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偽善者

作者: 藍川秀一

偽善者

藍川秀一


 「偽善者」と呼ばれ続ける女性がいた。目の前で困っている人がいるのなら、男女年齢問わず手を差し伸べ、誤ったことをしているのなら注意する。そんな人がクラスメイトにいた。

 背が高く、腰まで伸びた艶やかな髪、整った顔立ちは、より一層彼女を大きく見せ、高圧的に捉えられてしまう。そんな彼女の異様なまでの正しさに、近づこうとする人はいなかった。教師ですら、寄り付こうとする人はいない。

 彼女は正しいことを言っている。いじめはダメだとか、そんな当たり前のことではあるが、彼女言うと、その言葉の意味はより一層深く、強く伝わった。

 いつも一人で、何かと戦っている。

 彼女の言っていることは、理想といえば確かに聞こえはいいが、それは限りなく幻想に近いことだ。全ての行動を自分の理性の範疇にとどめ、行動できる人なんてほとんどいない。人の行動の中には、不条理なものが存在していることだってある。常識の中にある正しさだけを信じて、生きていける人間なんてきっといない。感情というものが、人を捻じ曲げる。

 正しさだけでは人は生きていけないし、優しさだけでは、自身を滅ぼすだけだ。

 それは僕でさえ知っている。

 彼女自身が、それを理解していないわけではないだろう。その程度で貫き通している信念ならば、とっくに折れているはずだ。もっと深く、僕の考えが及ばないくらいの理由が、彼女の中にはあるのかもしれない。

 浅い考えしかできない僕には、彼女のことを十全に理解することは叶わない。

 彼女は一体、何を思って行動しているのだろう。

 一度だけ、話をしたことがある。会話というには、一方的に彼女が喋っていただけのようにも思えるが、少し様子がおかしかったため、その時のことはよく覚えている。

 僕が自分の席へと座り、頬杖を付いていた時のことだ。

「君は本当につまらなそうに生きているな」

 彼女は立っているせいか、見下されているようにも感じた。目つきも鋭いため、視線がやたらと怖い。それでも、威圧しているわけではないことは彼女の行動を見ているからこそわかる。

「確かに、楽しくはないな」

「言い訳か?」

「事実だよ」

「なぜ、何もしようとしない?」

 その言葉に対して、何か言いたいことがあったようにも思えるが、何一つ、言葉が出てこなかった。

「平穏に、何もしないまま、生きていたいのか」

「••••••そうだよ。できれば何もしないまま、何も起きないまま、日々を過ごしていたい」

 その言葉を聞くと、悲しそうな顔をして、彼女は立ち去っていく。普段の彼女からは考えられないような表情で、去り際に僕を見つめていた。小声で何か言っていたようにも思えたが、何を言っているのかまでは、聞き取ることができなかった。

 彼女はそれからも、周りの人間に偽善者と言われ続けながら、行動を起こしている。彼女は強い人間だ。確かな自分というものを持っていて、一本のすじが通っている。周りの言葉に惑わされない、強い信念が、彼女の中には存在している。

 僕は、彼女のようには生きられない。

 籠の中に囚われ続け、心ない罵声を浴びせ続けられるくらいなら、蚊帳の外で見ているだけの、傍観者でいい。

 僕はその道を望んで選んだんだ。


〈了〉


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