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魔法世界と闇の英雄  作者: 雪野 透
第1章 〜魔術科の英雄と鮮血の記憶〜
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5話 女の子は難しい

「オ、オブジェクトフロート!!

……うをぉぉぉおおふぉー!?!?」


どうやら、目の前にあるリンゴを浮かすことに成功したらしい千裕が、阿呆みたいな声をあげる。


まるで初めて火を見た猿のようだ。


「どうしたんだ? 阿呆みたいな声を出して」


「どうしたんだ? じゃねぇよ!?

初めての魔法だぞ!?!? 今、魔法使ってんだぞ!?!?!?」


千裕は興奮した面持ちで腕をブンブン振る。

そんな千裕に、やはり猿を連想させられる。


人類が進化した後に生まれてよかった。周りの人が全員こんなのとか考えるだけで悪寒がする。


「低俗だな。見損なった」


「ちょ、おい! 今日はいつにも増して毒舌すぎるだろ! ガラスのハートが割れるぞ!?」


「お前のハートはガラスなんかじゃないよ。

千裕は強いから。俺の失言も広い心で許してくれるよな」


「……ったく、しょうがねーな。千裕様が許してやろうー!」


「千裕様々だよ。ありがとう」


こういうタイプはお礼を言っておけばなんとかなる……多分だけど。


ただし千裕は恐らく例外だ。本当はもっと鋭くて賢いと思う。


「ああ、そうだ。昨日の夜に音ちゃんから教えてもらったんだけどー」


千裕は俺の耳に近寄る。


「……お前、ピーマン嫌いなんだな(プッ)」


「なっ!? 嫌い食べ物くらいあって普通だろ?」


数ヶ月前、目が覚めたとき兄さんは大量のピーマン料理を披露した。

まさか自分がピーマンを嫌いとは知らなかった俺は空腹の勢いに任せてピーマン料理を掻き込んでしまったのだ。


あのときの感覚は今でも鮮明に覚えている。

目覚めた早々、不快感と気持ち悪さで吐きそうになった。

……あのとき、といってもたったの数ヶ月前の話だが。


「にしてもピーマンはねーだろ。蓮は子供だなっ」


「うるさいな。どうせ千裕はリンゴ飴とか好きなんだろ、幼児め」


「今リンゴ飴好きな人全員敵に回したぞ!?

いや図星だけどね?」


図星なのかよ。

適当に言っただけなのに。やはり超能力者の勘を侮ったらダメだな。今のが好例だ。


「図星ならいいじゃないか。

とりあえず、今日の魔術は今日中にマスターしろよ。Aクラスの誇りというものがあるんだからな」


「わーってる、わーってる」


千裕はぶっきらぼうな返事と共に、面倒くさそうに手を上げた。

「母親かよ」という呟きが聞こえた気がしないでもないが、聞こえてなかったことにしよう。


今日は入学初の魔法実習授業なのだ。


ほとんどの生徒は魔法を使うのが初めてのようで、多くの者が千裕のように阿呆みたいな声をあげていた。


魔法を使ったことがない生徒でも、特別な審査で魔法の才能を認められた場合のみ魔法科に入学することができる。


そしてここはその魔法科のAクラスであるため、初めてだからといって失敗するような者はいない。

しかも今やっているのは初級魔法のため、騒ぎながらも既に半分以上はマスターしていた。


だが、この基礎中の基礎である簡易な魔法を発動できただけで騒ぐなど、同じAクラスとして恥ずかしい。


俺がクラスメイト達に多少の嫌悪感を抱いていると、右側から風鈴のような美しい声がした。


「月夜待くんは随分と手慣れてるみたいだね。もしかして、魔法使ったことあるの?」


そう話しかけてきたのは、クラスメイトの黒姫(くろひめ) 莉愛(りあ)


黒姫は、入学初日から話題になる程の超絶美少女で俺も彼女のことは小耳に挟んでいる。


あまり目立ちたくない俺とは反対に、入学初日からクラスカースト上位だ。

俺の場合は今後、嫌でも目立つことになると思うが。(音曰く)


彼女は艶やかなピンク色のロングヘアーをハーフアップにしていて、しかもキツすぎないくらいの良い匂いがする。

透明感のあるキメ細かい肌に魅力的な身体。潤んだ霞のない瞳。

あまりに美少女すぎるため、近寄りがたい印象もあったが思ったより気さくな人間のようだ。


「ああ。魔術の家系だからね」


「へぇー!

魔術の家系なんて数少ないのにすごいね!」


両手を顔の前で合わせ、純粋なキラキラした瞳を俺に向ける。


こんなあざとい仕草も、彼女ならあざとく見えないのだから感心だ。


「生まれた家系ですごいすごくないを決めるのは良くないと思うぞ?」


「見事に想像通り、頭堅いなぁー」


「そういうことではないと思うけど」


「でも月夜待くんの正論は置いといて、魔術の家系でもそれだけ魔術を使えるのは本当にすごいと思うよ!

クラスメイトの人達、習った魔術で限界みたいだもの」


「そうか……ありがとう。

君の人当たりの良さもすごいと思うよ」


「えへへ、ありがとう!」


彼女は鼻の下を伸ばしてニコッと笑った。


この笑顔でおちる男子は多いだろうな、と俺は客観的に彼女を見ていた。


「あと、月夜待って長くて言いにくいだろ? 蓮でいいよ」


クラスには音もいる。

月夜待くんと月夜待さんでは分かりにくいだろう。


それに個人的にだが、苗字で呼ばれるのはあまり好きじゃない。


「じゃあ、私のことも莉愛でいいわよ。

魔術の家系なんて数少ないのにすごいね!

あのね、実は私も魔法を使ったことがあるの」


俺は記憶がないこともあってか、女子に興味がない。だから彼女を意識することもないのだ。


「そうなんだ」


それ以外に返す言葉が見つからず、一言だけ短く返した。


会話を広げるつもりもなかったし、どちらかというと早く一人になりたかった。


「もっと興味もってよー!ひどいなぁ」


莉愛は頬を膨らませた。


周りの男子たちの視線が痛い……。

もうなんか色々と後から面倒くさくなりそうだからやめてください、莉愛さん。


そして、怒り気味の口調でこう続ける。


「蓮はイケメンなのに、そういうところが勿体無いんだよー?」


彼女の髪が揺れて、甘い香りが広がった。

それは確実に女の子の匂いだった。やっぱり女子って香水つけるんだな、またもや感心してしまう。


男でも香水をつける人はつけるみたいだけどな。


「……ありがとう?」


怒りながらそう言うことを言われると、怒られてるのか褒められてるのかわからなくなるからやめてほしい。


とりあえず感謝の意を伝えてみた。


「もぉーーー!!」


……怒られている方だった。


********************


昼休み、俺は食堂のオープンテラスで1人昼食を食べていた。


室内の方が冷房が効いていて人気なのだが、何せガヤガヤしているところは嫌いだ。

それに人には日光が必要なんだ。

俺はこうして日光を浴びながら一人で静かに昼食を堪能することが何気に好きだったりする。


そんなところに、どうやら来客のようだ。


「お昼ご飯、迷惑でなければご一緒してもいいかな?」


莉愛だった。


莉愛は手作り弁当らしきものを手に持っていた。


花柄の風呂敷に包まれたそれは俺が食べるには小さかったので、彼女は少食のようだ。


音は俺以上の量を平気で平らげるのに。


「もちろん良いよ」


「ありがとう!」


そう言って嬉しそうに笑うと、俺の隣に座った。


午前の授業で香ったあの匂いが近くなった。

嫌いじゃないな、とらしくもないことを思った。


少し近すぎるな……白さが眩しく柔らかそうな太ももが、動く度に俺の足に触れる。


普通の男子高校生ならものすごく興奮するのだろうが、女子に興味のない俺だ。

そんなことにはならなかった。


「蓮……彼女とか居たりする?」


莉愛は少しモジモジして俺を上目遣いで見た。


この仕草も狙ったものではないことが分かるから、女子からも人気があるんだろうな。


「居ないよ。ちなみに居たこともない」


ーーはず。


「えー! 意外だね! まさかだけど、小中学校はちゃんと行ってた?」


「行ってないよ、多分。まぁそこらへんは音に聞けば分かると思う」


「やっぱり音ちゃんとは仲良くしてるんだー?」


「仲良くしてるっていっても双子だからな。

音も俺に懐いてくれるし血縁だと分かっているから接しやすいんだよ。

家族として、愛し合っているんだよ。音曰く」


「さっきから曖昧な言い回しばかりだね。何か裏がありそうだけど、そこは触れないであげる!」


莉愛はウィンクを決めた。

俺はウィンクが出来ない。簡単そうにやってのける莉愛が少し羨ましいと思ってしまった。


練習すれば出来るようになるものかな。


「それはありがたいよ。

俺は今後、そういう人と関わっていきたいと思っていたんだ」


「ふーん、覚えておくね!」


「覚えておいて得はないと思うけど。

俺の兄妹はそんな人達だから、そういう人が良いと思うだけだ」


「……蓮と家族とかちょっとだけ憧れるなぁ」


「ん? 何か言ったか?」


「ううん、何でもないよ!」


ふと、後ろから邪気を感じた。


莉愛に気付かれない程度に後ろをチラ見してみた。

窓から覗くクラスメイトの男子達が鬼の形相を浮かべていた。

もちろん千裕もその中に含まれている。

ーーやはりウチのクラスメイトは馬鹿ばかりだな。


「これ、手作りなの。すごいでしょ?」


そんな俺の災難に全く気付いてない莉愛は、無邪気な表情でお弁当を俺に向ける。


「手作り弁当か。

毎日作ってもらいたいくらい美味しそうだな」


弁当の中身は、野菜や魚に玄米という質素なものだったが、栄養バランスは整っていたし、味付けもしっかりされているようだった。


「なっ……!? 普通にそういうこと言わないでよ。

しかもなんで真顔なの……動揺してる私がバカみたい……」


そんなこと言われても、思ったことをそのまま伝えただけなのだから。動揺することではないだろう。


普段はお姉さんみたいな莉愛が動揺した姿は、少し幼く見えた。

いつもは大人ぶっているのかもしれない。


お姉さんみたい、か。


特に深い意味があった訳でもないのに何か引っかかる。なんだろう、この感情は。


ーー悲しさ……? 絶望……?


まあいい。よくわからないから考えないようにしよう。

どうせ呪いの何かだろう。そんなのにいちいち構っているとキリがない。


それに、莉愛に嫌われるのはなんとなく良い気がしない。

一緒に昼食を食べておいて嫌われたとなると、クラスメイトの男子からの仕打ちもすごそうだしな。


とりあえず謝っておこう。


「ごめんな?

何か奢ってやるから怒らないでくれ」


俺の中で、機嫌を戻すにはそれしかないと思っている。


大抵の人間はこれでチャラにしてくれる。

金と強さと権力と情が全ての世の中なのだ。

……結構ハードル高いな。


「そういうことじゃないんだって!

蓮は鈍すぎるの……」


「鈍い?

よくわからないが、早く食べようか。折角のラーメンが冷めてしまうよ」


そろそろ俺の胃が悲鳴をあげてしまう。

美味しそうなラーメンの匂いが相乗効果を発揮して、よりお腹が空いてしまう。


流石に女の子の前でそれは恥ずかしい。


今日のラーメンは食堂一番人気の塩らーめんだ。

程よい塩加減と細くて固めの麺が絶妙なマッチングを起こした絶品ラーメンだ。


「そうね、早く食べましょう」


莉愛は明らかに怒り口調だった。なのに顔は赤い。

なんなんだろう。乙女心ってヤツだろうか。


わからない。


俺は考えることを諦め、食べることに専念した。

女の子というのは難しいものだ。


「おっ! そこにいるのは、お兄ちゃんと莉愛さんではありませんか!」


妹登場。


俺が双子のことを理解したと分かって、すっかり元気になったようだ。


初対面の時とは別人のように違っている。

見ているこっちまで元気になるような雰囲気をまとっている。


もう突然泣き出したりすることは無いだろう。


「もしかして、付き合ってたりするのですか?」


音は、悪意のないキョトンとした目で聞いた。


……ハッ!


後ろからの邪気が強まった気がする。


またもや気付かれない程度に後ろをチラ見してみる。

彼らは今にも『美少女二人と昼飯食べやがって畜生!』と言わんばかりの顔だった。


もういい。こいつらは放っておこう。


「違うよ、ただの友達だ」


「そそ、そうだよ! 音ちゃん」


俺に便乗して莉愛も否定する。


声に焦りを感じたが、もう面倒くさいので気にしないことにする。


すると音は目を大きく開きポンと手を叩く。


「ほう、もしかして……ちょっと莉愛さん!」


音がひょいひょい、と手招きをする。

莉愛が若干訝しみながらも音の近くへ寄る。


なんとなく聴力強化は使いたくなかったので、出来る範囲で聞き取ってみた。


「……莉愛さんって……こと……す……の……」


全然わからない。

俺は聞こえた言葉を頭の中で繰り返してみた。


莉愛さんってことすの? 全然全く意味が分からない。


「音ちゃん、変な勘違いはやめてね?

全然、本当に全然違うんだから……」


顔を真っ赤に染めた莉愛が"何か"を必死に否定している。

どうやら、俺はこの場にいるべきではないようだ。


「じゃあ、俺はこれで失礼する」


そう言い軽く笑いかけると、昼食のトレーを持って席を立った。


莉愛はガタガタと立ち上がり俺の腕掴んだ。

俺はそれを手で制して、歩きはじめる。


「あっ……、蓮!」


「またねなのです! お兄ちゃん!」


全く……

これからの高校生活、騒がしくなりそうだ。

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