第2話 王都
「よしよし、360度どこからどう見ても普通の女の子だね」
鏡に映った自身の姿を注視してみると、そこには1人の少女が写っていた。
幼さを残した顔立ち。青玉色の瞳。腰まで伸ばした金色の髪は、宝石の如し。
前世であればクラスで3番目くらいにモテそうな容姿である。
身長は同年代の少女と比べても非常に小柄で、見るものに庇護欲を掻き立てさせられる。
視線を下に向け、自分が来ている服を確認する。
上半身は黒を基調としたメイド服。頭には可愛らしいホワイトブリム。
スカート丈は短く、太ももが顔をのぞかせるほどだが、
風が吹いてもショーツが見えないように計算しつくされた長さである。
いつも通りの普段着だ。特におかしいところはない。
アステル・リリィ・ブラック。
レーヴァ王国の中心部、王都レーヴァの高級住宅街に住む貴族のひとり娘。
王国内で6番目に偉いとされる名家で、それなりの権力を有するブラック家の長女。
今回の人生において、自分に与えられた名前と立場である。
「一時はどうなることかと思ったけど、無事に成長できて良かったよ」
自分が転生者であることを思い出したのは今から10年前。
5歳になったときのことである。
前世の記憶を思い出してからは、理想のヒロインを目指すべく色々なことを努力してきた。
掃除、洗濯はもちろんのこと。料理も頑張って覚えたし、髪の手入れも欠かさなかった。
そして外面だけではなく、内面も磨いていこうと勉学にも励んだ――のが失敗だった。
王国の歴史を勉強すれば、王宮に勤める学者と討論できる程度になってしまったのだ。
魔法を使えば、宮廷魔導士に比肩するほどの実力を示しそうになってしまったのだ。
一時期は神童ともてはやされた。
『100年に1人の天才だ!』と皆が口をそろえて舞い上がるほどに。
しかしながら、理想のヒロインを目指す身からすれば、評価されすぎるのは好ましいことではない。
いい女とは、男を立ててこそ。自分が目立っては意味がない。
一時は騒ぎにもなったが、自重した甲斐もあり『100年に1人の天才から、1年に1人の天才』くらいには周囲の評価を抑えることもできていた。
――魔法。
この世界には、元の世界において空想の産物でしかなかった魔法という神秘の力が存在するのだ。存在を知った時の興奮は、いまでも忘れられそうにない。
魔法を使う際には【自動的に頭に浮かんでくる文言を全て詠唱しないと発動できない】という法則があるのも浪漫を掻き立てられる。
「転生させてくれた神様には感謝しないとね」
小声でそんなことをつぶやきながら、アステルはガラス造りの窓を開け放つ。
外から春特有の生暖かい風が、吹き込んでくる。
アステルの住む高級住宅街からは、王都の街並みが一望できた。
表通りには飲食店の屋台が立ち並び、それらを横目にローブを着た集団が通り過ぎていく。
路地裏では、露天商が何かを販売しているようだが、遠すぎてよく見えない。
すると背後からノックが聞こえ、アステルが返事をする。
一拍置いて、黒髪にメイド服を着た女性が部屋に入ってきた。
「おはようございます、アステル様」
女性はそう言うと、恭しく頭を下げた。
「クリスか、おはよう。いい天気だね」
「いえ、本日は曇っておられますが」
アステルはチラリと後ろを振り返る。王都の空は雲に覆われていた。
「あはは「いい天気だね」って挨拶するのが貴族のたしなみだからね」
「そんなたしなみは聞いたことがございませんが・・・・・・」
するとクリスはハッと顔を上げ、尊敬の眼差しでアステルを見つめる。
「なるほど。天気が悪い・・・・・・そう口に出すことで我々使用人の士気が下がるかもしれないとご配慮されたのですね。ですがご安心を。当屋敷に勤める執事、メイドの中に天候如きでやる気が下がる者など存在しません。流石はお嬢様。我々のような使用人を気遣っての発言だったのですね」
そう言ってクリスは、目を閉じてうんうんと何度も頷いた。
――いや、貴族らしい挨拶かなって、思いつきで言ってみただけなんだけど。
感銘を受けているクリスに水を差すのは野暮だと考え、アステルは話題を切り替える。
「今日は入学式だけど、馬車の手配は済んでるんだよね」
「はい。本日はお嬢様の記念すべき入学式。万事抜かりなく完了しております。馬車のほうは屋敷の前に待機させておりますので、あとはお嬢様が乗っていただければ、と」
クリスが部屋に入ってきた時よりも、さらに深く頭を下げてくる。
「このクリス。お嬢様がアルベルス学園に通われることを誇りに思います」
仰々しい様子に居心地の悪さを感じたアステルは、いやいやと首を振った。
「たかが学園に通うだけで大げさだよ。みんなが勧めてきたから入学するだけだし」
「とんでもございません!」
ガバリと音が聞こえてきそうなほどの勢いで、クリスが詰め寄ってくる。
「お嬢様が合格なされたアルベルス学園はレーヴァ王国において最難関にして最高峰の学園。魔法のみならず、ありとあらゆることを学べる場で希望受験者数は天井知らず。そんな厳しい試験を乗り越えた者だけが集まる学園にお嬢様は通われるのです。どうか、ご謙遜はおやめください」
クリスはこれ見よがしにため息をつく。
「お嬢様は自己評価が低すぎます。もう少しご自身の価値を理解していただきたい」
それとですね、とクリスが言葉を紡いでいく。
従者の様子を見たアステルは内心焦りだす。
このまま喋らせているといつものお小言が始まってしまう。アステルはそう考え、
話題を切り替えるために口を開いた。
「じゃあそろそろ行ってくるね。夏休みに返ってきたらまたおしゃべりしよう」
アステルはそう言って、軽やかな足取りで部屋を後にした。