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ギフト  作者: ひまびと
第1部 仮面の暗殺者
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第8話 消失

 大きな爆発音とともに、足元に大きな振動が起きた。そして、すべての感覚が失われた。

 気が付いた時には、背中に大きな衝撃を受け、呼吸が出来ず、その場で悶える自分がいた。

 長い時間だった気がする。だが、実際は短かったのかもしれない。息が吸えるようになり、シェスターは軋む体を起こした。


 橋の上にいなかった。一部の足下駄だけを残し、橋が崩れ去っていた。そして、自分自身は、重なる瓦礫と多くの人の上に自分がいることに気が付いた。

 周辺は砂煙とほこりが舞い、視界を悪くしている。状況はつかめないが、耳鳴りと重なるように聞こえるうめき声とが、その場を支配していた。

 体が震えている。地面にたたきつけられた衝撃と、突然の恐怖に体が拒否反応を起こしているのだろう。だが、今は戦場なのだ。

 橋の高さはそれほど高いものではない。だが、密集していた人が、一気に川底へ落とされたのである。人と人とが重なりあり、川へたたきつけられる。または、岩の塊となった橋にその身を打たれ、絶命した者も少なくないだろう。

 自分と同じ、白い制服を着る治安維持部隊の多くがその場で倒れていた。治安維持部隊と相対していた男たちの姿も倒れたままであった。そして、あたりは血の臭いで充満している。


 シェスターは直属の部下の姿を探した。近くにいたはずだ。だが、見つからなかった。周囲で自分と同じように状況を把握しようと立ち上がるものがいたが、その中にも自分の部下の姿はなかった。

 少し離れたところで、真っ黒の影が5つ見えた。その中の1人が何かを引き上げた。ここからでもわかる。ローティ王子であった。


 「あの男を、橋の上であと5分食い止めろ」


 黒装束。ダークマターの小柄の男は確かにそう言った。

 カンザ国側からの情報提供で、カンザ国の秘事である暗殺部隊のダークマターという組織を知った。

ダークマターは、カンザ国の完全平和主義の闇。完全平和主義の立役者の1組織で、カンザ国でもわずかの人間しか知られていない組織である。

 この度の平和補完条約の中で、ダーシィ国側に提供された機密の1つである。そのため、治安維持部隊に周知された代わりに、外部にこの情報が漏えいしないための厳しい規則を設けられた。また、カンザ国側へは、ダーシィ国側の機密である治安維持部隊の戦力の詳細や所属する個人情報のすべてをカンザ国側に提供した。


 カンザ国の任務の為のみに、自らの命を賭す組織。

 その組織の男との共闘により、この惨状が起きたのだ。


 任務の為とはいえ、ここまでやってよいものなのか。仲間である治安維持部隊も大きな被害が出ている。いや、仲間とすら思われていないのか。

 シェスターは黒装束の方に体を向け、体を引きずるようにして向かう。

 その先、ローティ王子を掴んでいる小柄な男を除き、他の4つの黒装束が四散した。

 そして、その黒装束4人が、それぞれが持つ獲物を下に向いて振り下ろしていた。

 その様子にシェスターは肌が粟立った。

 だが、立ち止るわけにはいかなかった。

 足元の息絶えた人たちや、瓦礫に足が取られ、思うように進めない。

 だが、進むしかなかった。


 小柄の黒装束との距離を縮め、剣を薙いだ。

 ローティ王子を掴んでいるため、橋の上で見せた跳躍はなく、自身が腰に差している、こちらが持っている剣よりも短い剣、小太刀で受けとめた。


 「ひどいことをしてくれる」


 剣を握る腕に力がこもる。

 こちらの様子に気づき、うち2つの黒装束が戻ってきた。長身の男と小柄な女。

 ローティ王子を掴んでいる黒装束が言う。


 「任務だ」


 「カンザ国からの任務は、敵見方関係なく皆殺しにすることなのか?」


 「任務は王子捕獲だ。同じだろ?」


 「ふざけるな」


 シェスターが、再度剣を振るうが、今度は長身の男の刃に阻まれた。

 何度か刃を交えるが、長身の男はことごとくそれをいなした。自分と互角、もしくは、それ以上の技量を持っている。

 だが、自分の感情を抑えることが出来なかった。


 「確かに、私たちでは止められなかったローティ王子の勢いを、お前たちは完全に止めた。だが、その代償があまりにも大きい。大きすぎる。多くの仲間を失った。これが許されるのか?これがお前たちのやり方か?」


 「与えられた任務を完遂する。それだけだ」


 「さすがに、部下までやられておいて、このまま黙って引き下がれるほど、私は人間が出来ていない」


 シェスターが剣を握りなおした。

 その時、突然、足元のローティ王子が飛び跳ねたように見えた。小柄の男はローティ王子の拳を顔に受けた。小柄の男の手が離れた。

 ローティ王子は、その勢いを支える体力は残っておらず、そのまま転んだ。そのまま、意識を失った。


 小柄の男が、再びローティ王子に近寄ろうとしたとき、黒装束の女が「左に5歩」と叫んだ。それと同時に、その男は左に5歩分の距離を跳躍した。

 それと、ほぼ同時に風切音と共に、先ほど小柄な男がいたあたりの足元で何かがはじけた。


 礫であった。


 こちらに向かって、別の方向から礫が飛んできたのである。

 黒装束はそれを飛んでかわした。


 シェスターにも襲いかかる。剣で弾き、飛んできた方へ視線を向ける。

 そこには巨漢の姿があった。マザールである。目が合うなり、こちらへ突進してきた。が、勢いがあまりついていない。

 矛先はシェスターに向いていた。

 シェスターはそれをかわそうと体をずらすが、マザールはそれを予想するかのように強引に軌道修正した。

 シェスターは、さらに足に力を入れかわそうとした。だが、足元の瓦礫に足がとられ、マザールの体重の乗ったタックルをまともに受け、吹き飛ばされた。

 息が止まった。だが、隙は見せられない。海の底から這いあがるような思いで、体を起こした。だが、マザールの姿はすぐに見つからなかった。


 勢いの止まったマザールと小柄の黒装束が対峙していた。黒装束は太ももに蹴りを入れた。だが、びくともしなかった。その蹴りを受け止めたマザールは、何事もなかったかのように、身体をひねり、剣を振るう。

 黒装束は、後ろに跳び何とかその刃をかわした。が、そのことによって、ローティ王子との距離がさらに開いてしまった。長身の黒装束がローティ王子のもとに駆け寄ろうとしたが、マザールは隙を見せることなく、ローティ王子のそばに移動しそれを阻止した。

 長身の黒装束、そして、遅れて小柄の黒装束がマザールとの距離を縮めようとした。だが、新たに1人の軽装の男がリオとマザールの間に入った。ローティ王子の仲間である。さらに、もう1人。

 呼吸を整えたシェスターも立ち上がる。が、自分の前にも、別に立ちはだかる者が現れた。

 次第に起き上がっていたローティ王子の仲間たちが、次々と間に入ってくる。その男たちの隙間から、ローティ王子を担ぐマザールの姿が見えた。


 自軍の被害状況は分からなかった。だが、治安維持部隊もまた、立ち上がる者たちが出てきたが、想像以上に動ける者は少ない。

 ローティ王子に向かおうとするが、それを阻むローティ軍。そして、その士気は高く、近寄るものをすべてはじいていった。

 間に入るローティ王子側の男の1人が叫んだ。


 「隊長、先に行ってください」


 それは、まるで懇願のような叫びであった。最初は1つであったが、それが2つになり、そして、幾重にも重なった。

 治安維持部隊の援軍も到着しつつある。だが、このままでは間に合わない。


 「させるかぁ」


 シェスターは単身で、集結しつつあるローティ王子の兵士へ切り込んでいった。少数ではあるが治安維持部隊の援軍も続き、突っ込んでいった。


 ローティ王子たちもすでに虫の息のはずだが、それでも、士気は下がることはなかった。

 シェスターは目の前の敵を切り倒していった。1人、また、1人と倒れていくが、倒れても、そのすぐに別の者が間に入る。応戦するというより、ローティ王子とマザールを逃がすために盾になり時間稼ぎをしているように見える。そして、目の前の男たちの間から、ローティ王子を担ぐマザールが川の対岸に向かって走っている姿があった。

 治安維持部隊の兵が集まりつつもあった。そして、到着次第、川へと降り、次々と参戦してくる。

 兵はこちらの方が断然多い。そして、徐々にローティ軍を押し始めた。


 シェスターの視界の隅で黒いものが走る。

 黒装束の5人が、マザールのもとへ一直線に走った。だが、やはり、それを妨害するように、男たちがローティ王子との間をさえぎり、進行を止めようとする。


 シェスター自身も突破を試みる。

 目の前の敵を切ったとき、その敵がこちらに倒れこみ、シェスターの服をつかんだ。

その男は、命の糸が切れようとしている。目も見えていないようであった。最後の力を振り絞り「はやく……もう……時間が……」と、つぶやき動かなくなった。


 仲間と思ったのであろうか。だが、その言葉が引っかかる。



 ……時間?



 そういえば、治安維持部隊の別部隊でダム側に向かっていた者からの情報を思い出した。

 「ローティ軍に第3ダムが制圧された」と。


 その後、ダムを奪還したという情報は来ていなかった。

 シェスターの中で、1つの最悪のパターンが脳裏に浮かび上がる。近くにいた応援兵を捕まえ、「第3ダムの状況を知っているか?」と聞いた。だが、首を横に振った。他にも2、3人に聞いたが、その状況を把握しているものは1人もいなかった。

 胸騒ぎを覚える。自分の考えがあっていれば、橋が落ちたどころのレベルではないことが起きる。


 シェスターは足を止めた。そして、耳に意識を集中させた。

 喧騒しか聞こえてこなかった。

 次に、その場でしゃがみ、地面に耳を当てる。かすかに振動していた。

 シェスターは、相手の策の阻止を失敗したことを確信した。

 そして、ローティ王子捕獲の命令が失敗に終わったのだと理解した。

 視線をマザールの方へ戻す。ローティ王子を担いでいるマザールは川を渡りきっていた。そして、黒装束の5人は、川の中の程で、進攻を阻まれていた。

 減っていくローティ王子の一団に対して、十分すぎるほど、治安維持部隊の応援が到着した。そして、その到着した者から川へ入り、ローティ軍と交戦を始めていた。

 自分には権限がない。だが、自分しか気づいていない。


 「退避。退避だ。川から上がれ」


 シェスターは大声を上げた。

 足で振動がわかるほどになってきた。

 シェスターは大声で退避を訴え続けた。シェスターよりも階位が高い者もいた。ローティ王子を捕獲し、出世を目指そうとしている野心の高い者もいるだろう。シェスターの言葉に耳を傾けるものはいなかった。

 低く重い音が聞こえ始めた。だが、ローティ王子の一団は攻撃の手を止めようとしなかった。ここで、異変に気付く者が出始めた。

 重低音から轟音へと変わる。悲鳴が耳に入るようになった。


 「退避」


 これ以上は限界であった。

 シェスターは声をあげながらも、川の沿岸の土手に上がる。

 そして、視界にその轟音のもとが入った。上流からもの大量の水が押し寄せてくる。それは、すべてを飲み込んでいった。

 シェスターは、その様子を見守ることしか出来なかった。言葉もでなかった。


 治安維持部隊がシーク第3ダム管理室を奪い返せなかったのである。そこで、ローティ王子の仲間が、第3ダムを開門した結果である。

 兵力から見ると、占拠されていた第3ダム管理室の奪還は、容易なものだと判断し、シェスター自身、あまり気に留めていなかった。だが、第3ダムで何があったかは分からないが、これが結果である。



 すべてが流されていく。



 敵味方もろとも。



 先ほどまで川の中腹にいたダークダガーの影たちも姿がなくなっていた。




第8話までの登場人物:


<カンザ国>


ロルク王:カンザ国国王。ダーシィ国国王ハルクの兄。

ロック:ロルク王の息子。長男。第1王子。王位継承権1位

ローティ:ロルク王の息子。次男。第2王子

カグラ博士:カンザ国宰相。完全平和主義発案者

イルス:カンザ国国立図書館司書

マザール:カンザ国食堂の料理人。元カンザ国騎士団2番隊隊長

クリオ:元カンザ国騎士団3番隊所属。死亡


リオ:ヤサキ区の農園で働く少年。315部隊隊長。

ミーナ:315部隊

ロイド:315部隊

タクト:315部隊

ドカベティ:315部隊


カズゥ:ヤサキ区の農園で働く男。商売の独立を目指す



<ダーシィ国>


ハルク王:ダーシィ国国王。カンザ国国王ロルクの弟。

シェスター:治安維持部隊ヤサキ区所属。班長



<侵入者>


オヤジ:カンザ国にて315部隊にて殺害される。青い石のついたペンダントと暗器を持つ。

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