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武士と遊女

作者: 神父二号
掲載日:2019/07/04

「あっ、河原で何かやってる」


相方の女があげた声につられ、俺は河原に目をやった。

大勢の野次馬が遠巻きに見守る中、砂利の上に舞台が作られている。

派手な装いの楽人達が、演奏の用意をしていた。


「あれは慰撫の舞いだ」

「慰撫?何でさ」

「落ちるからやめろ」


橋の欄干から大きく身を乗り出した相方を引き戻す。

楽人の中に一人、純白の衣をまとった女人がいた。

おそらく舞い手を務める遊女だろう。

三条で慰撫を舞うとなれば、相応に高名なはずだ。


「先日処刑があった。三条河原には、まだ怨霊が残ってる」

「へぇー、そうなの」


頭に巻いた手ぬぐいを不自然にぴょこつかせ、相方が相槌を打った。


「…六条の河原でもやってくれればいいのに」

「三条は六条とは違う。公家の屋敷も多い」

「あっそ、露骨で結構なこと」


相方は欄干に頬杖をつき、面白くなさそうに頬を膨らませている。

慰撫が出来る連中を雇うのは、銭がいる。

六条で処刑がある度に雇えば、内裏は素寒貧だ。

そのまま二人で少し眺めていると、楽の音色が聞こえ始めた。


「ぷぷ、下手くそな舞い。二流ね、あれは」


相方がおかしそうに笑うも、俺には舞の上手下手は分からない。

遠目で見る限りは、十分上手いように見えた。


「なんだ、慰撫の舞いにケチつけるほどかお前」

「ケチつけるほどですよ?あんたには見せたことないけど」


興味が失せたように河原から目を離し、相方はまた歩き始めた。

からからと橋を打ち鳴らす下駄の音が心地よい。

普段と違う花浅葱の着物は少し裾が短く、白いふくらはぎが時折ちらついていた。

頭の手ぬぐいさえ無ければ、振り返る仕草一つで銭が取れそうだ。


「ほら、案内の続き続き」

「急ぐなよ、こけるぞ」

「じゃあ腕貸して」


止める間もなく腕に抱きつかれ、衣の下の感触が伝わってきた。

さすがに昼日中にする行為ではない。

同僚に見られでもしたらと思うと、冷や汗が出る。


「ふふふ、六波羅の武士さまは好き者だねぇ…」

「おい、みっともないから離れろ馬鹿」

「えー、どうしましょうか」


身体をひねっても揺すっても、全然離れようとしない。

突き飛ばすわけにもいかず、俺は結局そのまま歩き始めた。

頭一つ低い相方がくすくすと笑い、さらに密着を強めてくる。

柔らかい。温かい。顔に血が集まる気がした。


「ねぇ。あたしの舞い姿、見たい?」

「別に」

「残念でした。まだ見せてあげません」

「話聞いてるかお前」

「なんでだと思う?」


気分屋の女の考えなど、分かるわけもない。

黙りこくって歩いていると、前から公家の牛車がやってきた。

漆で絵文様が塗ってある。敬って然るべき相手だった。

俺達は道の端に下がった。


「さっきの答え、分かった?」

「分からん」

「舞いってね、本当はすごく特別なものなの」

「静かに。大人しくしてろ」

「誰にでも見せていいものじゃないのよ。それにね…」


せっかくの非番の日に、厄介ごとは勘弁だ。

手ぬぐいが外れてないことを確かめ、ぶつぶつ呟く相方をしっかりと後ろに隠す。



「一流の遊女はね、そんなに安くないの」



耳元で囁く化け狐の声は、とても得意げだった。



………

……



「まいど」


六条への道すがら、市場に寄って肉と米を買った。

肉は兎の肉だ。狸だと一週間は口を利いてくれない。

贅沢な文句を垂れる顔を思い出しながら、俺は歩いた。

まだ日が高く、通りには多くの人がいる。

一度帰宅して平服に着替えたとはいえ、京人は武士と公家の匂いに敏感だ。

できるだけ目を引かずに動くには、開き直って堂々とした方がいい。


「………」


路地に入って、右、左、右、右と進む。

行き止まりには掌ほどの平石が無造作に五段積まれていた。

その前に跪いて二段目の石を抜き、一番上に置く。

耳を傾けると、後ろから囁くような狐の鳴き声。

合図である。


「―――」


俺は目を瞑って教わった言霊を呟き、息を吸って吐いて、俯いた。

数瞬の後、頭を上げれば。


「あれ?いらっしゃい。旦那様」


いつもの童女が、箒を握りながら出迎えてくれた。

鬱蒼とした竹林の中に佇む、小さな庵の門前であった。


「どうしたの、今日はお勤めじゃないの?」


頭を軽く傾けながら、ぱたぱたと走り寄ってくる。

尼削ぎに揃えられた美しい黒髪の上で垂れる、小さな狐の耳。

着物は動きやすいように膝丈で裾が短く切られ、すねには少し土埃がついていた。

相方の妹だ。


「たまたま早番だ。ほらよ」


俺は土産の小袋を差し出した。

童女は垂れていた耳をぴんと伸ばし、袋の前ですんすんと鼻を動かす。


「香り袋!?」

「ああ、二人きりにしてくれ」

「えへへ…旦那様、好き」


調子の良い童女は一度ぽふんと俺に抱き着き、すぐに門の中へと走っていく。

尻尾がそれは大きく揺れている。

部屋で一人楽しむつもりだろう。

俺も門構えをくぐり、庵の庭へと入った。


いつもの相方が、縁側で暇そうにぷらぷらと足を振っていた。

こちらに気付いた途端、大きな狐の耳がぴょこんと動く。


「ん?あれ、今日はお勤めじゃなかったの?」

「たまたま早番だ」


背丈こそ違えど、驚く様は姉妹そっくりだ。

土産の肉と米を渡すと、嬉しそうに微笑んできた。

瑠璃色の美しい瞳に、背中まで届く長い金髪。

肌は透き通るように白く、藤色の着物がよく映えている。

当然、頭の上には狐の耳。

そして、縁側の板敷をさやさやと擦る二本の尻尾。

"傾国"だのと偉そうに自称する、うら若い化け狐だ。


「あー、仮病したんでしょ。悪い武士さまだ」

「ぬかせ。明日に備えて早番になったんだ」

「何かあるの?」

「行幸の随行だ。明日の昼から。今回は六波羅も参加しろとな」

「ふーん」


少し間を空けて隣に腰かける。

相方は当然のように、ずいと詰めてきた。

肩が擦れ合うほどの距離で、嬉しそうな美貌が見上げてくる。


「じゃあさ、今回は朝までいてくれるの?」

「支度がある。日が昇る前に出るぞ」

「えー、つれないお人…」


袖で顔を隠して、ばればれの泣き真似。

付き合うのも馬鹿らしく、俺は太刀を外して相方の膝に寝転んだ。


「耳掃除」

「はいはい」


相方の摘んだ葉っぱが弾け、耳かきに変化する。

雅な有様の庭を眺めていると、耳孔をほじる優しい感触が芽生え始めた。


「この前は、ありがとね」

「なにが」

「三条周りのお散歩」

「ああ、それか」


欠伸をしつつ応答する。

往来を歩きたいと言われ、手ぬぐいを渡して二人で外に出た件らしい。

一緒に市場へ行き、水あめを食べ、三条まで歩き、引き返して帰ってきた。

はしゃぐ相方を御するのは中々に骨だったが、楽しい非番ではあった。

当然、帰宅直後に相方の妹が膨れ面で叩いてきたが。


「また連れてってよね。次は妹もいっしょに」

「勘弁しろ。俺をくたびれ殺す気か」

「じゃあ、次もあたしだけだ」


くすくすと笑う声に合わせ、耳かきが心地いいところを引っかいてきた。

肩がぽん、ぽんと拍子を取るように優しく叩かれ、さらに脱力が深まる。


「はい、片耳終わり。次は反対ね」

「おう」


膝枕の上で寝返りを打つ。

風情のある景色は見えなくなったが、代わりに落ち着く香りが鼻をくすぐった。

横目に見上げると、着物の胸元を押し上げる、大きな膨らみ。


「ふふ…それにしてもあの舞い、下手くそだったね」

「ん?」

「三条河原の慰撫のこと」


そう言えば散歩の時にそんなことを言っていた。

三条で舞う遊女を、二流だとか何とか。

自分のことを、一流の遊女だとか何とか。


「一流の遊女、な…」

「そうよ?死にかけのあんたを助けた時、そう名乗りました」

「……お前の遊女らしいところ、ついぞ見たことがないが」

「初めての夜、箏曲を聞かせてあげたでしょ?」

「ん、そうだったか」

「真っ赤な顔で『良い音だ』なんて真面目くさってたくせに。あー恥ずかしい」


もう3年も前のことである。

古傷を抉られるのは、歯がゆいものだ。

俺は手を相方の後ろに回し、揺れるふさふさの尻尾を触った。


「きゃんっ、これこれお武士さま」


ぱしんと頭を叩かれ、耳掃除が中断する。

だが、俺は尻尾の芯を握るように柔く力を込めた。

相方が俯き、艶のある吐息が耳元にかかってくる。


「も、もう…夜まで待てないの?」

「ああ、待てんな。一流さんよ」


縁側に、艶やかな声が広がった。



………

……



「ん…」


庭先から微かに狐の鳴き声が聞こえてくる。

夜明け前に、俺は目を覚ました。

相方の目覚ましは、実に便利なものだ。


畳から身を起こし、瞼を擦りながら横を見る。

相方が心地よさそうに寝息を立てていた。

さらさらの金髪が幾筋も肩や胸元にこぼれ、色っぽい。

こうして眺めている限りでは、自称"傾国"に何の異論もない。


「じゃあ…またな」


俺は軽く狐の耳を一撫でし、広げた着物を掛け直してやって、立ち上がった。

両肩を軽く回す。連日の勤めの疲れが、微塵も残っていない。

また、頑張れそうだった。


「ねぇ」

「ん、起こしたか。悪い」

「あたしの舞い姿、見てみたい?」

「…まあ、その内な」

「残念でした。まだまだ見せてあげません」

「お前な、自分から聞いておいて」

「なんでだと思う?」


半身を起こし、長い前髪を耳によけるしぐさの、なんと美しいことか。



「一流の遊女はね、そんなに安くないの」



見上げてくる相方の声は、どこまでも得意げだった。

続きません。

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