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第9話 学園の朝

 暗闇の中に沈んでいた意識が覚醒する。

 目を開けると、アルベルス学園寮の天井があった。


 「朝か・・・・・・」


 アステルは天井を見ながら、ひとりごとを漏らす。

 学園に入学してから一週間。ようやくこの部屋にも慣れてきたところだ。


 ベッドから起きて、カーテンを開け放つ、外はまだ暗い。

 各部屋に備え付けられた壁掛け時計を一瞥する。明朝4時。いつも通りの時間である。

 軽く伸びをしてから、部屋着に使用している肌着(シャツ)を脱ぎ、カゴに放り込む。そのまま黒のブラジャーと黒のショーツも脱ぎ、生まれたままの姿になると、浴室に足を運ぶ。


 浴室は10畳ほどの広さだ。

 部屋の端に吊り下げられたヒモを引っ張ると、天井一面からお湯が流れ落ちてくる。

 ――放湯器(ほうゆうき)。シャワーシステムのために開発された、マジックアイテムを利用した技術だ。

 振動を加えるとお湯を放出する「煉獄石」が使われている。


 自宅から持ち込んだ専用のシャンプーで髪を洗っているうちに、目が覚めてくる。

 放湯器から放たれていた湯が止まる。浴室の棚から小さめのタオルを取り出し、髪についた水分を丁寧にふき取る。次に大きめのタオルを取り出し、身体を拭いていく。

 そのまま浴室を出て、部屋のすみに置かれたクローゼットを開け放つ。中には下着をはじめとした肌着類。同じ種類のメイド服が5着収納されていた。下着を身に着け、いつものメイド服に身を包むと、全身から力がみなぎるような感覚。尊敬してやまない父親より贈られた衣類を着用していることに満足感を覚えると、部屋のドアノブに手をかける。


 「さて、今日も一日頑張ろうか」

 

 アステルは誰に言うわけともなく、呟いた。長い一日の始まりだ。


 「ん~、素晴らしい」


 箒での掃き掃除が終わり、ピカピカになった中庭を前に、アステルは感嘆の息を漏らす。

 落ち葉一つ落ちていない、我ながらいい仕事である。


 アルベルス学園の寮は三棟ある。1年寮。2年寮。3年寮の三つだ。各学年の生徒をはじめ、担任の教師達も使用している。

 寮の外観は趣のある民宿風。アステル的には「海沿いにありそうな中堅ホテル」といったところだ。

 実際、1年寮の近くには魔法で作られた海があり、静かな夜には波の音が部屋まで聞こえてくるし、窓を開けると潮風が吹いてきたりする。


 建物の構造はすべて同じだ。4階建て。

 1階は食堂、風呂場や遊技場といった共有スペース。2階と3階は男子、4階は女子の部屋となっている。


 掃除が終わったので、厨房に向かう。道中、玄関にある時計を見る。

 現在の時刻は朝の5時30分。このくらいの時間になると、魔法や肉体系の修行に励む生徒たちとすれ違うこともしばしばある。


 「おはようございます」


 厨房に入り、大きな声を出す。すると料理器具の準備をしていた女性が振り返る。


 「あら、アステルちゃん。おはよう」


 ブレンダ・アーモンド。1年寮の炊事、掃除、洗濯を担当する壮年の女性である。

 外部の清掃組合に所属する彼女は、寮に住み込みで働いている。


 「大丈夫? まだ眠いんじゃないのかい?」

 「あはっ、眠りは浅い方なんですよ。それに誰かの役に立てるって気持ちよくありません?」


 半分は嘘で、半分は本当だ。

 低血圧のせいで朝は苦手だが、人より早く寝れば、人より早く起きることだってできる。

 こういう地道な努力を積み重ねることが、理想に近づくための第一歩ではないだろうか。

 ――今日も寝坊せずに起きられたぞ、私。

 よしよし、とアステルは得意げに頷いた。

 ブレンダは慣れた手つきで卵を割りながら、苦笑する。


 「本当はこういうのよくないんだけどねぇ。でもアステルちゃんが来てくれて助かるわ~、娘ができたみたいでおばちゃんも嬉しいし」

 「初めて来たときは、びっくりしましたよ。おば様ひとりで料理してるんですもの」


 寸胴鍋でだしを取りつつ、ベーコンをちょうどいい大きさに切っていく。


 「本当よ! もっと人を増やしてくれって掛け合ってるんだけどねぇ」

 「他に困ったことがあれば言ってください。私にできることなら何でもしますよ」


 ジャガイモの皮をむいていたブレンダが、手を止めてアステルを見る。


 「ねぇアステルちゃん。そういうこと言うの、よしておいたがいいわよ。ウチのバカ息子みたいなのが勘違いするからさ」

 「大丈夫ですよ。嫌なら嫌って言いますから」

 「・・・・・・言いそうにないけどねぇ」


 アステルが厨房に入ってから1時間と30分。

 調理が終わったので、食器に料理を盛り付け、机に並べていく。

 今日の献立は焼き菓子の専門店から卸した、ふかふかの白パン。とろりとした卵のスープ。瑞々しいサラダ。香辛料を「これでもくらえ」と言わんばかりに振りかけられたカリカリのベーコンには、黄金色のジャガイモが添えられている。

 時計に目をやると、短針がちょうど7を指していた。学生寮の起床時間でもある。

 早起きの生徒たちが続々と食堂に入場してくる。


 「おう、アステルさん。おはよう」


 Eクラスの男子生徒が挨拶をしてくる。アステルは男子生徒に笑顔を向ける。


 「はい、リースターくん、おはようございます」

 「・・・・・・あれ!? 俺の名前、覚えてくれてたの!?」

 「うん、同じ寮に住む仲間だからね。それくらい当然だよ」

 「我が世の春の到来かー!」


 男子生徒は声を張り上げると、上機嫌で食堂の奥へと進んでいく。


 「あ、アステルだ。おはよー」

 「はい、ヒルダさん。おはようございます」


 同じAクラスの女子生徒が気さくに接してくる。彼女は眠たげに目をこすっていた。


 「相変わらず元気ねー、私ってば眠くてさ」

 「夜更かしはお肌によくないよ?」

 「んー、面白い本を読んでたら、すっかり遅くなっちゃってさ」

 「じゃあ、あとでコーヒーでも持っていくよ」

 「いいの? ありがとー」


 クラスメイトの女子はそう言うと、窓際の席に座る。

 朝食をとる生徒で混雑する食堂をアステルは見渡すが、気の置ける友人はまだ来ていないようだった。

 もしかして今日も寝坊かな。

 アステルは苦笑いを浮かべると、食堂を後にして、寮へと小走りで向かった。


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