかったっけ。
確か28の頃だったか、あの時は二股彼との別れがあって、とても行ける気分じゃなかったな……。
30歳の時だったらよかったのになぁ、婚活も始めた頃だったし。
まぁ、そう都合よくはいかないか。
年が経つ程に人生も多様になるし、華やかな人も、私みたいに変化の少ない人も、いろんな人がいるよね。
逆算したらもう、同窓会なんてあと何回もないんだ。
40歳の節目に、私は参加してみようと思った。
同窓会当日。
土曜の夕方5時、宿泊先も兼ねたホテルの大ホールで、人が集まってきていた。
3学科で100人ずつの300人だから、企画もしやすかったかもしれない。
「こんばんは~~」
私は受付を済ませ、自分の所属していた文学部の見覚えのある子達のところへ行って、挨拶した。
「こんばんはーー、あれ、結麻ちゃん?」
「岡本結麻、名字変わってないでーーす」
「うちらとおんなじじゃーーん!!」
そう言って歓迎されたかと思いきや、
「待って、バツかもよ?」
「名前も戸籍も、生まれたまんまです」
「結麻ちゃん意外ーー!
こっちおいでよ、飲み物あるよ~~?」
文学部は女子が多く、私はあっさり懐かしい顔ぶれの中に入った。
20年の間のいろいろな変化に驚きながら、学生時代に戻ったかのような感覚。
始まる前の不安は消えて次々と記憶が戻って繋がっていき、めまぐるしく脳が活性化した。
学生の時も目立たないタイプだったし、輪の中に入って軽く話に参加してるだけでも、膨大な情報量だ。
盛り上がっていく会場から一息つくため、私はトイレ休憩した。
ふう~~、みんな、パワフル!!
私には熱量がすごい、時々クールダウンしよう。
少し落ち着けて、せっかくなので新しい飲み物と料理を持っていくことにした。
あのカクテル綺麗、飲んでみたいな~~。
手を伸ばすと、視界の外から同時に手が伸びてきて、触れ合ってしまった。
「あ、ごめんなさい!」
私はさっと手を引っ込めた。
その様子に気づいた男性が、私の方を見て言った。
「こっちこそごめん。
これ、おいしそうだよね。
はい、どうぞ」
彼は手に取った飲み物を、先に手渡してくれた。
「ありがとう……」
思いがけず女子扱いされて、恥ずかしくなってしまう。
誰だっけな、他の学部の人だよな、見たことあるようなないようなーー。
必死に思い出そうと男性のことを観察していたが、出てこなかった。
「あんま見ないで?
最近薄いの気になっちゃって」
彼はおどけて、頭に手を当てた。
「そんなこと、……!!
ごめんなさいっ」
髪あるじゃんと思ってよく見たら、確かに軽めで慌てて謝る。
「ジョークだから」
男性も飲み物を飲んで笑い、私の方をじっと見た。
「文学の、岡本さん?」
彼は私のことがわかったようだ。
「えっと、社会の、ーー」
「落合です、久しぶりだね」
社会学部は男子が多く、教育学部はほぼ半々。
違う学部の知り合いは少ないけど、一般の共通の授業は全学部で受けることもあったから、身に覚えはある。
グループ発表なんかは名前の順だったりしたから、「お」で始まる辺り、話したこともあるかもしれない。
「少し時間ある?
ちょっと話そうよ」
無縁だったナンパのような展開にドキドキしながら、ちょっとならいっかと思って、近くの席に座った。
「岡本さん、大人になったね」
普通に褒めてくれたんだろうに、昔の自分を思い出して複雑な気持ちになった。
「私、高校生みたいじゃなかった?」
落合くんは、うーーん、と考えて、
「でも、うちの大学の女子は、いい意味で垢抜けてなかったと思うよ?
地方で小さいし」
フォローしてくれたのかな、確かに、大半の子は派手じゃなかった。
「大学の時、あんま話したことなかったよね?」
「うん?
そうだね。
でも名前の順が近いし、実は結構近くで見てたんだよね」
さらっと言われて、恥ずかしくなる。
「ちょっと、酒おかわりしてくる」
彼はそう言って、席を外した。
顔も、髪も、体つきも、大学時代の男子の平均値。
社会って男子ばっかりだったし、本当にその中の一人って感じーー。
ーー、あ……!!
若かりし時の恥が蘇って、慌ててしまった。
「新しいカクテル持ってきたよ。
あれ、酔っ払っちゃった?」
うつむいた私を見て、彼は私の方を覗き込んだ。
「いや、あのーー。
私グループ活動の時、男子に資料重いから持つよって言われて、意地張って拒否したら、全部バラ撒いてみんなに迷惑かけちゃったんだけど……。
落合くんて、その時の?」
「そうそう、その男子。
だから逆に岡本さんのこと、すごいよく覚えちゃって」
は、恥ずかしい……!
「あの時は、本当にごめんなさい。
落合くんにも、みんなにも手間かけちゃって」
「確かにあの時は、なんだよって思ったけど。
おかげで、岡本さんの希少価値を見いだせたよ」
「……」
からかわれてるのか、褒められてるのか。
「落合、来いよーー」
その時、遠くから男の声がした。
「やべ、見つかったか?
ーーねぇ、岡本さんて独身?」
「ーー個人情報なので」
裏腹な気持ちで答えた。
すると彼は、内ポケットから紙とペンを取り出して、手早く書いてテーブルに置いた。
「俺、バツイチの独身。
よかったら友達登録、よろしくお願いします」
そう言って、落合くんは社会の男子の集団に入って行った。
このメモ、私が置きっぱなしにしたらどうなるんだろう、すっごい自信だな。
私は、2、3分その場で落ち着いてから、メモを回収した。
彼が座っていたところに残された、口をつけていない新味のカクテル。
代わりに頂くと、蜂蜜と生姜が合わさった、甘苦さが口に残った。




