ツン・○○ラ
「あら、どうして私なんかに構われるのかしら?」
最早、デレを通り越したツン。
ツンデレラといっても過言ではなかった。
透き通るガラスの靴の片方を手にした皇子が呆気に取られるのも無理はない。
開いた口が塞がらず大国の皇子は唾を呑み、見目麗しい美貌とその何者をも魅了すべき笑みを眺めるしかなかった。
「はっ……どうやら私の思い過ごしでしたのでしょうね……」
何十段にも及ぶ階段を降りようとする彼女は決して苦痛を誰にも見せない。
片足は裸足であり歪な歩みで、踵は既に紅く染まり腫れ上がっていたというのに。
十二時の鐘の音が辺りに轟く最中、内心恥ずかしさが押し寄せるも必死に堪え演じる。
かつて散々苛まされていた境遇が妙に懐かしく思えた。
こんなところに来るべきではなかった……。
あの傲慢な継母や決して血の繋がりなど無い姉達に従い、闇だけが支配する個室で閉じ籠っていれは良かったのではないだろうか。
突如現れたカボチャの馬車になんて乗らなければ良かった。
夢は夢であり、叶うことは生涯無い。
甘んじてしまった結果がこの有り様だ。
差し出された林檎を一口でも食んでしまえば七人の小人に取り囲まれて、タイプでもないのに唇を奪われる物語を彷彿させる魔女の誘いにのってしまったのはあまりにも油断し過ぎたのだろう。
でも、あの時は致し方無かったと自分自身に言い聞かせる。
なにせ、たった一杯のスープだけで生き永らえてきたのだから。
日に日に筋力や精力は衰える一方で、傲慢な彼女達からの虐めに従ってはいたが限界寸前だったのだ。
「ちゅう。 さぁ、オイラに役目を与えてくれよう」
「……かぼーちゃ」
「ヒッヒッヒッ……さぁ、どうするね? このままアンタは下らない人生を全うするのかね?」
それは余りにも信じ難き光景である。
よもや、「ねるねるねるね」と言い出しかねないまでに。
ねっとりとした髪質の、魔女と言うべき老婆は漆黒の外套を風もないのに揺らしつつ、狂気に満ちた眼差しで彼女を圧倒する。
一切反論などさせない勢いで。
「……望みます……ここから救われるのならば、どうなっても構わない……!!」
一筋の涙が頬を伝い、だが血の涙だったのは気付きもしやしなかった。
堪えず偲んできた慟哭は暗黒と混ざり合いすべてを擲つ。
「ヒッヒッヒッ……その意気やヨシ! じゃあ、望みを叶えてやろうZONE!!」
魔女は泥にまみれた儚げな少女へと音もなく滲み寄り、胡散臭い手付きと共に怪しげな呪文を唱え始める。
「アブーラ、カタブーラ……ビビッテ、バビッテ、ブーゥ!!」
溢れんばかりの光が辺り一面を覆い尽くす……。
思わず目を伏せてしまったのだが自分の掌を見て、驚愕の表情を浮かべ震えるしかない。
まるで爬虫類の王者を彷彿すべき研ぎ澄まされた爪と、何重にも折り重なった鱗。
その上、月明かりに照らされた影は怪物の証だった。
頭頂部から尻尾にかけて鰭が夥しく並び、蒼白く電熱に帯びている。
「……へ? いやいやいやいや……あたしゃア、こんな魔法はかけちゃいないよ!?」
腰を抜かした魔女は慌てふためき、予想外だったと言うのが見てとれる。
既にネズミの姿はなく、南瓜はただの野菜の塊と化していた。
そんなことはどうでも良く、みなぎる力はいったいどういうことなのだろう。
満月にも届く勢いでどんどん膨れ上がり、叫びたくなってくる。
「……あんぎゃーーーおおん!!」
森に潜み、眠りに就いていた鳥達や花弁を閉じていた花でさえ驚き、その場から立ち去る程である。
「いったい何事だい……煩くって眠れやしない! おい、ちゃんと片付けは済んだんだろーね…………えええええ!?」
立ち尽くした継母はスッピンで、尚も醜く表情を歪ませてゆく。
目の前には、今まで耳にしてきたお伽噺の悪役とは程遠いまでの怪物が立ち尽くしていたのであった。
「あわ……あわ……びゃびゃびゃ……」
ストンと腰を落とし全身の有りとあらゆる毛穴から恐怖を流す。
そんな継母の様子を眺めながら、彼女は普段のように卑屈な態度をとろうとする。
しかし、ただ片膝をつこうとしただけなのに、その衝撃たるや大都市を壊滅するぐらいの破壊力を秘めていたのだ。
一瞬にして辺りは地獄の焦土と成り果て、そもそもの目的……まだ見ぬ素敵な皇子との婚約すら無き事にするほどに。
これではいけない。
あくまでも私は童話の主人公でありヒロインなのだ。
全てを滅ぼす化物になど成り下がってはいけないだろう。
「ひっひっふーっ……ひっひっふーっ……ひっひっふーっ……」
出産間近の妊婦ではないが、呼吸を整えるにはお誂え向きだった。
斯くして巨獣の面持ちから元の身体へと変貌を遂げる。
当時の痩せこけた様相ではないにしても気品は溢れ、その美貌は言い寄ってくる異性全員を虜にするまでに。
夜を昼に変えるのも容易いのではないだろうか。
それほどまでに美しさに溢れた彼女はどうにか生きていた魔女の手を取り、ガラスの靴をせしめたのである。
チリチリと焦げた南瓜や、何百メートルも離れ影に潜んでいたネズミを引っ張り悪魔のような形相で願いを突きつけた。
「ねぇ……こんな私でも幸せになれるのかしら?」
ぎょっとするも、まさかこのような事態を招くとは思いもよらなかった魔女は手の甲を擦りながら、下出にでるしかない。
やがてカボチャの馬車に乗り王宮に出向き、かけがえの無いひとときを過ごした彼女。
さて。
冒頭に戻り、飽きた様子もなく再度言い放つ。
「あら、どうして私なんかに構われるのかしら?」
上から目線なのは気になるが、惚れてしまったのは仕方がない。
皇子のみならず、国王や王妃でさえ頷く器量、そして美貌。
「これでこの国も安泰ですな!」
参謀からの一言が余計であったが、遂にタイムリミットは近付き、美談で終わるべき階段の途中で立ち留まってしまう。
透き通る肌を丁寧に、それでいて美しさを際立たせるように装飾されたドレスはビリビリと嫌な音をたて……
そこにいた誰もが言葉を失ってしまうような怪物は激しく鑪を踏み、振り返り様に一際激しく咆哮したのだ。
……かつては絢爛豪華な王城や、目を奪われるような街並みなど残されてはいない。
ただ一匹の巨獣が高台に上り、歓喜の雄叫びをあげていた。
私だけが全てであり、最強なのだと。
シン・デレラは立ち向かう勇者を待つ。
放射能を吐きながら……。
決して真剣に読まないように!
≡3 シュッ




