第3話 組分け試験
「ずいぶんと大きな学校だね。前世で行ったことはないけど、アメリカの大学とかもこれくらい広かったのかな?」
学園についたアステルは開口一番にそう呟いた。
アルベルス学園は、王都レーヴァにある魔法学園だ。
長い歴史のある学園で、官僚、学者、宮廷魔導士を多く輩出する最難関の教育機関として国内に知れ渡っている。
3学年制の全寮制。生徒数は一学年に200名。
年齢制限はないため、年が一桁の子供もいれば、壮年の大人も在籍している。
総面積は約800平方キロメートルで、敷地の境目には強固な魔法障壁が張り巡らされており、関係者以外の侵入を拒んでいる。
アステルはそんな学園の中をテクテクと歩いていた。
等間隔で植えられた樹木は、時折風に揺られ、情緒を感じさせる。
王都レーヴァからアルベルス学園までの距離は馬車で3時間。
目の前に広がる自然あふれる風景が、長旅で疲れた精神を解きほぐしてくれる。
遥か遠くにそびえ立つは巨大な山。その近くには海があるようで、潮の香りがここまで流れてくる。学園内には魔法で作られた山や海がある、という噂は本当らしい。
アステルが上機嫌で道なりを歩いていると、校庭が見えてくる。地面には土が敷かれていた。
校庭に近づくと、新入生と思わしき集団が列を作っていた。
「新入生は並んでくれ! そこで組分け試験を行っている!」
組分け試験。
その言葉を聞いたアステルは、先週屋敷に届けられた、始業式当日の実施要項の通知を思い出す。
組分け試験は、新入生のために用意された試験のことだ。
試験は実技試験と筆記試験の2種類ある。
生徒たちの魔力を計測する【実技試験】
算術、薬学などの知識量を計測する【筆記試験】
これらの試験結果を照らし合わせ、クラスを振り分けるのだ。
クラスは7つあり、
Aクラス――最優秀
Bクラス――優秀
Cクラス――普通
Dクラス――普通
Eクラス――もう少し頑張りましょう
Fクラス――落ちこぼれ
という編成になっている。
ほどなくして列は進み、自分の番になる。
「受験番号と名前を言ってもらえますか?」
赤茶色のローブに身を包んだ男性教師が、そう聞いてきた。
男性の手には羊皮紙の束が握られており、頭にはゴーグルをしている。
「受験番号57。アステル・リリィ・ブラックです。よろしくお願いします」
「ブラックさんですね、確認しました」
羊皮紙をぱらぱらとめくり、目を走らせていた男性が頷く。
「では、試験内容を説明します。あそこに石像があると思いますが、それに対して、自分が得意とする魔法をぶつけてください。」
魔法の種類は大まかに分けて3種類に分類される。
魔物を退け、相手を破壊することに特化した攻撃魔法。
殺傷力はないが、身体能力の強化、転移魔法など戦闘をサポートする補助魔法。
1万人に1人しか使えないと言われているが、怪我や病気を治せる治癒魔法。
なお生活に必要な炎や水を発生させられる【生活系の魔法】は補助魔法に分類される。
アステルは石像を見やる。5メートルほど離れた場所に、高さ15メートル程度の石像が立っていた。
青色の淡い光を纏っていることから、何らかの補助魔法で強化されているのだろう。
堅牢。その言葉が似合うほど、見るからに頑強そうな石像であった。
「すみません。私、攻撃魔法は使えないのですが」
――というより自分は治癒魔法しか使えなかったりする。ある体質のせいで。
「攻撃魔法以外が得意なら、あの石像を人だと思って魔法を行使してもらえれば測定可能です。コレを使って魔力量をはかるので、攻撃魔法にこだわる必要はありませんよ」
男性教師はそう言いながら、ゴーグルで目を覆う。
魔浮遊計器。対象の魔法について詳細を知ることができるマジックアイテムだ。
ゴーグルのレンズにあたる箇所に、解析魔法の効果を持つ特殊な鉱石が使用されている。
「なるほど、使う魔法は自由にしていいんですね」
アステルがそう返すと、男性教師は、説明を続けた。
「使用する魔法はなんでも構いませんが、攻撃できるのは一度だけ。あなたが魔法を石像にぶつけている間、魔力量をコレで判定し、測定結果がそのまま点数になります。なので無理して石像を破壊しようとする必要はありませんよ」
周囲を一瞥すると、同じ新入生がそれぞれの石像に魔法をぶつけていた。
見た目が派手な攻撃魔法を放つ新入生もいたが、ヒビひとつ入りそうにない。
「まぁ、あの石像は対防衛用に作られた特注品。・・・・・・学生さんだと破壊どころかキズすらつけられないと思いますけどね」
はっはっはっ、と愉快そうに笑いながら、男子教師はゴーグルで目を覆う。
「説明は以上ですので、準備ができ次第、始めてもらって構いません。」
「わかりました」
男性教師に聞こえないように、アステルは小さく唸る。
――できれば、隠しておきたかったんだけどね。
アステルは瞑想する振りをして、思案する。
どれくらいの点数を目標にすればいいのか、だ。
この実技試験と筆記試験で高得点を取れば上位のクラス――つまり頭のいいクラスに配属されるという認識でいいだろう。
理想のヒロインを目指すのであれば、やはり賢いほうがいい。
つまりAクラス、次点でBクラスを狙うべきだ。
ただ、勉学に励んだ時と同じように『100年に一度の天才』と騒がれると、角を立ててしまい、女子社会で生きにくくなってしまう。
そうなってくると自分が目指すべき順位も決まってくる。
アルベルス学園の定員は1学年200名。
つまり目標は200人中30位前後。上位1割に食い込まないところがミソだ。
その時、歓声があがった。
左隣に視線を向けると、男子生徒が回し蹴りを放ち、石像の一部を破壊していた。
石像付近に破片が散らばる。
――よし、あれを目標にしよう。
隣の男子生徒の引き立て役になれるように神経を集中させる。
「わかりました・・・・・・いきます!」
アステルが一歩前に出る。そして――
「過ぎたる薬 欲する者よ その身を焦がし 腐り去ね ――過剰回復!」
決められた文言を叫び、魔法を行使した。
アステルの放った魔法を浴びた石像が、バキィと小気味よい音を鳴らす。
石像に亀裂が走る。喧騒がピタリと止む。
石像がミシミシと悲鳴をあげる。周囲の女子生徒も悲鳴をあげる。
数拍置いて、石像は崩れ落ち、ガレキの山へと姿を変える。
校庭に静寂が包まれる。唖然とした様子で、皆がこちらを見てくる。
――まずいな、加減を間違えたかもしれない。
元来この世界の一般的な人間であれば攻撃魔法か補助魔法のどちらかは必ず使うことができる。そしてアステル以外の治癒魔法の使い手も、それらの魔法は行使できる。
だがアステルは治癒魔法に長けている反面、攻撃魔法や補助魔法を一切使うことができなかった。
師匠曰く、治癒魔法にアステル自身の経験値が割かれているためらしい。
アステルという容器に、治癒魔法というワインが溢れる寸前まで注がれているのだ。
完全なる一点特化型。
1種類の魔法しか適性を持たない代わりに、応用の利く超強力な魔法が使える人間。
それがアステルの生まれ持っての体質であった。
過剰回復は、そんなアステルが、自分の身を守るために考案した護身用の魔法である。
治癒魔法でありながら、攻撃魔法に匹敵する威力を秘めた強力な魔法だが弱点もある。
それは非常に燃費が悪いため、アステルのように治癒魔法の適性が高くないと発動すらできない、というものだ。
アステルは計測していた男性に軽く頭を下げる。
「すみません、やりすぎちゃいました」
「えっ」
我に返った男性教師が、ぎこちなく頷いた。
「ああ、うん。攻撃魔法、得意なんだね」
「いいえ、治癒魔法ですが・・・・・・」
アステルの言葉に男性教師は笑い出すが、
「アハハ、冗談がうまい・・・・・・何ぃいいい!? 緑色だと!?」
石像を注視した途端、驚きのあまり声を張り上げる。
「ば、馬鹿な・・・・・・いまのが治癒魔法?」
顔をひきつらせた男性教師が、絞り出すような声を出した。
男性教師の言葉を聞いた、周囲の新入生たちがざわめく。
彼らの瞳には尊敬、畏怖、驚きの感情が入り混じっている。
「え!? あれって攻撃魔法じゃないの?」
「でも、なんでメイド服を着てるんだろう?」
「あの子、付き人じゃなかったんだ。メイド服を着てるもんだから、てっきり・・・・・・」
「まー、可愛いから何も問題はないよな」
「一度でいいから、あんな子に尽くされてぇな」
近くにいた生徒達がアステルのことを遠巻きに観察し始める。
「デタラメを言うな! 治癒魔法に破壊力はない! 別のやつが攻撃魔法を同時にぶつけたに違いない!」
後ろに並んでいた男子生徒が、アステルを強く睨みつける。