第7話 調合実習
隣の席に座る人間と二人組を作れ。
教師であるディーノにそう促され、生徒たちがお互いに顔を見合わせる。
室内が少しざわめいたのち、生徒たちが隣の人間と話し合い始める。
アステルもそれにならって、隣の席に座っていた少女に声をかけた。
「アステル・リリィ・ブラックだよ。親しみを込めてアッちゃんとでも呼ぶがいいさ」
「リーニャ・アンダーソンです。リーニャって呼んでくれたら嬉しい・・・・・・です」
消え入りそうな声で、少女はそう名乗った。
リスをほうふつとさせる大きな目。色素の薄い白い肌。栗色の髪を肩まで伸ばした、非常に可愛らしい女の子であった。気弱そうな仕草は、どこか嗜虐心をそそられる。
「えっと、あのですね・・・・・・」
リーニャは何か言おうとするが、視線をさまよわせるだけでこちらを見ようとしない。
緊張しているのだろう。いたたまれなくなったアステルは、助け船を出してあげることにする。
「リーニャってさ、調合とかの経験はあるの?」
「あうっ、調合の経験ならあります。それとですね、実家が薬屋でして、よく手伝いもしてました」
「それはすごい! ならリーニャは調合に関しては専門家といっても過言ではないよね」
感嘆の息を漏らしたアステルは、リーニャを絶賛する。
「えへっ・・・・・・あ、ありがとうごじゃいます」
恥ずかしいのか、リーニャは頬を赤らめると俯いてしまう。
「今から二時間。ペアを組んだ奴と共同で風邪薬を調合してほしい。作り方は教科書に書いてあるから、それを参考にしてもいいぞ」
Aクラスの生徒全員が二人組になったのを確認し、ディーノは声を張り上げる。
「とりあえずは風邪薬を作ることが目標だな。あと傷薬を作れたら特別点をやろう」
その言葉を皮切りに、各々が調合の準備に取り掛かる。
すり鉢、すりこぎ、フラスコを始めとした基本道具を用意しながら、アステルは尋ねる。
「リーニャ博士の意見を聞きたいな」
「博士ってなんですか・・・・・・ま、まずは先生の言う通り、風邪薬を作ってみるべきだと思います。傷薬は手順が面倒なのであまりオススメはできません」
「とりあえずは提出物を先に用意しておくってわけだね」
「あ、あとですね・・・・・・材料の薬草は乾燥したものを使ったほうが調合の時間を短縮できるのでオススメです。ただ、薬によっては湿っていた方がいい場合もあるので一概には言えなかったり・・・・・・」
「へえ、それは知らなかったな。流石は調合の専門家さんだね」
リーニャから助言を貰いながら、アステルは風邪薬を作っていく。
薬効効果の高いバンシー草をすりつぶし、粉末状にしていく。そこにヤドリギ草を加え、水に浸す。あとは30分後に少し手を加えれば風邪薬の完成である。
作業が落ち着いたので、顔を上げるとリーニャと目が合う。こちらを見つめていたらしい。
「なに?」
「いえ、あのアステルさんって普通の人なんだなって思いました」
そう言われ、アステルは噴き出す。
「あはっ、そりゃ私だって人間だよ」
えっとですね、とリーニャは少し考えこむそぶりを見せ、
「実は私、アステルさんが石像を壊したとき、左隣で見てました・・・・・・私より小さな身体なのに、誰も壊せないような石像を破壊するのを見て、ちょっと怖い人だと思ってました・・・・・・です」
リーニャはより一層小さな声で言葉を紡いでいく。
「いまは・・・・・・き、綺麗な人だなって思います」
「ありがとう。でもリーニャのほうが綺麗だよ」
お世辞ではなく、本心からの言葉であった。
顔立ちがいいのはもちろんのこと、実は育ちがいいのか、さりげない所作は上品さを感じさせる。
おどおどしているのは玉にキズだが、そこがいいと思う男子も数多くいることだろう。
リーニャは首をぶんぶんと振って、アステルの言葉を否定する。
「はわわ。・・・・・・恥ずかしいのでやめてください」
「さて、風邪薬も作り終えたわけだけど・・・・・・時間が余ったね。ちょっと傷薬でも作ってみようか」
「が、頑張ってくださいっ」
「作るの、五年振りだしなぁ・・・・・・加減を間違えなければいいんだけど」
アステルがそうつぶやくと、リーニャが怪訝そうな顔をする。
「あれ? 作ったことがあるんですか? ・・・・・・え? 五年!? アステルさんって今何歳ですか!」
「15だね。作ったのは10歳」
「10歳で!?」
リーニャが叫んだ。ささやくような声で話す彼女にしては、珍しい驚き方だ。
「うん、じゃあ早速作ってみようか。・・・・・・シルバードラゴンの血ってあったかな?」
「あなたは何を作ろうとしてるんですか!?」
傷薬を作り終えるころには、クラスのみんなも作業を止め、実験器具の片づけを行っていた。
どうやらちょうどいい時間のようだ。
アステルは自信満々に特製の傷薬を提出すると。
「だ れ が こ こ ま で や れ と い っ た」
先生に怒られた。なんでよ?
「俺は傷薬を作っても良いとは言った! なんで傷薬より上位互換の回復薬を作ってんだ! 俺ですら作るのに丸一日はかかるんだぞ! むしろ、どうやって作った!?」
「傷薬って回復薬のことじゃなかったんですか? 傷を治す薬だから、てっきり・・・・・・」
「塗り薬の方だよ! 回復薬なんてこの学園じゃ俺くらいしか作れねーよ!」
回復薬と傷薬。どちらも怪我を直す際に使うアイテムだが、効果には明確な差がある。
あえて数値化するなら、回復薬は100治せるのに対し、傷薬は10程度しか治せない。
魔物との戦闘で負傷した場合は一秒でも早く治す必要が出てくる。
そのため、回復薬の需要は極めて高く、市場価格は百倍くらい違う。
王国最難関の学園で教鞭を振るう元英雄。
そんな彼が傷薬を作ってもよいと言ったので、てっきり回復薬を作るものだと思っていたが、どうやら違ったらしい。
そもそも回復薬の作成自体、そこまで難しくないと思うんだけど・・・・・・。
「まぁ、お前たちができる子なのは、おじさん今日で理解できたからさ。もう少し自重してくれないか?」
ふいに視線を感じ、アステルが後ろを振り向くと、クラスメイト達が尊敬のまなざしでこちらを見ていた。
――まいったな、加減を間違えた。どうにかして注意をそらさないと。
どうしたものかと脳みそをフル回転させたアステルは、友人であるリーニャを一瞥する。
目が合うと、リーニャがほほ笑んでくれた。可愛いなぁ・・・・・・。
「作ったのは私ですけど、リーニャのほうがもっと凄いんですよ。なんたって実家が薬屋ですからね。リーニャが本気を出せば、私なんか足元にも及びません」
「へー、そりゃ凄いな」
ディーノは感心したような目で、リーニャを見る。
がたりと音を立て、リーニャは勢いよくイスから立ち上がった。
「アステルさん、手柄をなすりつけようとしないでください! 先生も真に受けないで!」
クラスメイトがアステル達を見つめる。
「アステルさんもすごいけど、あの子もすごいわね」
「どうやったら、あの子たちみたいになれるんだろうなー」
ちょうどその時、授業の終わりを告げる鐘の音が、外から聞こえてくる。
「とりあえず、ブラックとアンダーソンには加点するとして・・・・・・もう時間だな、じゃあ午前の授業はここまでだから、昼休みに入っていいぞ」
その言葉を聞いた生徒達は一斉に立ち上がると、実験室の出入り口へと向かう。
ディーノは、翡翠色に光り輝く液体が入った瓶を手に取り、ぼやく。
「どうすっかなー、コレ。・・・・・・倉庫にでもぶち込んでおくか」
先生の独り言を聞きながら、実験室の階段を上がり、外に出る。
温かく心地よい風が頬を撫で、草木を揺らす。アルベルス学園の校庭だ。どうやら実験室と繋がっていたらしい。
アステルは隣を歩く、リーニャを見る。
「これも何かの縁ってことで、一緒にご飯でも食べない?」
「それは賛成ですけど・・・・・・アステルさんのせいで変に目立った気がします」
頬を膨らませ、リーニャは可愛らしい抗議をする。ならば、とアステルは提案する。
「今度の休みの日、街に甘いものでも食べに行かない? 私のおごりで」
「行きます!」
リーニャはそう言って、満面の笑みを浮かべた。分かりやすい子だ・・・・・・。




