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ギフト  作者: ひまびと
第1部 仮面の暗殺者
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第3話 平和補完条約

 夜が明けた。

 ヤサキ区に建設されていた屯所。ダーシィ国から派遣される部隊、仮呼称「治安維持部隊」のための施設が完成して1か月が過ぎていた。その施設は「屯所ヤサキ支部」といつの間にか呼ばれるようになっていた。

 日中、農作業の仕事をしているリオは、休憩中、その屯所の方を眺めていた。屯所は日を追うごとに出入りする人や物の量が増えていった。まだ、準備段階であり、実際に稼働するまでには、もう少し時間がかかりそうである。

 すでに施設に常駐している者が多くいた。日が経つにつれ、さらにその数は膨らんでいる。

 おそらく、近日中には、配備が完了するであろう。


 「熱心に見ているな。何か、変わったことでもあったか?」と、同じ農園で働いている作業員がリオの隣に立ち、同じように様子を眺めながら言った。

 リオは自分に向けられた言葉だと気づき「さあ」と抑揚のない言葉で返事をした。実際、リオにとって、目の前のことに、それほど関心があるわけではなかった。自分が関心を持つべきものは任務のみ。そう教えられていた。

 ふと、目の前の建物が完成した前日のことがよみがえってきた。



 今日と同じように屯所を眺めていると、同じ農園で働いていたカズゥが、隣に腰を下ろした。


 「どうだ、人が集まってきただろう」


 「さあ」とリオは抑揚なく返事をするが、その様子を見て「前にも言ったがそんな返事じゃあ、女にモテんぞ」とカズゥは笑った。


 「なあ、リオ。やっぱり俺の読みは間違ってねぇ。やっぱり、あの軍人たちは金になる。間違いねぇ」とカズゥはひとり頷く。


 「俺は明日、ここを抜けるよ」


 その言葉を聞き、リオは「金、貯まったのか?」と無表情で聞き返した。


 その言葉にカズゥは「覚えていてくれたか。うれしいねぇ。その通りだ。俺の計算じゃあ、余裕はないが、何とかスタート出来るだけの資金はできた。仕入れ先や、あの屯所の内部、入ってくる人間の情報、まだまだ細いものだが人脈もできた。俺の商売の拠点となる倉庫も準備はできている。あとは、タイミングたが、今しかねぇと思っている。お前でも知っているだろ?屯所がいろんなところに建てられているってことは。だったら、今しかねぇよ。考えるばっかりして、スタートが遅いと先を越されてしまいだからなぁ」と下品な笑みを浮かべた。


 最近のカンザ国1番の話題は国内各地に建造されている同じような屯所であり、大小様々ではあるが、このヤサキ地区を含め7ヵ所が決まり、すぐに建造が始まった。話によると、うち4ヵ所はカンザ国の外周に配置し、外からの侵入を防ぎ、ここを含めた国内3ヶ所は内部に侵入した外敵や、カンザ城の中に配置している治安維持部隊司令部と外周を含めた他の屯所との連携をスムーズにするためのハブの役割をさせるとのこと。カンザ国の方針を決める文智庁は、そのことをすでに国民に表明している。長期計画ではさらに屯所を増やすとも書かれていた。


 「リオ、俺は大きくなるぜ。まずは、屯所や国内の人間を相手に商売をして、軌道に乗せる。そして、この国でてっぺんをとる。まあ、その時には、この農園で縁があったリオにごちそうしてやるよ。助けてくれたお礼も返したいしな」とガズゥは豪快に笑った。


 「ああ、アンタが出世したと聞いた時には、もらいに行くよ」とリオも返事をした。


 次の日から、ガズゥの姿は見えなくなった。



 カズゥが農園から離れて2か月後。カンザ国内では歓喜と緊張で包まれ始めていた。カンザ王都に治安維持部隊指令部の設立、および、カンザ国内外に予定されていた7か所の屯所の準備が完了目前。そして、予定されていたカンザ国とダーシィ国との「平和補完条約」の調印が目前と迫っていた。

その式典のため、ダーシィ国王であり、カンザ国のロルク王の弟でもあるハルク王とその直属の精鋭部隊がこちらに向かっていた。


 数日後、ハルク王たちが到着したという情報が、カンザ国を駆け巡った。カンザ国の中心にあるカンザ王都では、盛大な歓迎の催しがされたとのことである。また、カンザ国の北にある主要街道に面しているミヤウチ区、センラーラム区、マーノ区では、市が立つなど、お祭り騒ぎになっている。

 だが、それとは裏腹に、今回の平和補完条約反対の声を上げている人々もいた。各地でデモ行進や、座り込みなどの国への抵抗の意思を示しているという話も耳にした。

 農業生産地区であり、都市部からも街道からも離れているこのヤザキ区には、それらの噂を耳にすることはあっても、大きな騒ぎになることはなかった。


 ダーシィ国ハルク王が到着までの数日間で、予定していた7ヶ所の屯所と、それを結ぶインフラの完成を間に合わせた。突貫工事だった。

 式典までの、まだ10日ほどある。カンザ国とダーシィ国との間での会談があり、細かな打ち合わせや今後の方針などのすり合わせをすると、報じられていた。



 農園の仕事が休みのリオは、カンザ王都を歩いた。カンザ国の中心であり、行政機関や施設が集中している都市である。ここで、この国のすべてを決定し、管理している。そのため、カンザ国の中心に位置をしており、すべての区と隣接できる場所に位置していた。また、有事の際、少しでも時間を稼ぐためにも、大事な機関をカンザ国の中心に配置させているという意味もある。そして、ダーシィ国の治安維持部隊の司令部も、この王都に設置されることとなった。

 一般人がこの司令部の施設に入れるわけではないので、その内部を見ることはできないが、そこに配備された人間の動きや、物資の流れ、業者の出入りなどを眺めているだけで、本格的に機能しはじめたことがわかる。

 リオは、その施設の正面入り口が見えるところにあるベンチに座っていた。ポケットから薬を取り出し、それを水で流しこんだ後、本を開いた。ここ1か月ほどは、休みのたびに、ここへ訪れていた。施設の前で、同盟反対派が横断幕を広げ、大声をあげている。


 「リオさん。やっぱりここでしたか」と長身長髪の男がリオの隣に座り、足を組んだ。ロイドである。スーツ姿のロイドは、王都ではごく当たり前の姿であった。リオが農業に従事しているのと同様に、ロイドは王都に身を置き、このエリアの仕事についている。


 「熱心ですね」


 「任務だ」


 「僕は、不まじめですから、ここで油を売りにきました」


 ロイドはそういって、空を見上げた。なでるような風が吹いた。ロイドの前髪が揺れる。ロイドは、手に持っていた大きい封筒をリオに渡した。


 「頼まれたので持ってきました。少しでも早い方がいいかなって思いまして」

 リオはそれを受け取ると「確かに渡しましたよ」とロイドは立ち上がった。


 「僕は行きます。また、後ほど」と軽く手を上げ、去っていった。


 リオはしばらくその後ろ姿を眺めたあと、受け取った封筒から書類の束を取り出した。

 カンザ国に配置されたダーシィ国の兵士のリストである。「治安維持部隊(仮称)」という表題で掲載されている。

 1ページごとに派遣されている治安維持部隊所属の人間の顔写真とプロフィールが掲載されていた。ダーシィ国軍時の所属や経歴までも、細かく記載されている。リオは1人ずつ丁寧に目を通していく。日も暮れかかったころ、この資料の後半に達していた。そこで、あの夜に見かけた男の情報があった。シェスターの顔写真と経歴の記載があった。

 資料によると、シェスターは、祖父の代からダーシィ国に使える軍人の家系で、家柄もよく、優遇される立場にあることがわかる。だが、それなりの血筋のおかげでここまでの地位にいるというわけでもないようであった。リオより少しだけ年上だが、若いのにもかかわらず戦歴も多く、その実績も上げている。そして、今回の治安維持部隊の班長を任されたようである。初めての部下を持ったというわけだ。まだ、下級ではあるが、他の班長クラスの役職の人間と比べると明らかに若かった。

 あの時、猟師親子に扮していた自分たちに対して、正体を見抜きながらもあの態度がとれる理由が少しだけわかる気がした。だが、まだ、部下を制することが出来ていないところは未熟だとリオは頭の中に追加で書き加えた。


 その後も、ページを進め、すべてに目を通し終えたときには、辺りは真っ暗になっていた。

リオは治安維持部隊の人間をすべて頭に入れた。これからも増えていくはずなので、今後、情報を更新していく必要はあるが、今は、これで十分であった。読み終わったのとほぼ同じタイミングで、頭痛を感じ始めていた。

 ポケットから薬をだし、それを飲み込んだ。この頭痛もそのうち治まる。

 書類を封筒にもどし、改めて、完成したカンザシティ屯所を眺める。いつの間にか、各部屋に明かりがともされ、その光が窓からもれはじめていた。横断幕を持った同盟反対派の人々も撤収を始めていた。

リオはそれをしばらく見た後、ベンチから立ち上がり、その場を後にした。


 

 10日後。

 カンザ国とダーシィ国との間での、平和補完条約が調印された。

 ダーシィ国の軍事でカンザ国を守護し、平和を維持する。その平和の見返りとして、カンザ国は対価を払う。また、お互いの国を不可侵とするものである。最初からこのような条約が結ばれることはカンザ国、ダーシィ国ともにすでに国民には周知されており、今回の条約を結ぶという式典はいわば、国内外に対するパフォーマンスであった。

 海の向こうの近隣国には、軍事強国であるダーシィに守られることで、確固たる平和を手に入れたカンザ国と印象を与えることができる。また、豊富な財を手に入れたダーシィ国はさらに強国へとなるのは間違いないとも。近隣国ではいろいろな思惑が入り混じることは間違いなかった。仮に、近隣国が、この富んだ土地を求め、進軍することがあったとしても、駆逐するだけの軍事がここにはある。それを維持するための財もある。カンザ国、ダーシィ国は、お互いが不落の国へとなったのである。そして、カンザ国、ダーシィ国の2国にて、このシーク大陸を統一したことになった。


 これによって、世界情勢は大幅に変わることになる。


 安全な国で、経済発展が著しいカンザ国。人が、今以上に集まることは目に見えていた。国内はともかく、国外の商人からの注目度もさらに高まる。そして、安全な国であれば、商売も安全に行える。物流における人や物の安全も確保ができる。賊などに襲われる心配もなく、今までよりも低リスクで流通が可能となるのである。また、財を持つ人間が、安全な土地を求めて、他国へと拠点を変えるということは少なくない。強固な安全を手に入れたカンザ国に注目する富豪も多くいるに違いない。その流入も進めばカンザ国はさらに裕福となる。

 そして、それに追い打ちをかけるように、カンザ国のロルク王がひとつの指針を発表した。

 カンザ国王として国民の前に立ち、演説のなかで5カ年計画を発表し、最後にこのように締めくくった。


 「カンザ国民の諸君。5年だ。5年を私に預けてくれないか。諸君の力を貸してくれないか。国力を今の2倍に増やし、その暁には、税率を3割まで下げられる国を実現してみせよう」


 この言葉は、瞬く間に近隣国にも広がった。衝撃が走った。カンザ国の税率は軍事を放棄してため、他国よりも低く、5割を切っている。だが、そこからさらに引き下げを実施し、5年後には税率3割にするという指針を示したのである。税率3割という国は、どこを探してもなかった。どの国も、5割以上の税率でなければ、国を維持していけないというのが常識であった。また、戦争が始まれば、過酷な税収が始まる。

各国の国王や宰相などは鼻で笑うかもしれない。そんなことは不可能だと。だが、国民や商人からすると、これが本当に実現するのであればという期待は大きい。しかも、実際、完全平和という不可能を成功させたロルク王である。その注目度はとても大きい。

 そのような発表がロルク王直々に表明されたのである。カンザ国は騒然となった。その後、数日間は、その条約締結のお祝いと、指針への期待が大きく、王都を中心にお祭り騒ぎが波紋のように広がり、国全体が歓喜した。




第3話までの登場人物:


ロルク王:カンザ国国王。ダーシィ国国王ハルクの兄。

リオ:ヤサキ区の農園で働く少年。315部隊隊長。

ミーナ:315部隊

ロイド:315部隊

タクト:315部隊

黒装束5:315部隊

カズゥ:ヤサキ区の農園で働く男。商売の独立を目指す


ハルク王:ダーシィ国国王。カンザ国国王ロルクの弟。

シェスター:治安維持部隊ヤサキ区所属。班長


オヤジ:カンザ国にて315部隊にて殺害される。青い石のついたペンダントと暗器を持つ。

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