第1章『異世界貴族転生譚〜約束された輝かしき未来』
我が前線は後退を強いられていた。
被害範囲がジワジワと広がっているのは火を見るより明らかである。
現状をこのまま放置する事は、最悪の事態へと至る事間違いなしだ。
何かすぐに対策を取らなければならない。
この世界に生を受けてから、つまり俺が異世界に転生してから、
正直な所、こんな状況に陥らないように色々と手を打とうとして来た。
地方貴族というこの世界と時代では随分と恵まれた生まれではあったが、辺境の、それも他国からの侵略に常にさらされるようなこの領地の跡取り息子として生まれてしまった俺には、やらなければならないことが山ほどある。
今まで全てのことを自身が思うように押し進めることができなかった。
前世の日本の大学二回生まで生きた知識はバランスが悪く、さらにこの世界のこの領地では今までで時間も資金も人材も才能も足りていなかった。
いや、それも結局は言い訳である。
そんなことを再確認したところでこの状況が今すぐになんとかなるわけがない。
とにかく最善を尽くすしかない。
そして俺は……。
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俺が異世界に転生した時の話をしよう。
小さい頃からここでは無い何処かの、あり得ない風景、あり得ない知識、そしてあり得ない記憶があった。それは体の成長とともにどんどんどんどん増えていき、より鮮明なものになった。
10歳を過ぎた頃にはボルド帝国の辺境貴族の嫡男であると同時に地球という星の日本と言う国で24歳で死んだ社畜の記憶を持つ転生者、という身の上であった。
前世の死因は爆死。理系の大学を卒業後、勤めていた製薬会社の研究部で起こったガス爆発に巻き込まれたのだ。
培養していた細菌がバイオクリーンルーム内で大量の可燃性ガスを発生させていることに気づかなかった俺は、冬場の乾燥した室内の空気と、静電気の火花による着火によって起こった爆発が顔面に直撃し、気道熱傷により窒息死した。
その後よくわからない世界に転生し、今を生きている。
こっちで生まれてからの10年は文句なしに幸せだった。
前世の日本と比べてしまうと物足りないことも多いが、この世界のこの国に限って言えばそれなりに裕福で権力もある立場に生まれたお陰で色々な不自由にも納得できた。
父は帝国内では実力派の武人として結構名の通っている軍人で、3カ国が隣接する緩衝地帯の守りを任されてこの辺境の領地を治めていた。
帝国首都の文官家系の弱小貴族だった父は、他国との小競り合いの折、火攻めにあった陣内から仲間をまとめ上げて反撃し、逆に攻めてきた将軍を討ち取って武功をあげた。
なかなか凄まじい経歴である。そうやって今の領地を手に入れた。
ちなみに父の頭部はその時の大火傷が残っていて見た目は結構怖い。
家族には優しいが。
領地について言えば、結構広いが荒地も多く、おまけに帝都からからかなり遠く離れた辺境の地でありなかなか大変な場所だ。
しかしそんな条件が逆に俺の中2ハートに火をつけた。
『俺が継いだらチート発展させてやるぜ!』と意気込んでいたのである。
前世の知識はこの世界の正確な情報がある程度入手できるまで取り敢えず隠しつつも計算能力の高さなどの隠さなくても良さそうな能力は貴族の当主である父の仕事を手伝いつつ積極的に示して、跡取りとしての立場を確固たるものにしていた。
正に『約束された輝かしき未来』へと向かってひたすら努力する日々である。
そんな俺にも転機が訪れる。
10歳になる年のはじめのことだ。
帝国貴族の子供、特に嫡男は15歳で成人になる前に10歳となる年から最低でも3年間、帝都の貴族学園へと通う事が義務づけられる。
今後帝国の中核をなしていく人材の交流や育成を目的としてだ。
それまで辺境すぎて周りに親戚の1人もいなかった俺は、その歳になって初めて帝都入りし、当然の如く親戚一同と初めての顔合わせの夜会へ出席することになった。
そして俺は自身が立ち向かうべき強大な運命を知る。
それは正に『約束された輝かしき未来』だった。
具体的に言うと、親戚の男連中は老いも若いも皆『輝いて(ハゲて)』いたのである。