1話 謎の少女とお兄ちゃん
2080年 4月
俺は辺りを見渡す。
新入生達はそわそわしているものの、新しい友達を作るため近くの人に次々と声をかけているようだった。
突然だが考えてみてほしい。
ーー人間とは卑怯で利己的な生き物だ、ということを。
常に誰かと行動を共にし、1人でいる者を異物と捉える。
そして、それが共存であると主張する。異物は協調性に欠ける、と人間社会から切り落とされる。
だが、もし彼らが共存を求めているのなら協調性に欠ける人とも共に過ごすのが筋ではないのだろうか。
……つまり彼らは、他人に縋るで生き方しか知らないのだ。
だから、1人で生きることができる者を敬遠する。
常に自分達と異なる者を批判し遠ざけ、自分達と同じ誰かに縋る。そうすることで、生きる意味を得ようとする。
だから俺は、友達作りに励むことすらバカバカしいとさえ思ってしまう。
それでも俺の心は仲間を必要としている。
そして俺はこの矛盾を自覚している。
いじめっ子にしても同じことだ。
自分は人をいじめる。でも自分はいじめられたくない、嫌われたくない。
人間生活を営む者において矛盾することなど当たり前になっているのだ。
そうして他者を否定しながらでないと生きていけない人間は、やはり卑怯で利己的だといえる。
もちろん俺もその中には含まれていて他人をとやかく言える立場でもないんだけど。
そんな、人間だらけの場所での生活がこれから始まる(もう既に、とっくの昔から始まっているのだが)ーー
カルラネ高等学校。それは俺が今年から入学する学校の名だ。
この学校の入学試験には様々な分野のものがある。そして、その全てにおいて合格点を満たした者のみ入学が許される。いわば超名門校である。
さらに卒業できれば間違いなく明るい未来が待っている、という保証もある。
かといって卒業することがかなり困難というわけでもない。まさに夢のような学校だ。
そんなカルラネ高等学校には、四つの学科がある。
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1 文術科。主に語学や地理・法律などを専門とする。
2 数術科。主に数学や化学・物理などを専門とする。
3 体術科。主に体を使う戦闘術や護衛術を専門とする。
4 魔術科。主に魔法を使う戦闘術や護衛術を専門とする。
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俺は魔術科を選択した。
特に理由はない。この学校の魔術科への入学は全て兄さんが決めたからだ。
入学の申し込みや手続きも全て兄さんが行なったのだ。
……俺は反対したんだけどな。
まぁでも魔法を学べる学校はここだけであり、極めて特殊な学科なのだ。
入れて良かったという気持ちがなくもない。
そんな希少な学科に入りたいのはみんな一緒のようだ。
その証拠に、魔術科へ入学することが許された新入生達の目はガラスに反射した光のようにキラキラと輝いていた。
さて、クラス発表の紙はどこだろうか。
俺が紙を求めて歩いていると、真新しい制服を着た生徒たちが集まっているところを見つけた。
あれがクラス発表の紙だろうか。
とりあえず近寄ってみる。
これは……予想的中だ。
そこには名前の書かれた大きな紙が貼り出されてあった。
クラスは学科ごとに3クラスずつ分けられるようで、学科ごとにA,B,Cクラスがあった。
そのため1クラスの人数は20人程度と、かなり少なめだ。
俺は自分の名前を探す。
魔術科 1年 Aクラス と書かれた枠にそれを見つけた。
「Aクラス……予想通りって感じだな」
予想通りというのも、この学校の入学試験を受けたとき何故か答えやそのヒントが次々と頭に浮かんできたのだ。
そして、その答えが正解だという自信があった。
それため結果にも自信があったのだ。
正解だと思った根拠など1つもないんだけどな。
この学校は成績でクラスが分けられる実力主義だ。
その中でも、AクラスはBクラス以下より断トツで優れている。それに対して、Bクラス〜Eクラスはほとんど僅差らしい。
つまり俺はかなりの高成績だったようだ。
やはりあの答えは正解だったということだ。
ナイス、謎の答え。
妙な気持ちを抱えながら校庭の方を見ると、時計台の短針は9を指していた。
入学式は10時からだったはず。
「時間が余るな……何をしようか」
独りでに呟いてみる。
ベンチで休憩するか、友達作りに励むか、自習でもするか。
色々と案はあったが、これからの学校生活のことを考えた結果、結局は校内を見て回ることにした。
その時だった。
「はっ……! お、お兄ちゃん!! 生きてたのですね……!!」
一人の少女に話しかけられた。
彼女は、サラサラな青髮を肩より少し上で切り揃えており長めの前髪は斜めに流してある。
周りの人たちに比べると容姿は整っているように見えた。
少女は感動した面持ちで俺を見上げる。
お兄ちゃんって……新手の逆ナンだろうか。
「人違いだと思いますよ。俺に妹はいないはずですし。
そもそも、妹であれば同じ学年なはずがないでしょう?」
この手は甘いぞという意味も込めて、少しキツめの口調で言ってみた。
初対面の人だったので一応、敬語を使った。男は紳士的であるべきだと聞いたしな。
このとき俺は、この青い謎の少女に既視感を覚えていた。
「いえ、双子、なのですが……
本当に、覚えてないのですね……」
彼女が悲しそうに目を伏せる。
身長差が大きかったため、見下ろす形になったこともあってか若干怯えているようにも見えた。
「人違いですよ。
本当の兄が見つかるといいですね」
とりあえずは事務的で適当な返事をした。
ここで感情的な言葉を返すと、余計に食らいついてくる可能性が高いと思ったからだ。
しかし彼女は俺の予想と反して、より一層悲しそうな顔をした後、口をつぐんだ。
終始こんな悲しそうにされると、流石の俺も心配になってくる。
「あの、大丈夫?」
俺は出来る限り優しく笑いながらそう問いかけた。
もう敬語を使う必要はないと思った。
すると彼女は愛しい何かを思い出すように目を細めた。
そして安心したように、ふにゃりと笑った。
「よかった……あの頃と変わってない……
えと、また話しましょう。失礼します」
少女は頭をぺこりと下げ、溢れかけた涙を隠すかのよに早足でどこかへ行ってしまった。
お兄ちゃんとはなんだったんだろう。
あの頃とは一体……?
モヤモヤした気持ちが残る。
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『お兄ちゃん! ××はいつまでも味方なのです!』
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聞き覚えのあるような……
髪、声、口調……
「ゔっ……」
思い出そうとすると、鋭い頭痛に襲われた。
頭の奥が包丁で何度も刺されているような感じだ。
こんな頭痛は恐らく、初めてだった。
「ゔぅ、ぁぁ……ぁ……」
思わずその場に座り込んだ。
フラフラする。立っていられなった俺は地面に手をつき、吐くような体制で呻く。
誰かが近づいてくる気配がした。
「あなた、大丈夫ですか?」
いかにも優等生そうな顔立ちの、黒髪ポニテぱっつん美少女に問われる。
彼女は心配そうに眉を下げていた。
「……全然、大丈夫じゃない……です……」
声を出すのも精一杯だ。
俺は喉の奥から必死に声を絞り出した。
「それは、かなり重症のようですね。今すぐ医務室に運びます! 私の肩に掴まってください!」
「無理です……動けない……」
「……!
えと、どうしましょう!?」
「俺が担ぎますよ」
焦る彼女の前に、ガタイの良い強そうな男が現れた。
緑のピン……体術科か。流石、筋肉隆々って感じだ。
ちなみに言うと、この学校は学科ごとにピンの色が分けられている。
文術科は赤、数術科は青、体術科は緑、魔術科は紫だ。
彼女はナイスタイミングで現れた救世主に目を輝かせる。
「金剛寺くん……!ありがとうございます!助かります!」
「そ、そんな。大したことないですよ」
"金剛寺"と呼ばれた男は、顔を赤らめ俯きがちにそう言った。あまりにも体つきに似合わない仕草だ。
頭痛がなければ、俺はきっと笑っていただろう。
だが優等生そうな女の子は誠心誠意の対応をしていた。良い人なんだろうな、この子。
そしてどうやら金剛寺という男は、この女の子に好意を寄せているみたいだ。
「よいしょっと。では、行ってきます。会長」
簡単そうに俺を肩に乗せると、優等生そうな女の子に向く。
男の顔は、まだ赤いままだった。
「会長……?」
何かの会長なのだろうか。
「あ……申し遅れました!
私は3年魔術科Aクラス、生徒会長の十六夜 優子と申します」
彼女は律儀にも、たぶん後輩である俺にお辞儀をした。
なるほど生徒会長なのか。いかにも、って感じだ。
「俺は、月夜待 蓮です」
「うん。
月夜待くん、無理して話そうとしなくてもいいから。また今度、ゆっくり話しましょうね」
十六夜先輩は、優しい声と柔らかい口調でそう言った。
そのとき、きっと学校のアイドルみたいな立ち位置なんだろうな、と思わざるを得ない雰囲気をまとっていた。
「すみません……」
「いいのよ、お大事にね」
十六夜先輩は手を振りながら、にっこり微笑んだ。
こんにちは。三点リーダー使いこと、雪野 透です。
この度は「体術使いと魔術科の英雄」をお読みになってくださり、ありがとうございます。
まだまだ未熟者ではございますが、これからもお読みになっていただけると幸いです。
よろしくお願い致します。
……なんか、堅苦しいですね。まぁ、1話目なので大人しくしておきます。
《次回は、蓮の過去が覗けるかも?》
では!さようなら!!