4話 魔術研究と被験体
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2072年 9月
「お兄ちゃん! 昨日は遊べなかったから、今日はたくさん遊ぼう!」
私とお兄ちゃんは、とても仲の良い双子だった。
私たちは父が研究熱心で周りと線引きをしたいとのことだったので、町外れの森にある人目につかない大きな家に住んでいた。
祖父が魔法で作り出したそれは温度は快適であり、念じるだけで水や冷蔵が可能で便利な家だった。
母は優しく温厚な人で、専業主婦だがある程度の強さはあった。
父は前述した通り研究者だが、若い頃は前線で魔獣迷宮に挑んでいたのだ。秀才で強い、とても優秀な人だ。
この世界には義務教育という概念が存在しない。働かなくても戦えば政府からの恩恵があるからだ。
そのため、俺たちは学校に行ってなかった。
もっとも、俺たちは優れた潜在能力を持っていたので学校に行っている同級生よりもずっと優秀で将来性があった。
月夜待家は、まさに天才の家系なのだ。
学校に行ってなくとも兄妹が3人もいたので普通に楽しく過ごすことができていた。
一番上の朔は歳が五つも離れていたので、このときは既にMBFで活躍する戦士だったのだが。
私も、お兄ちゃんも、お互いを信用し合い愛し合っていた。
「あぁ、今日はたくさん遊ぼうな!」
この日も、2人でいつものように遊ぶはずだった。
お兄ちゃんは私の手をぎゅっと握りしめて優しく笑った。
その体温を感じられることが何よりも幸せで、つい頰が緩む。
「……何して遊ぶー?」
小さいながらにキスしたいな、なんて思ってみたり。双子だから、兄妹だから、そんなこと無理なのは分かっていたけれど想像するだけで胸がいっぱいになった。
「鬼ごっこ、隠れんぼ。それとも魔法対決?」
お兄ちゃんはクスッとイタズラっぽく笑った。
こんなカッコいいお兄ちゃんを持てただけでも感謝しないと、って自分に言い聞かせた。
そうでもしないと想いが溢れて収拾がつかなくなると思ったから。
それでも、なんで私とお兄ちゃんは家族なのって考えたら心が痛くるのは止めようがなかった。
「もちろん……全部するよっ!!」
それでも今は、この幸せな時間を噛み締めておこうと思って全部押し込んだ。
でも、それは本当に突然のことで。
「蓮、ちょっといいか?」
いつも研究ばかりしている父からだった。
珍しい誘いだったので、蓮は迷わず受けることにした。
今から遊ぼうというところだったので、私はお兄ちゃんの服を引っ張って首を振った。
ーー行かないで。
「音、ごめん。ちょっと今は我慢してくれ」
正直納得はいかなかった。
なにそれって思った。
私はこんなに辛い思いをしているのにお兄ちゃんは何も辛くないの? そんなのひどいじゃないですか。
「……遊んでくれないの? 私と遊んでくれないの?」
私は必死に涙をこらえ、お兄ちゃんにしがみついた。
私と遊んでよ。私を置いていかないでよ。
お願いだから、居なくならないで、お願い……。
そんなこと声に出せるはずがなかったから、私は全ての想いを込めてお兄ちゃんの目を見つめた。
でも、そんな私の願いは叶わなかった。
お兄ちゃんは父に向き直ったのだ。
「すみません、父さん。突然どうしたんですか?」
「少し話があるんだ」
ー ー ー ー ー ー ー ー ー
「それで、話って何ですか?」
蓮は、きょとんとした目で訊ねる。
この家で、父は家族の前に顔を出すことが少ない。よって子供達は父を敬遠し、いつの間にか敬語を使うようになっていた。
父は脚を組み、顎の無精髭を摩りながら口を開く。
考え事をするときに顎を触る癖は朔も同じだ。父のが遺伝したのだろう。
顎を触る癖は心理学的に、自尊心や自己肯定感からなるといわれている。
なので正確には、顎を触る癖自体が遺伝したのではなく自己愛が遺伝したのだと思う。
……なんとも恐ろしい親子なのだろう。
「実はな、父さんの研究が完成したんだ。研究の内容は【魔術師における超能力の可能性】だ。
今まで、魔術師は魔術を身に付けることが限界で、それ以外の力を身に付けることは不可能とされてきた。
しかし、約20年程の年月が経ち、研究が進み超能力を身に付けることが可能という結果が出た。
そこで、被験体の第1号を蓮にやってもらいたいんだ。父さんの、誇り高く強い息子に……」
「超能力? 被験体?」
まだ8歳だった蓮にとって、父の言っていることは理解しがたいものだった。
超能力というのも何なのか、はっきりと知らなかったし、被験体という言葉もこのとき初めて聞いた。
「よくわかりませんが、強さで選ぶのなら兄さんにすればよいのでは?」
蓮の純粋な疑問に、父はバツの悪い顔をした。
「朔はな、国の為に戦う大事な人なんだ。人類最強と呼ばれる闇の英雄だ。小さい子供は朔をヒーローだと思っている。
そんな人が1年間いなくなるとなれば、例えどんな理由であっても世間はパニックになる。
だから蓮を選んだ。お前しかいない。わかってくれ」
父は蓮の小さな肩に手を乗せた。
「受けてくれるか?」
必死だった。父は必死の目で訴えかけてきたのだ。
断るにも断れないような緊迫した状況で、蓮はもう一つの疑問を口にする。
「それが終われば、俺はどう変わるのですか?」
「そうだな……
この研究が成功すれば、魔獣を倒しやすくなるということだ」
「それは……すごいことなんですよね。
俺やります、被験体」
結局はよく分からないままだったが、蓮は引き受けることにした。
父は心底嬉しそうな顔で蓮の頭をわしゃわしゃ撫でた。
「ありがとう。
しかし、これは一年間ほど、電気ショックや回路改正などに耐えなければならない。思っているよりも辛いぞ」
電気ショックはともかく、回路改正というのは魔力の通り道ーーマナの回路ーーを改正することだ。これは魔術師にとって、最も辛く苦しいものである。
「大丈夫です。強くなれるのなら……!」
「そうか。頼りにしているぞ。
……では、早速、研究所へ向かおうか。
おいで」
「その前に、音の所へ行かせてください」
蓮は、音に別れを告げようと考えたのだ。
彼女の悲しそうな顔を想像するだけで胸がチクリと痛む。
きっと怒るだろうな……それでも俺は、強くなりたいんだ。ごめんな。
「いいだろう」
ー ー ー ー ー ー ー ー ー
お兄ちゃんが戻ってくると、私は思わず抱きついた。
お兄ちゃんの温もりが私を包み込み、ふわふわしてくる。
それでも想いは止まらなかった。
「お兄ちゃん、どこにも行かないでください……
音を1人にしないで……」
とにかく寂しかった。お兄ちゃんは今すぐにでもどこかに行ってしまいそうな気がして我慢できなかった。
ーーしかし、私の悪い予感は見事に的中することになる。
お兄ちゃんは私の声を聞き罪悪感を覚えたように、額を下に向けた。
そして私の肩を持って自分から離す。
「すまなかった。
けど俺は、これから一年間、お前とは会えない。父さんの研究に協力することになったんだ」
「……え? お兄ちゃん? 何を、何を言っているのですか?
音を、一人にするのですか? 置いていくのですか?」
怖かった。お兄ちゃんがいない生活なんて考えられなかった。
恐怖の滲んだ目が泳ぐ。
何を言っているのだ。私の兄はきっと悪い何かに洗脳されたんだ。そうだ、だから変なことを言い出したんだ。
「安心しろ。来年には帰ってくるさ」
私の動揺に対して、お兄ちゃんは冷静に告げる。
じゃあ、来年まではどうすればいいのか。
私はパニックになっていた。
「もう行くぞ」
「やめて! お父さん!! お兄ちゃんを連れて行かないで!! 朔お兄ちゃんもなんとか言ってなのです!!」
もう訳がわからなかった。とりあえずお兄ちゃんが連れて行かれなければいい、そう思っていた。
「……音、どうしようもないんだよ。
自己中心的になるな」
たまたま帰省していた朔は、父側の事情も知っていたため止めることはできなかった。
否、たまたま帰省していたのではなく父はあえてこのタイミングを選んだのかもしれない。
家族全員が揃っているこのタイミングを。
「朔の言う通り、仕方ないんだ。世界を救うためなんだよ。蓮は無事に戻ってくる。絶対だ。それまで待ってなさい、音」
「連れて行かないで!!」
「音! 諦めろ!」
「……お兄ちゃん、音は、音は……! いつまでも待っているのです……!!」
このとき私は、いつまでもお兄ちゃんを待つって決めた。
たとえ五年後でも、十年後でも……
お兄ちゃんがどんなに変わり果ててしまっても、私の心はお兄ちゃんのモノなんだから。
「兄さん、音、俺は必ず戻ってくる。それまで待っていてくれ」
「蓮……約束だからな」
もう、お兄ちゃんは振り向かなかった。
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「けど、お兄ちゃんは1年後に帰ってこなかった。
まさかこんなところで再開出来るなんて、本当に奇跡なのです……7年間、何をしていたのですか!」
そんなことが、あったのか……
俺は自分の記憶として思い出せないことが歯痒くて、もどかしかった。
でも音に愛されていたことを再び分かって、目の前の儚げな少女が愛おしくなった。
"私の心はお兄ちゃんのモノ" か……
少し大袈裟な気もするが。そのくらい俺は愛されていたのだろう。
言い忘れていたが、俺の超能力はテレパシーとサイコキネシスなどはまだ使えない。
超能力の定番といったらその3つだ、と聞いていたのに。
つまり、この超能力は不完全なことに間違いないということだ。
ーー記憶があれば、理由も分かっていたのかもしれないな。
「音は、ずっと待っていたのですよ?」
ここまで俺を愛してくれていた大事な妹なのだ。
これからもこれまでも、きっと世話になるし大事な家族だ。
「悪いな……。
俺はまだ記憶が戻らないから、何とも言えない。けど、俺たちが双子の兄妹ということは理解した。
今までの記憶が無くても、これから思い出を作っていこう」
「はい! お兄ちゃん!!
あの……今日、お兄ちゃんの家に泊まりに行っていいですか?」
泊まりか……また千裕が騒ぎそうだな。
いや、双子だからって言えばいいのか。
それはそれで『一卵性双生児ってやつ? あでも性格と目元はそこまで似てないから二卵性かな? ちょっと写真撮るからそこ二人で並んでくれ!』とかノリノリで言ってきそうだ。それはそれで面倒臭い。
だからといって言わなかったら一緒に帰れない時点でバレそうだし、『なんで言わなかったんだよ』と逆に疑われてしまう。
もう千裕はどうでもいいや。
俺は考えることを放棄した。
今は音が最優先だ。
「もちろん、いいよ」
「やったぁ……!!」
音は嬉しそうに笑った。
ーーその夜ーー
「なんでお前がいるんだよ」
俺の狭い寝室には、俺・音・千裕の三人がギリギリで収まっていた。
ことの始まりはその日の放課後・・・
「千裕、悪いけど今日は一緒に帰れないんだ」
俺は出来るだけはぐらかす形で一緒に帰れないことを伝えて早く音と落ち合おうと考えていた。
なので、出来るだけ自然な言い方で断った……はずだった。
「なになに!? 昼一緒に食べてた彼女と放課後デートでもするんだな!? いーなぁー俺も連れてけよー」
「なんか色々違うし、もし彼女だったとしたら "連れてけよ" はアウトだろ」
相変わらずの馬鹿で間抜けな思考だ。
お前は友達のデートに空気も読まず乱入してしまうウザくて嫌われるタイプなのか。
しかもなんで相手が音だって分かったんだよ。
相変わらず何気に鋭くて読めない奴だ。
「あははー! そうだな!
まあ、デートじゃなさそうだし俺も連れてけよーっ」
「音が困るかもしれないよ?」
「俺、コミュニュケーション能力には自信あるから大丈夫だー!」
千裕は腕を使って大きく丸を表現した。
「……仕方ないな。だが、あまり邪魔にならないようにすることは約束してほしい」
「わーってるよ! じゃあよろしくな!」
肩をドンっとどついてきた。
とはいえ貧弱な体である千裕の体当たりなど、痛くも痒くもない。
デートじゃないってなんで分かったんだよ。
やはりよくわからない男だ。馬鹿そうに見えるのに。
そんなこんなで千裕もついてくることになったのだ。
全く、面倒なことになったものだ。
「まあいいじゃないかー! ね、音ちゃん!」
「はい! みんなで泊まった方が楽しいのです!」
意外にも音は千裕が居ても大丈夫のようだった。
この二人、気が合いそうだな。
……俺への愛と忠誠心どこいったんだよ。
「あのな、俺は大人数が嫌いなんだよ」
「三人は大人数じゃねーから! 今夜は楽しい夜になるぞー!!!」
「おー!!!なのです!!」
「全く……友達選び、もっと頑張ればよかった」
俺は一人、後悔の念に駆られるのであった。
どうも、サブタイトルのセンスの無さに絶望中の雪野です!
さて、やっと蓮の過去編がきましたね!
蓮の過去編はまだまだ書くつもりです!
さて、
《次回、やっと魔法を使う(はず)》
使わなかったらごめんなさい!
ではまた、よろしくな!