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第11話 狂人

 夕暮れ時。橙色の光に照らされたアルベルス学園の廊下を、学園長たるパーシバル・フォン・オールブライトが歩いていた。

 するとパーシバルは一人の女子生徒を目撃し、足を止める。

 女子生徒の進行方向からして、どうやら職員室に向かっているらしい。パーシバルは少女に近づき、声をかけた。


 「やあ、こんにちは」

 「え? あ、はい。こんにちは。今日もいい天気でしたね」


 メイド服を着た少女がそう返事をする。

 アステル・リリィ・ブラック。

 腰まで伸ばした金色の髪をなびかせ、青玉(サファイア)の宝石の如く綺麗な目をした絶世の美少女。


 いまパーシバルが頭を悩ませている生徒の一人である。

 彼女は高難易度の組分け試験で満点をとれるだけの実力があったにもかかわらず、10教科全て70点という異質な点数を記録。

 先日の戦闘訓練においては、六英雄――王国最強の魔法使いに「自身より強い」と言わしめるだけの実力を示したのだ。


 高い知力、英雄クラスの力。

 それだけの能力を有しておきながらも、なぜ彼女はそれを隠そうとするのか。

 もし彼女に悪意があるならば、早急に対処しなくてはならない。

 一般生徒たちが安全に学園生活を送るためにも、必要なことだからだ。


 「そうかね? 今日はずっと曇っていたと思うが」

 「ふふふ「いい天気ですね」と挨拶するのが貴族のたしなみですからね」

 「へえ、それは初耳だな」


 なるほど、とパーシバルは納得した。オールブライト家はまだ歴史が浅いので、貴族の作法について熟知しているわけではない。

 それに対して彼女のブラック家は歴史がある。どちらの常識が正しいかなど言わずもがなだ。


 「・・・・・えっと」


 アステルは持っていたカゴを廊下に置くと、戸惑いの表情を見せる。突然、知らない人間に話しかけられ、困惑しているのだろう。

 そう考えたパーシバルは、彼女を安心させるために柔らかな笑みを浮かべる。


 「ああ、名乗るのが遅れてすまない。私の名はパーシバル・フォン・オールブライト。ここの学園長をしている。」

 「学園長さんでしたか。私はアステル・リリィ・ブラックと申します」


 得心がいったらしく、アステルは優雅なお辞儀をする。

 その挙措は堂に入ったもので、絵画から飛び出してきたかと錯覚するほど美しかった。


 「ところで君はこんなところでどうしたんだい? そのカゴは?」

 「ああ、これはリノバー先生に薬草を持ってくるように頼まれたんですよ。探索の実習です」

 「なるほど、それはご苦労様だ。・・・・・・ああ、それとAクラスに編入できておめでとう。私としてはこれからも頑張ってくれると嬉しいよ」

 「ありがとうございます。でも私ごときが一番上のクラスなんて、おこがましいとは思うんですけどね」


 申し訳なさそうに、アステルは顔をそらした。謙遜する少女にパーシバルは苦笑する。


 「組分け試験、素晴らしい結果だったみたいだね。きみのような子が入学してくれて、私も嬉しい限りだ」

 「ふふっ、学園長は買いかぶりすぎですよ。私なんかより優秀な人はたくさんいます・・・・・・ほら、リーニャ・アンダーソンさんとか」


 控えめな態度に、パーシバルは拍子抜けしてしまう。

 アステル・リリィ・ブラックが悪意をもって能力を隠しているようには見えないからだ。

 心なしか謙虚すぎるように思えるが、特に気にするほどではないだろう。


 やはり疑っていた自分が悪い。

 そう思った瞬間、視界の端に置かれたある物が目に入った。


 「ん? ・・・・・・そ、そのカゴに入っているのはミィミル草!? その薬草をどこで拾ったんだね?」


 ミィミル草。高品質の回復薬を作る際に必要となる、希少な薬用植物だ。

 熟練の探検家でもなければ探し出すのは非常に困難で、学園側が採取専門の教師を雇い入れる程である。

 パーシバルは唸った。ミィミル草が校舎裏の山に生息しているのは把握しているが、こんな年端もいかない女の子が採取してきたとは到底信じられない。


 「そこの裏山で拾いました。これはその余りですね」

 「余り・・・・・・というのは?」

 「思っていたより、たくさん拾えたのでクラスの皆に配りました」


 少女が何を言ったのか、理解するのに数秒ほど要した。


 「どうしてそんなことをしたんだい? そんな貴重な薬草を手に入れたのなら、クラスメイトに配らずに自分一人で提出するのが普通ではないかね? そのほうが先生からも高く評価されると思うが」

 「え? ・・・・・・・・・・あっ」

 「どうかしたのか、ほかに理由でも?」

 「い、いえ何でもありませんよ? ・・・・・・えっと、薬草を見つけたのは偶然ですし? 別に私は評価されたいとは思っていません」


 どこか落ち着かない様子で、アステルはパーシバルを見つめる。

 ――この子は今なんて言った? 

 少女の態度に違和感を覚えたパーシバルは、たまらず質問した。


 「なぜそう思う? 君ほどの才女ならすぐにでも学園中から称賛を浴びることだって可能なはずだが」

 「とんでもない! それと、あまり目立つのは・・・・・・ちょっと遠慮したいですね」


 アステルは淡々と言葉を紡いでいく。


 「評価されるなんておこがましい・・・・・・称賛を浴びるなんて身の程知らず。私は引き立て役になれれば充分ですからね。あとは特に望みませんよ」


 そう言って彼女は満面の笑みを浮かべる。自らの発言に何の疑問も抱くことなく。


 アステルが外を一瞥する。パーシバルがつられて外を見ると、だいぶ話し込んでいたらしく日が傾こうとしていた。


 「学園長。申し訳ございませんが、リノバー先生が待っているので失礼させていただきます」


 深々と頭を下げアステルは、カゴを持つと逃げるように職員室へと歩き出す。

 そして静かにノックをしてから、職員室の中に入っていった。


 その姿をパーシバルは茫然と見つめていた。

 橙色の光に包まれた廊下にいるのは、無言で立ち尽くす自分だけ。

 胸がずきりと痛んだ。自然と口の中が乾き、ヒザが震えてしまう。


 今になって少女の本質を理解できた。あの少女は自己犠牲の精神が強すぎるのだ。

 自分が一番になってはならないという強迫概念にとらわれているのだ、と。


 嵐が去った後の青空の如く疑問が氷解していく。

 入学試験の際に、10教科中、全て70点を取ったのは能力を隠そうとしていたのではない。

 自分ではない見知らぬ誰かを勝たせようとしていたのだ。自分が引き立て役になるため、という歪んだ自己犠牲の精神に基づいて。


 ――狂人だ。守るべき生徒をただ純粋に怖いと思ってしまった。

 自尊心の欠如。欠片も感じられない自信。

 勝利を誰かに譲る。たしかに慈愛にあふれた心だと思う。

 しかしそんな譲ってばかりの人生ではつまらないではないか。


 膝から崩れ落ちそうになるのをグッとこらえる。

 いったいどんな人生を送ってきたら、そんな悲しい思考ができるようになるのか。

 まさか虐待――いや違う。パーシバルは脳裏に浮かんだその考えを、首を振り否定する。


 彼女の父、ヨハン・リリィ・ブラックは娘を溺愛していることで貴族の間では有名だし、

 その妻、レンシア・リリィ・ブラックも穏やかな女性だと聞き及んでいる。


 家庭環境に問題はない。

 ならば、何かトラウマになるような事件に巻き込まれたのだろうか。まぁここで考えていても仕方がないことだ。それよりも、どうにかしてアステル・リリィ・ブラックの実力を世間に知らしめることができないものだろうか。


 教育者として称賛を浴びることの素晴らしさ。褒められることのうれしさ。達成感。

 そういったものを教えてやりたい。

 私がやらねば一体誰がアステル・リリィ・ブラックを正しい道に戻すというのか。


 性格というものは思春期のうちに決まるものだ。

 自分に残された時間は、アステル・リリィ・ブラックが学園を卒業するまで。

 すなわち3年足らず、ということになる。


 まずは彼女の卑屈さを取り除かねばなるまい。それには成功体験が必要不可欠だ。


 自分はこんなにも価値があるんだ。自分にはこんないいところがあるんだ。

 努力して結果を出したときの達成感。他人から褒められた時の充足感。

 本来の学園とは、勉学だけではなく、そういった人生において大切なことを体験する場所でもある。

 レーヴァ王国が誇る教育機関、アルベルス学園の学園長たるパーシバル・オールブライトはそう思っていた。


 学園長室のドアを勢いよく開け放ち、ツカツカと室内を歩き、重厚感のある机に腰を下ろす。

 さて、まずはアステル・リリィ・ブラックが世間から称賛を浴びるためのお膳立てをしてあげなくては。

 机の引き出しから、何枚かに束ねた羊皮紙を取り出す。一枚目の羊皮紙には黒のインクで【アルベルス学園・春の収穫祭 概要】と書かれていた。

 ぱら、と羊皮紙を捲り、記述されている内容に目を走らせていくと、ある文言がパーシバルの目に留まる。

 

 【最終日:後夜祭 3年生の代表と1年生の代表による公式試合】


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