7話 強くなりたい
外が暗くなってきた頃、俺は一人戦闘自習室にいた。
「ダークネス バースト オブ フレイム」
術式を思い浮かべながら呪文を唱えると、右手から闇に包まれた炎が現れる。
半径7cm程の小さな球だ。
これだけでも、木のドアが完全に破壊されるくらいの威力はある。
恐らく大抵はこれで満足するのだろう。
でも俺は違った。俺はもっと強くなりたかった。
……魔獣など敵ではない、と言えるくらいまで。100階の魔獣を倒せるくらいまで。
現在、最前線で魔獣と戦う魔術師は、65階でかなりの犠牲を出し続けているらしい。
いや、もうクリアしているのかもしれないが。
しかひ65階で苦戦するようだと100階などもってのほかだろう。
ならば自分が戦ってみたい。この手で、魔獣を……!
そのために、こんな時間まで一人で練習をしているのだ。
自分でも何故こんなにやる気があるのかは分からない。だが、やる気があるのならやるまでだ。
そこに理屈は必要ない。
俺は自分の力で自分の夢を実現させたいのだ。
ーーだから、
「魔獣を殺す、俺の力で!」
魔獣の姿を想像すると異常なほどの憎しみと殺意が湧いてくる……まるで過去に忌まわしい因縁があるかのように。
俺は脳内で死んだ魔獣の姿を思い浮かべた。
「……ざまぁみやがれ、クソが」
驚いた。
それは間違いなく自分が発した言葉だったのに、自分の言葉じゃないみたいだ。
そう、こんなの俺の意思ではない。
自分でも聞いたことのないのない声で、なんとなく悪寒がした。
なんなんだろう……これは。
意味がわからないほどの憎しみと殺意で頭がおかしくなりそうになる。
気持ちを整理するため、もう一度力強く唱える。
「ダークネス バースト オブフレイム」
暗めの赤紫色の球は先程より一回りも大きくなっていて、壁にぶつかった状態のままが数秒間続いた。
そして燃え尽きた頃、床に転がり落ちて蒸発した。
「さっきより威力が増している……」
本人の強さだけでなく、呪文詠唱時の気持ちの込め方によっても威力は変わってくるようだ。
なるほど、だからDクラスの生徒は無気力な人が多いのか。
俺は廊下を歩きながら各教室を覗いてみたときのことを思い出した。
もちろん、Aクラスにもやる気のなさそうな生徒は数人いるけれど。
そんなときだった。
「こんばんは。
すごいやる気だね! 良いことだよ」
後方から声がする。まさかこの声は。
「莉愛、なぜここに?」
クラスメイトの莉愛だ。
今は午後7時。学校の通常下校時間は6時半だ。
これは主に女生徒の安全のためだ。
せめて男子生徒ならまだ許せるが、女生徒である莉愛がここにいるのはまずいのではないだろうか。
俺は透過で移動できるからバレずに自習ができるのだ。
なのに、なぜ莉愛がここにいるのか。
「夜の学校探検って楽しそうで憧れだったの!
蓮がいるからもっと楽しくなるねー!」
「莉愛は頭の中がお花畑なのか?
危ないから帰れ、と言われているのに。こんなことして襲われても誰も助けてくれないぞ」
「蓮は厳しいなぁ。冗談だって!
私そんなにバカじゃないからね?」
莉愛はムスッとした表情を浮かべた。
バカじゃないことは分かっている……でも無理してバカなこと言ってまで場を明るくしようとしてくれている人に対して嘘吐くなよ、というのは残酷すぎる話だろう。
俺は出来るだけ声のトーンを優しめにする。
「分かっているよ。
本当の理由は?」
莉愛は斜め下の雑草をしばらく見つめた。
そして、何かを決意したように俺の方に向き直る。
「最近、魔術が上手くいってないの。
とはいえ自分で勝手に練習しているだけだから問題はないんだけどね。
たまには気分転換しようかなって!」
彼女は笑顔を見せた。
気分転換するために来たのに無理して笑うとか馬鹿なんだろうか。
しかもこれは立派な校則違反だ。バレたらタダじゃ済まないだろう。
「校則違反だぞ。それに危ないじゃないか」
「今一緒にいる蓮にだけは言われたくなかった!」
莉愛はハハハっと垢抜けた笑顔を見せた。
だが俺は気付いていた。
彼女の笑顔は作り笑顔で、本当は笑うような気分ではないことに。
「……無理に笑う必要はないだろ。俺はそんな笑顔好きじゃないしそんな上辺だけのものは求めてない」
それは本心だった。
記憶がないので何故かは分からないが、無理に笑う女の子を見ると苦しくなるのだ。
過去の苦しい思い出を思い出して泣いている人と同じような心理なのだと思う。
罪悪感や寂しさが心に浮かんで、動悸がする。しかしそれすらも何故なのかは分からなかった。
もどかしさを誤魔化すように莉愛の笑顔を見つめた。
無理するくらいなら笑わなければいいのに、とさえ思ってしまう。
「……なんなの、それ。
そんな優しい言葉かけられたら涙がでてくるからやめてよ……」
彼女は涙を必死に堪えて上を向いた。
莉愛が何故泣いたのかは理解できなかった。
けど彼女はこんなにも脆い人だったのか、と思うとまた妙な気持ちに包まれる。
積み上げたグラスのように脆く弱々しい彼女には、普段と違う美しさがあった。
そんな彼女を見て、やはり俺は心が苦しくなった。
それはきっと莉愛に対してではないことも分かっていた。
けれど俺は、まだ誰なのか分からない相手に罪滅ぼしのようなものがしたかったのだと思う。
つい口をついて出てしまった。
「俺で良ければいつでも相談にのるよ」
爽やかに、自然に、優しい声でそう言って優しい笑顔を向ける。
俺の顔を見た莉愛は、拳をぎゅっと握り数秒間悶えていた。自問自答しているようにも見てた。
そして、ゆっくり三回深呼吸する。
「……実はね、飛行術が上手くいかなくて。何度も練習してるけど三秒くらいで落下してしまうの」
飛行術は得意不得意が大きく別れるが、練習を積んで感覚を掴めば、比較的簡単な魔法だ。
本当に不得意な人の例で、飛んでから一週間戻って来なかった人がいるらしい。
そう、不得意な人の大半は制御が効かないからなのだ。
出来ない理由がわかれば、莉愛も完全にマスターできるだろう。
「今やってみてもらえるか?」
「わかった。
フライ スペース」
莉愛は2秒程浮いてから、落下した。
「うーん。いつもこんな風にすぐ落ちちゃうの。
なんでなのかな……」
彼女が出来ない理由は制御の問題ではないように見えた。
「いつも、か……」
俺はしばらく色んな可能性を考えてみた。
その様子を莉愛はじっと見つめていた。
「そうだね。
呪文詠唱のとき、飛ぶ方向が定まってないように見える。
まずは、どこに飛びたいか、意思を明確にすればいいんじゃないか?
こんな風に!」
俺は、呪文を唱えず軽々しくひょいっと飛んでみせた。
「呪文詠唱なしなの!?
本当に化け物ね……」
莉愛はポカンと口を開けて俺を見上げた。
俺はなんとなく莉愛と目を逸らしたくなって、空を見上げる。
ーー今夜は星が綺麗だ。