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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
〔 tailpiece. 〕

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97. 自覚とライバル

(夏コミお疲れさまでした)

 霖雨が続く間、カグヤは毎日『鍛冶職人ギルド』の工房に通い詰めていた。

 もとより、普段から間に二日と置かず、工房へ足繁く通っている身ではあるが。最近のカグヤの生産への熱中ぶりは、普段以上に鬼気迫るものがあった。


 理由は単純で―――生産にでも打ち込んでいなければ、心が辛かったのだ。

 カグヤは先日、シグレと共に向かった『ゴブリンの巣』への一件で、シグレに命を救われ、代わりにシグレを死なせてしまうという最悪の失態を犯した。

 無論、あれは『天擁』であるシグレが率先して『星白』であるカグヤを護ろうとしてくれた結果であり、後衛を護るべき立場であるカグヤに前衛としての落ち度があったわけではないと。そう考えることもできる、けれど……。


 ……己の心に言い繕ってみた所で、カグヤの無念が消えるわけではない。

 鉱床があるという事実に目が眩み、ちょうどシグレが断れない状況であったのを良いことに『ゴブリンの巣』へ同行するよう求めたのは、カグヤのほうだ。

 シグレが味わった『死』の苦痛に対し、自分が責任を感じるのは当然のことだとカグヤには思えた。


 もし許されるなら、すぐにでも己の不明を詫びたい。

 けれど……カグヤが謝った所で、シグレが喜ぶことはない。

 寧ろ、彼を困らせる結果にしかならないだろう、と。以前、カグヤの親友であるキッカが助言してくれていた。

 ……多分、その通りなのだろうとカグヤも思う。


 シグレは優しい。

 きっとシグレはもう、カグヤのことなど許している。

 いや―――そもそもシグレは初めから、カグヤを非難する気持ちなんて、少しも持っていないのではないかと。そんな風にさえ思うが。


「………」


 工房の炉の前で、無心でカグヤは鉄床の上にハンマーを振り下ろす。

 以前、雑談の折にシグレが「不思議と料理をしているときが一番考え事が捗る」と言っていたことがあるが。その気持ちが、カグヤにも良く判る。

 カグヤにとってもまた、幼い時分よりずっと続けてきた鍛冶仕事に従事している最中こそが、何より考え事が捗る時間だった。


 カーンカーンと、鉄床が奏でる小気味よい音が工房の中に響く。


 ―――いま、カグヤの思惟にある感情は二つ。

 ひとつは、どうにかしてシグレに詫びたいという謝罪の気持ち。

 そしてもうひとつ、カグヤの胸の裡で膨らんでいる感情がある。それはカグヤが生まれてこのかた、初めて誰かに対して抱く感情―――『恋心』だった。


(……だって、命を救われてしまった)


 シグレのことを思うと、自然とその顔や姿がカグヤの心の中で像を描く。

 思い返しているうちに、カグヤの頬にうっすらと紅が差した。


 シグレは自分の危険を顧みず、カグヤのことを護ってくれた。

 自分の『命』を厭わずに、カグヤの『命』を救ってくれた。


 まるで……お伽噺か、もしくは詩人が謳う物語のようだとも思う。

 都市の流行に合わせて詩人が作る謳う小さな英雄譚では、勇気ある男性の戦士が危機に陥った女性を救うような場面が、しばしば登場する。

 そうした物語には、死と無縁である『天擁(プレイア)』の男性がその命を賭して『星白(エンピース)』の女性を護る、といったシチュエーションで謳われるものも少なくは無い。


 女心に響くものが、無いはずもなかった。


 詩人の物語に頻出するような美丈夫とは違い、シグレは体付きが逞しいわけでもなければ、勇猛な性格の持ち主というわけでもない。

 けれども―――代わりにシグレは聡明であり、そして誰よりも優しい。

 恋情対象という観点から男性を見定めるならば。それは単純に逞しいというだけよりも、ずっと優れた、魅力的な男性の一面としてカグヤの目には映る。


 それにシグレは魔術師として、他に類を見ないほど優秀な掃討者だ。

 攻撃に妨害、補助に治療。あらゆる術師職の、数え切れない種類のスペルを常に駆使し続けるその洗練された戦闘スタイルは、もはや『魔術師』と並べて評価して良いものでは無いとさえ思える。


 掃討者ギルドから『二つ名』を認定された、多くの著名な掃討者がそうであるように―――他者に真似のできない、独自の戦い方を確立している掃討者は、強い。


(私は、シグレさんのことが……)


 ―――好きだ、と。

 胸の裡でいちど吐き出せば。ますますもって、その心は疑いようもなくなる。


(まずは……こんなにも『好き』なんだって、伝えられるようにならないと)


 シグレに護って貰えたのは、嬉しかった。

 けれど、カグヤは掃討者であり、シグレと共に戦う立場なのだ。

 護られるだけでいい筈が無い。前衛職の〈侍〉であるカグヤは、シグレを護れるだけの強さを身に付けて初めて、シグレと共に歩ける仲間になれるのだと思う。


 胸の裡に溢れる『好き』という気持ちを告白するなら。まずはシグレに相応しい掃討者にならないといけない。

 幸い―――というべきか、多すぎる天恵を抱えるシグレは、成長が致命的に遅いという欠点を併せ持つ。

 常にシグレの狩りに同行しているだけでも、カグヤはシグレよりも早く成長することができ、彼に『頼られる』だけの強さを身に付けることも可能だろう。


(もしシグレさんに誘って貰えたら……どこでの狩りにだって、着いていこう)


 カグヤはそう、心の中で決めていた。

 だから雨期がようやく開けて間もない頃に、シグレから「ヒールベリーの採取に行こうと思うのですが、よろしければカグヤも一緒に行きませんか?」と念話で誘われたときにも、カグヤは歓喜しながら一も二もなく快諾したのだった。



     *



 ―――そう思い、今回の採取行では頑張ろうと覚悟を決めていたというのに。


(なんで、こんなことに……!?)


 渓流で待っていたカグヤは、森の中から戻って来たシグレの姿を見つけたとき、まずは彼が無事に戻って来たことを喜んだ。

 けれど―――その一瞬あとには、カグヤは信じられないものを見て硬直する羽目になる。

 シグレの左腕をひしと掴んで、まるで恋人か何かのように寄り添いながら歩く、フードを被った少女の姿がすぐ隣にあったからだ。


「………!?」


 その少女が、シグレが念話で話していた、森の中で『結界スペル』を行使していた相手であろうことは、カグヤにも察しがつく。

 でも……どうしてその少女が、シグレと寄り添っているのかが判らない。

 念話での話し方から察するに、この少女とシグレとは、おそらく初対面である筈なのだ。だというのに、どうしてこんなにも二人の距離は近いのだろう。


「し、シグレ……こ、こちらの人、は?」

「ええと……。どう……説明したものでしょうか」


 微かに震える声になりながら、カグヤのすぐ隣からエミルがそう問う。

 質問をぶつけられたシグレは、少しばつが悪そうな顔になりながら、フード姿の少女を見遣る。シグレの視線の意図を察したのか、少女がこくりと小さく頷いた。


「……別に、私の素性は隠さなくて構わない」

「そうですか……。すみません、要らぬ配慮だったようですね」

「気遣って貰えるのは、素直に嬉しい。……自己紹介ぐらいは自分でしよう」


 ようやくシグレの腕から離れた少女は、数歩カグヤ達の側へ歩み寄ると。目深(まぶか)に被っていたフードを下ろしてから、ぺこりと小さく頭を下げた。

 フードの中から現れたのは、新緑の中で宝石のように輝く、綺麗な瑠璃色をした髪だった。

 あまり、この辺りに住む人には見られない髪色だ。


「私はユーリ。……ユーリ・エルエンフェア・クリュムと言う。よろしく」

「……森林種の祖(エルエンフェア)、ですか? この森に住むという『白珂護(クリュサ)』の?」

「知っているなら話は早い。……それで、合っている。ユーリと呼んで欲しい」


 驚きと共に発されたライブラの言葉に、ユーリと名乗る少女が肯定で答えた。

 氏族名か何かと思われる『クリュム』というのは判らないが―――森林種の祖(エルエンフェア)と呼称される種族、『純血森林種(ハイ・エルフェア)』のことは、カグヤも少しだけ知っていた。


 種族としての純血を何よりも尊び、それに拘る『森林種(エルフェア)』だ。

 『純血森林種(ハイ・エルフェア)』は他種族はもとより、他の種族の血が少しでも混じっていれば同族さえも拒絶する。

 だから『純血森林種(ハイ・エルフェア)』の集落では、古い血をそのまま受け継ぐ『森林種』だけが暮らす。長寿の血を色濃く持つだけに寿命は長く、一千年を生きるとも、それ以上とも言われている。


「以前に『純血森林種(ハイ・エルフェア)』の方は、他種族と一切の交流を持たないと耳にしたことがありますが……?」


 他種族を拒絶する種族である彼女がなぜ、先程まで『銀血種(シェリテ)』であるシグレの腕に引っ付き、寄り添っていたのか。

 どこか納得がいかない気持ちから、カグヤがそう問うと。


「概ねは、合っている。でも……『一切』という程ではない。私達だって他種族の人と関わる機会ぐらいはある」

「えっ、そうなんですか?」

「そう。例えば、集落を出て『王都アーカナム』にまで買い物に行くことぐらいは普通にある。森の中で手に入る物は限られるから……」


 ユーリの言葉に、なるほどとカグヤも納得する。

 魔物が生息する森の中では畜産や農業なども難しいだろうし、強い火を扱う鍛冶場なども設けることは難しいだろう。

 完全に閉鎖して暮らすよりは、近隣都市の流通を適度に利用するほうが暮らしが豊かになる。森暮らしの『森林種(エルフェア)』が手掛ける木工品や薬、霊薬などは市場で珍重されるので、都市にとっても利のある話だ。


「……それに、他種族と言っても例外はある」

「例外、ですか?」

「『純血森林種(ハイ・エルフェア)』にとっては、シグレの『銀血種(シェリテ)』がそう」


 そう告げるや否や、ユーリは再びシグレの傍に駆け寄り、その片腕に寄り添う。


「『銀血種』はその魔力と引き換えに、生殖能力を一部失った種族でもある。同族相手では子を作れないし、他種族が相手ならば子を作ること自体は可能だが、産まれるのは必ず相手種族の子だけだ。銀の血は決して子に継がれない。

 ……逆に言えば、相手種族の血を汚さないとも言える。『純血森林種(ハイ・エルフェア)』は種族の血が汚染されるのを嫌うが、『銀血種』が相手ならその心配は皆無と言っていい。まさに理想的な相手」

「そ、それは、どういう……?」


 問い返す傍ら、頭の中で浮かぶ嫌な予感に、カグヤの頬を嫌な汗が伝う。

 経験上、こうした悪い予感ほど得てして当たる物であることを、これまでの人生からカグヤは重々に理解している。


「―――つまり私は、シグレとなら子を作るのも良いと思っている」


 ユーリがはっきりと宣言したその言葉は。その場にいる全員から言葉を奪い取るのに充分なだけの、圧倒的な破壊力を有していた。

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