3話 月夜待家とピアス
「このクレープめっさ美味い!!
……お前のも寄越せ!!」
千裕は俺の近くにあったパフェを自分の方に寄せた。
何故こんな回りくどい言い回しをしたかというと、このパフェは俺が頼んだものではないからだ。
千裕が頼め、というから頼んだ。だから支払いは俺になるが食べる気はない。
「どうぞ」
支払いについてだが、別に俺は貧乏じゃないというか金はある方だからこのくらい何でもない。
募金する程度のことだ。
「うっわ、うっまぁ!!!
この店かなり良いぞ! まじで幸せだー!」
どうやら千裕は甘いものがかなりの好物みたいだ。
さっきから箸が止まらない……じゃなくてフォークが止まってない。
「蓮、食べないのか?」
不思議そうな顔でパフェを指差された。
そんな彼の口には生クリームがついている。どれだけお茶目な男子高校生なんだよ。
「甘いものは好きじゃないからな。俺のも全部あげるよ」
「えぇっ、いいのか?」
「俺はこんなの食べられないからな」
「そうかー? じゃあ俺が金払うわ」
「いや、いいよ。友達になってくれたお礼として受け取ってくれ」
というか、店を出るとき千裕だけが支払っていると俺が奢られる人みたいに見えてしまう。
それだと周りの目が気になる。入学早々に貧乏扱いは困るからな。
それに千裕にはどうしても、これから世話になる気がするのだ。
「蓮、お前……ありがとう!!」
千裕は俺の顔も見ずにフォークを掴んだ。
ーーこいつ感謝する気あるのか。
「いや本当に感謝してるからな!」
俺の心の声に合わせて千裕の声が飛んできた。
すごいシンクロだ。俺は初めて千裕に感心した。
「分かってるよ、これからよろしくな」
「俺はお前と友達になれてよかった。愛してるぞー蓮くん」
「悪いな、俺の恋愛対象は男じゃない」
「わーってるよ、冗談だって」
「なんだ、冗談か」
本気だったら今すぐにでも友達やめるところだった。
「でさ! お前、真面目そうなのになんでピアス開けてんだ? しかも左耳だけ」
「これか……
正直、俺もよくわからないんだ。気がつくと付いていた」
気がつくと、というよりかは目が覚めたら、というべきか。
まあ、気がつくとの方が理解はしやすいだろうし変に問い詰められるのも面倒だからな。
「ははっ、なんだそれ!!」
千裕が可笑しそうに笑う。
どうやら彼は、他人に深く干渉しないタイプのようで助かった。
他人のことを全部知りたがるタイプの人間は大抵、ここで突っかかってくるだろう。
と、その時
「キャァァアア!!!」
商店街の方から女性の断末魔が聞こえた。
「なんだなんだ!?!?」
店内に居る客たちは立ち上がって、各々の憶測を飛ばし始めた。
「殺人事件だ! お前ら逃げろ!」
「単なる強盗なんじゃないの?」
「殺人事件が起きるのであれば密室殺人の方が推理しがいがあったのでござるよー」
……人の感じ方は本当に様々だということを痛感した。
だが、こんなことで動じないのが英雄というものだ。
俺はこの状況がどうすれば落ち着くのかを冷静になって考える。
結果、視力強化を使い声がした方を見てみることにした。
……倒れた女性? 死んでいるのか?
あれは恐らく、兄さんが前に言っていた固有魔術だろう。
使い手はーーあの謎の少女。
どうやら光に特化した魔術らしく、その場所だけがピンポイントで眩しいほどの光に包まれている。
ようやく、少女は犯人を捕らえたようだ。
つまり俺に出来るのは、この場の混乱を収めることだ。
「皆さん! 落ち着いて下さい!
犯人は、その場に居合わせた魔術師が捕らえたようです!
この状態では無意味な混乱を招くだけなので、どうか席に座ってください!」
的確な言葉を、反感を買わないよう慎重に選びながら説明する。
俺が声をかけると、まだ不安を残しながらも店にいた客は全員席に戻った。
「拙者の推理力の見せ場は消された……」
とか言っている馬鹿もいたが。
しかし俺はただの学生だというのに言うことを聞くだなんて相当慌てていたのか、と少し感慨深くなる。
「おーっ。すげぇな、お前。こんだけの人をまとめるなんて」
「すごいのは俺じゃなくてあの少女だよ」
「少女?どこだ?
……そいえば、なんで事件の状況が分かったんだ?」
ヤバい。視力強化していることを忘れていた。
千裕は明らかに不審な顔をしている。
流石にこれはやらかしたな……。
どう弁解しよう。
「あぁ、そうだな。人より目が良いんだよ」
とりあえず、苦し紛れの言い訳をしてみる。
視力を調整できると知られれば、後々面倒くさいことになりかねない。
「ふーん……」
半信半疑のようだが、とりあえずは納得してもらえたらしい。いや、納得したフリをしているだけのようにも見える。
一ヶ月くらい前、俺は他の人が使うことのできない能力を多数使えることに気付いた。
たとえば先ほど使った視力調整や、超音波など……いま知る限りでは十個程だが、おそらくもっとあるだろう。
まあ、いわゆる超能力的なものだ。
「千裕。俺は現場に行ってくる。
だから、先に帰ってくれ。すまない」
「なんか、色々事情がありそうだな。明日じっくり聞かせてもらうから覚悟しとけよ!」
千裕は俺の背中をバンバン叩いた。
ーーまるで近所のおじさんだ。
「あぁ。出来る範囲でな」
そう言い店を飛び出すと、脚力強化をする。
早くあの子に話を聞かなければ……!!
* * * * * * * * *
「君!」
例の少女に声をかける。
少女は案の定というべきか、驚いて手をバタバタさせる。
しまいには両手で顔を覆い隠した。そして指と指の間の小さな隙間から俺を見る。
「お、お兄ちゃん!?
……まさか、全部見てたのですか?」
「君が魔法を使って犯人を捕らえるところしか見てないよ」
「ふぁぁ……!?!? 恥ずかしい……!!」
少女は、赤くなった顔を再度両手で覆い隠した。
「あぁ、まじなのですか」とか「見られてしまったのです、どうしましょう〜」とかブツブツ言っている。
そしてまた「はわわ〜」と両手で顔を覆い隠す。
ーーそんなに恥ずかしいことでもないと思うんだが。
見ているこっちまで恥ずかしくなってくる……。
だがしかし、このままでは状況が変わらない。
「とりあえず、名前を教えてくれるか?」
「え……」
今度は細く悲しみに満ちた声を出し、目を見開く。その目からは大粒の涙がこぼれ落ちた。
落ちた涙がアスファルトにじわじわ染みる。
少しばかり罪悪感で胸が痛くなった。
「すっすみません……気に、しないで下さい……。
名前、ですよね。
月夜待 音です」
「月夜待……」
「言った、じゃ、ないですか。音とお兄ちゃんは双子、なのですよ……」
まだ涙が止まらないようで、鼻水を啜り途切れながら言葉を発する。
音……お兄ちゃん……父さん……
この学校に入学してから一体なんなんだろう。
俺に何があるんだ?
「うぐっ……!」
再び、鋭い頭痛に襲われる。
入学式の日と同じ痛みだ。
「大丈夫ですか!?」
「あぁ、これで2回目だから……そろそろ慣れるはずだ……」
実際、朝よりは少し楽な気がする。
と、ここで音から衝撃の事実を知らされる。
「多分それは呪いの効果だと思うのです。その痛みは音にも想像できるので」
「えぇ……!!」
突然大声が出たせいで近くにいた鳩が一斉に飛び立つ。
この頭痛が呪いだというのか、俺に呪いがかかっていることは知っていたが本当にひどい話だ。
「絶対に、無理はしないで下さいね」
音は俺の肩に手を置いてニコッと笑う。
こいつ、他人事みたいな顔しやがって。
この頭痛かなり痛いんだからな。
というか音お兄ちゃんっ子じゃなかったのかよ。
本当に、真実は残酷だ。
「解呪は出来ないのか?」
一応駄目元で聞いてみる。
これでYesだったら即解呪してもらう!
目が覚めたとき兄さんに無理と言われた気がするが、そんなことは気にしないことにしよう。
「無理なのです!」
「……本当にか?」
「はい!
あ、でも一時的な加護なら出来るのです。ただし術者はかなり疲れますが。
音なら乗り越えられるのです」
本当か!
それはありがたい。
せっかく差し込んできた希望の光を逃すわけにはいかない。
やはり音、やるな。いい奴だ。
「ありがとう。
それより音、聞きたいことがある。あした昼食を一緒に食べないか?」
「もちろん!お兄ちゃんと2人で昼食など大歓迎なのです!」
音は満面の笑みで了承した。
もう涙は止まったようである。俺は少し安心する。
そういえば、先程飛んでいった鳩たちはいつの間にか戻ってきたようだった。
こうして、明日の昼食は音と食べることになった。
* * * * * * * * *
「女の子と昼飯!? お前……入学早々彼女か!?!?」
千裕に、音と昼食を食べることを伝えると予想通りの反応をしてきた。
こいつ、クラスメイトの苗字を把握してないのか。もう俺は全員の苗字名前全て覚えたというのに。
同じAクラスだが、予想通りのアホらしい。
恋愛脳みたいな顔してるし。
「俺は恋愛に興味がないんだ。彼女を作る気はない」
「ふーん、つまんねーの! 華の高校生だぞ!?」
それを言っていいのは女子高生だけだと思うのだが。
男に華があってもキモいだろ、イケメンを除き。
「てかずっと思ってたけど、お前とあの子、すげぇ似てねーか? 名前も似てたような……?」
でも、なんとなくの名前の感じは覚えているようだ。
なんなんだ全く。
「苗字は同じだよ。
でも外見は似てるか? 具体的にどこが?」
音の言う通り、本当に双子なのか?
俺はまだ半信半疑だ。明確な証拠が見つかってないからな。
兄さんに聞いても「呪いが……」とか言ってはぐらかされる。
千裕は俺がさらっと"苗字が同じ発言"をしたことにとても驚いたようだが、そこには触れず似ているところを言う。
「そうだなー。
目が群青色だったり、サラサラの青髪だったり。
だって、青い髪なんか珍しすぎるじゃねーか!」
「青髮って、珍しいのか?
俺の家族は全員青髮なんだが」
「それはお前の家族が異常なんだよ!!?」
「そういうものなのか……?」
「あぁ、あと!2人とも左目の下にホクロがある!」
「関係あるのか……それ」
「大アリだよ!!
……あ、もう昼飯の時間じゃねー? 楽しんでこいよ!」
千裕はそう言い残して、どこかへ行ってしまった。
確かに、言われてみれば似ているのかもしれない。
もしも本当に双子だったとすると、似ていることに納得できる。
「音」
「はい!」
「ここでは話しにくいだろう。外へ行こう」
「りょ、了解なのです!」
ということで、俺たちは外のベンチで食べることにした。
音は引くほど俺に忠実だった。俺の言うことは、なんでも聞いてくれそうな感じがする。
「単刀直入に言う。
俺たちは本当に双子なのか? もしそうなら、証拠はあるのか?」
彼女は少し狼狽したが、すぐ冷静に戻る。
「はい、音たちは本当に双子なのです。
証拠としては、まず、外見が似ていることなのです」
やはり似ているのか。
ーーだが
「俺はそれだけでは納得できない。
たまたま、という可能性もあるからな」
「では」
そう言うと、音は髪を耳にかける。
「それは……! 」
「このピアス。お兄ちゃんの左耳に付いているのと同じものなのです。
これは、月夜待家に代々伝わる強力な魔術をコントロールするためのものなのです。このピアスがないと、魔術を使いこなせず自爆してしまうのです。
本来なら、両耳に付けるものとされているのですが、音たちは双子だった。
月夜待家にとって、双子は貴重な財産であり、兵器なのです」
「貴重な……兵器……」
「まあ、音は戦闘能力が人並みなので兵器にはならなかったのですが。
しかも双子でなくても最強はいますし」
もしその話が本当だとすれば、俺に強力な魔術があるということなのか。
そっとピアスに触れてみる。
これが、そんなに大事なものだったのか……?
「双子は、ある程度は自力で力をコントロールすることが出来るのです。
そして、このピアスはとても高価であります。
これがなければ、魔術をコントロール出来ずに自爆してしまうのです。
そのため双子が産まれると、片方だけを付けることになっているのです」
「なるほどな……
けど、もし俺たちが双子だったとして、何故俺は君のことを知らないんだ?」
思い当たる節はあったが、それは隠しておいた。
もっと詳しい話を聞きたかったからだ。
「少し長くなりますが良いのですか?」
音は俺の目を見据えた。
「もちろんだ。全て、教えてくれ」
冷たい風が頬に刺さる。
俺は、これから何を知るのだろうか。
こんにちは!雪野です!
文字数の都合上、蓮の過去編には入れませんでした、申し訳ないです……
なので!
《次回!いきなり過去編から入ります!》
引き続きよろしくな!