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ギフト  作者: ひまびと
第1部 仮面の暗殺者
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第6話 捕獲命令

 平和補完条約が調印された。

 正式に、ダーシィ国から派遣された治安維持部隊も機能し始めた。

 リオたちにも変化が生まれた。これまでと変わらず、任務があれば、すぐに対処出来るように準備は整えている。だが、治安維持部隊が配属されてからは任務の量は激減し、そして、調印されて数日ではあるが、任務が降りてくることはなかった。

この静かな状態が続いた。34属部隊の斥候部隊および35属部隊の伝令部隊は、行動範囲を広げ活発に動いていたが、リオを含む、31属部隊の駆逐を目的とした部隊には任務どころか、情報すら降りてこない日々が続いていた。



 調印式から3日後の夜。

 その沈黙は、突然、破られることとなった。


 「緊急指令です」


 ロイドの顔色が悪い。任務はロイドが預かり、所属している315部隊の残り4人に通達するフローになっており、冷静、かつ、淡々とそれは進行していくのだが、このような表情を見せるロイドは初めてであった。


 「ロルク王殺害。時間が無いため、詳しい説明は追って説明します。容疑者は第2王子ローティ王子。ローティ王子はすでに姿を消しています。目撃情報によると、料理担当マザールと国立図書館書士イルスが逃亡の手引きしている模様」


 ローティ王子は、王位継承第2位の王子だが、容姿端麗、頭脳明晰でその立ち居振る舞いや、直感的に感じる魅力的な雰囲気は、王位継承第1位である兄のロック王子よりも、次期国王にふさわしいのではと噂をされるほどの男であった。15歳という若さで、まだ、大きな功績はないが、国民の人気の高い王子である。

 また、それに同行している料理担当マザールは、まだ、カンザ国が軍事に力を入れている10年前まで、カンザ国騎士団の2番隊隊長として名を馳せていた男である。巨躯で、主に大きなまさかりを振りまわすその姿は、敵味方ともに畏怖するものもいたと記録が残っている。軍部の中での信頼は厚かったとのこと。軍部が解散して、現在は、まさかりから包丁に持ち替え、現在はカンザ王都の料理人として働いていた。

 国立図書館書士イルスは、王城にある書簡の管理をしている傍ら、古代の文明、特に医学について研究をしていた。古代の医学は現在のものより発展しているようであるが、書物に残されている内容について、ほとんど解読できない状態であった。それを少しずつ紐解いていくという作業を行っていた。


 その3人が姿を消したのである。


 リオの315部隊のみならず、各部隊に指示が飛んでいる。通常は個々に指示が降りるのだが、緊急事態の場合は、迅速、かつ、全体で連携をとれるような配置が必要がある。全体の状況を把握し、個々で判断できるような情報が伝令部隊から降りてくるようになる。リオたちが受けた訓練のマニュアルの中にも、緊急事態を想定したものがあり、その通りに進行している。


 リオの部隊にも指示が飛ぶ。


 「315部隊は、シイ区東部のオリト橋付近へ向かうこと。国外逃亡可能なルートのひとつ。治安維持部隊の一部もオリト橋封鎖の為、部隊を展開中。その支援として315部隊は待機。その後の指示は追って連絡する。細かい判断はリオ隊長に任せる」


 指示書をロイドが読み上げた。

 オリド橋はシイ区のさらに東部、カンザ国の山間部に建造された貯水地であるシークダムから流れる人工的な河川を渡るための橋である。シークダムはカンザ国の南部に連なるシーク山脈の高低差を利用しており、貯水地側から第1ダム、第2ダム、第3ダムと流れ、やがて、カンザ国南部から北東方向へカンザ国内を横断するカンザ川と合流する。安定した水の確保と、水害等から国を守るために作られた大規模なダムである。


 「任務了解」とリオは返事をした。


 身支度は整っている。ポーチに手を入れる。手にあたるものがあり、取り出した。以前、排除した男が持っていた青色のペンダント。提出するのを忘れていたらしい。後で渡せばいい。それをポーチに戻し、本来の目的である薬を取り出し、それを飲み込んだ。部下のミーナ、タクト、ドカベティも同様に薬を口にした。リオは4人を引き連れ、オリド橋へ向かった。道中、他の部隊も見えた。そのまま合流することなく姿を消す。他の地へ移動したのだろう。他の部隊と仲間意識を持ったことはない。だが、自分たちと同様に、一度に多くの黒装束が闇の中に次々と消える様子見るのは、訓練以来である。

緊急事態用のフロー通り、伝令部隊が頻繁に情報を持ってくる。だが、そのなかに容疑者のローティ王子の姿を確認したという情報はなかった。



 「料理担当マザールに同調したものが出ている模様。人数不明。各地で戦闘が始まっているが陽動の可能性あり。ローティ王子、マザール、イルスの3名の姿は確認出来ず、どの方向に向かったかも不明」


 「ローティ王子が、王が持つ懐刀を持ち出したと思われる。王の亡骸のもとよりなくなっている」


 「姿を消す前に司書イルスが『ローティ様を守れ』と叫んでいる姿を目撃されている。計画的な犯行かどうかは断定できず。また、動機は現在不明」


 「第一発見者は、ロルク王の世話をしている侍女。現場付近で、血まみれの剣を握っているローティ王子の目撃」


 「カンザ国警備隊より入電。マザールに同調した者がカンザ川付近にて集結した模様」


 「ローティ王子に同調した者の多くが条約反対派の者と判明。また、元騎士団の兵だった者も含まれている模様。十分注意されたし」


 「治安維持部隊の2班が消滅。ローティ王子、マザールの姿を確認。王都より北東。カンザ川を渡り、国境を越えると思われる」



 移動中の315部隊の前に伝令班が姿現す。


 「カンザ川沿線、カンザ国東部の国境付近、および、オリド橋には、すでに治安維持部隊が展開している。まだ、衝突の情報はないが、治安維持部隊の2班が壊滅した地点からそう遠くはない。いつ始まってもおかしくない状況。カンザ川を渡り、そのまま東部の国境に向かって移動するか、南下してオリド橋を抜け、山中に身を隠すと思われる」


 リオは、次々と入ってくる伝令班からの報告を返事することなく、耳を傾けた。

 だが、伝令班は気にすることなく、一方的に「ローティ王子を生け捕りに。他の者は生死を問わず」と抑揚のない口調で任務が直接降りてきた。

 「任務了解」とリオは、一言だけ返事をした。



 オリド橋が見えた。

 川幅は広いが、普段流れている水の量は少ない。この川の上流にある第1、2、3の3つシークダムにてその水量を調整、管理されている。カンザ国の生活用、農業用、工業用として安定した水量を供給されるようにしている。

 元来、カンザ国は、雨が降りにくい土地であるため、古くよりため池などが作られていた。それは、時間をかけ、多く作られているが、それでも、雨量が少ない年は水不足に悩むことがあった。

 5年前に完成したこのダムのおかげで、どれだけ水を使おうと水が不足するという事態が起きることはなくなった。今では、カンザ国全体の約80パーセントの水を貯水している。また、大雨の時には、ダムより放水され、普段では無駄と思われるほどの川幅だが、それがあふれそうになるほどの水が流れる川となる。

 そんな土地ではあるが、年に数度、大きな嵐に襲われる。その時に、十分な水の確保、そして、多すぎる水に対して対処できるよう、完全平和主義の政策の一環として治水に多額の予算が割り振られたという経緯の賜物である。


 オリド橋が見渡せる少し高い場所にある林の中で、リオたちはその様子を見た。いつもであれば、カンザ王都から離れているこの場所での夜は、薄暗く、静かであるが、この時ばかりは松明がたかれ、辺りは明るく照らされている。そして、多くの治安維持部隊が影を伸ばしていた。次々と伝令部隊が情報を持ってくる。ひっきりなしに更新されていく情報の中で、気になる状況報告が入る。


 「シークダムの第3ダムが襲われ、管理室を占拠された模様。数は10人程度。奪還のため、治安維持部隊5班が向かっている」という指示が飛んできた。

 が、その後、間髪いれず追加情報が届く。


 「ローティ王子一団を確認。オリド橋へ馬に乗って移動中。およそ1000メートル」


 リオは暗闇の中で目を凝らし、耳をすませる。確かに何かが移動する音が耳に入った。しかも、想像していたよりも数が多い。やがて、人影がはっきりと見えた。


 「姿確認。ローティ王子を確認した。その近くに、マザールとイルスの姿もある」


 リオの言葉を伝令班が持ち帰った。

 一旦、シーク山脈に身を隠すルートを選んだのだ。

 オリド橋があるが、川の水量が少ないため、どこからでも渡ることは可能。だからこそ、このエリアを封鎖しようとすると、兵士を広く展開しないと、封鎖できないエリアである。

そして、何をしようとしているのかも想像がついた。

伝令班が再び姿を見せる。


 「315部隊。ローティ王子捕縛を優先。治安維持部隊と連携。治安維持部隊に姿を見せることを許可する」


 「任務了解」


 リオは立ち上がった。それに倣うように4人も立ち上がる。黒装束の5人は、消えるようにその場を離れた。

 鍛えられたリオたちは、基本、馬などは使わない。相手に悟られないよう出来るだけ気配を断つためである。また、山中であれば、馬が邪魔になる。そのため、訓練を重ね、早く、長く移動することが出来る。だが、ここからだと、ローティ王子の方が間違いなく、オリド橋に先に到着する。


 ローティ王子側も、治安維持部隊が展開していることは予想しているだろう。それに追手のことを考えると、ローティ王子の打つ手は特攻。足を止めると、挟撃を受ける。とにかく、防衛ラインを突破することだけを考えて突っ込んでくる。そして、ここを越えればシーク山脈に入れる。だからこそ、後のことは顧みず、ここを全力で突破してくるのは明白である。そして、可能であれば、馬に乗ったまま突破したいはずである。馬の脚を殺さず突破するために、橋を利用するに違いない。また、橋の上では、治安維持部隊も一度に多く集結できない。そのため、あえて橋を使うというルートを選ぶと予想した。


 治安維持部隊が展開しているというのは把握しているが、どれくらいの兵が配置されているのかは、情報が開示されていない。だが、広範囲で配置をしないといけない治安維持部隊は、兵士を分散させる必要があった。オリド橋は重点ポイントである。人員配置も厚くしているだろうが、それでも、幅広く展開しているため、手薄には違いない。

 そして、ローティ王子に同行しているマザール。元カンザ国騎士団の2番隊隊長。この男は豪傑である。カンザ国が軍事を有している時、1、2を争う屈強さであり、その部下もまた屈強であった。戦術でも、接近戦、特攻などを得意とし、戦場では常に前線に身を置いていたと記録が残っている。

 そのうえ、治安維持部隊の複数班が壊滅させることが出来るほどの手練れの人間が集まってきている。おそらく、マザールの元部下も多く加わっているのであろう。

 少ない人数では間違いなくおさえられない。


 「ローティ王子一団と、治安維持部隊接触。治安維持部隊が圧されている」


 「了解」とだけ、リオは返した。




第6話までの登場人物:


<カンザ国>


ロルク王:カンザ国国王。ダーシィ国国王ハルクの兄。

ロック:ロルク王の息子。長男。第1王子。王位継承権1位

ローティ:ロルク王の息子。次男。第2王子

カグラ博士:カンザ国宰相。完全平和主義発案者

イルス:カンザ国国立図書館司書

マザール:カンザ国食堂の料理人。元カンザ国騎士団2番隊隊長

クリオ:元カンザ国騎士団3番隊所属。死亡


リオ:ヤサキ区の農園で働く少年。315部隊隊長。

ミーナ:315部隊

ロイド:315部隊

タクト:315部隊

黒装束5:315部隊


カズゥ:ヤサキ区の農園で働く男。商売の独立を目指す



<ダーシィ国>


ハルク王:ダーシィ国国王。カンザ国国王ロルクの弟。

シェスター:治安維持部隊ヤサキ区所属。班長



<侵入者>


オヤジ:カンザ国にて315部隊にて殺害される。青い石のついたペンダントと暗器を持つ。

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