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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
4章 - 《創り手の快楽》

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96. 出直し採取行 - 8

 


     [7]



『そうですか……。シグレさんと同じ種族の方はいらっしゃいませんでしたか』

『ええ、残念ながら。詳しい話は後ほど、都市へと戻る道すがらにでもお話ししますが。ただ、結界スペルを行使されていた方とは会えましたし、色々と有益な話も聞かせて頂くことができました』

『あはっ、それなら良かったです。その……シグレさんから連絡が無かったものですから、もしかしたら相手の方と戦闘になっているのではと、エミルさんと一緒に少し気にしていましたので』

『それは……心配を掛けたようで、申し訳ありません』

『いえ、こちらが勝手に心配したことですから。では私達は、シグレさんが戻って来られるまで、渓流から動かずに時間を潰していますね』

『ええ、お願いします。なるべく早めにそちらへ戻りますので』


 カグヤとの念話を終了してから、シグレはひとつ深い溜息を吐く。

 どうやら渓流に残してきた皆に、無用な心配をさせてしまったようだ。


 少女との会話中に、唐突にカグヤから念話で話しかけられたものだから。シグレは一瞬、向こうで何かあったのかと早合点し、内心で僅かに焦りもしたものだが。

 そういうわけではなく、単にシグレの戻りが遅いものだから、こちらを心配して念話を送ってくれたらしい。

 あの後、少女と『魔具』に関する話に興じるのが面白くて、思わず時間を忘れて話し込んでしまっていたが。まずは待たせている皆に一報を入れておくべきだったと、今更ながらにシグレは猛省する。


「……念話は、終わった?」


 森の樹冠を抜けて差し込む、一条の木洩れ陽。

 その光線の根本に佇み、倒木に腰掛けた瑠璃色の髪をした少女が。シグレにそう訪ねる一方で、どこか楽しげに、くすくすと小さな笑い声を漏らした。


「……シグレは、念話で話している相手に向かって、おじぎをする」

「う……。変でしたか?」

「うん、変。でも……見ていて、少し面白い」


 そう言って、少女は再び可笑(おか)しそうに、くすくすと声を漏らす。


 こちらの世界に住む人達は、念話中に思わず頭を下げてしまったりはしないのだろうか。

 もうひとつの―――現代世界の側でも、電話で誰かと話している際には無意識のうちに何度も頭を下げてしまうシグレからすれば。電話と同じ感覚で利用できる、こちらの世界の『念話』でも変わらず同じ行動をしてしまうのは、仕方の無いことでもあった。


(たぶん、キッカやユウジも似たようなものだとは思うけれど)


 シグレと同じく、現代日本で暮らす二人になら、シグレの気持ちも判って貰えることだろう。


「そういえば……。コノハもよく、シグレみたいに……念話で話している相手に、頭をへこへこと下げていたのを覚えている。……あれも見ていて面白かった」

「……もしかして、そのコノハさんも『天擁(プレイア)』だったりしますか?」


 それは、何の気無しに訊き返した言葉だったのだが。

 シグレのその問いに、少女は少なからず驚いた様子を見せた。


「……ご名答。どうして、判るの?」

「ああ、いえ……。僕と同じ『天擁』の人なら、たぶん反射的にやってしまうことなので」

「ふむむ……?」


 不思議そうに、少女は首を傾げてみせる。

 どうにも得心がいかないらしく、少女は何か物言いたげな視線をシグレに向けて投げかけて来たが。

 嘘はついていないし、かといって上手く説明できるようなことでもないので、シグレは何も言わずに苦笑することしかできなかった。


 上目遣いにシグレの顔をじっと見上げてくる少女は、ふと、思い出したかのように「そういえば」と言葉を紡いだ。


「……シグレは少し、コノハに似ている気がする」

「そう……なのですか? ですが、名前から察するに、コノハさんという方は女性なのでは?」

「ん。シグレの言う通り、コノハは私と同じで、女のひと。……でも、似てる」


 兄弟姉妹や親子関係といった血の繋がりでも無い限り、あまり男女の間に於いて『似ている』という表現は、使われないもののようにも思うが。

 けれどそれは―――例えば、日本人にとって外国の人達の見分けが付かず、髪や肌の色さえ近ければ、大抵は似たような人物に見えてしまうのと同じことかもしれない。

 ましてコノハという女性とシグレはどちらも『銀血種』なので、肌の色素は日本人のそれよりも薄くなってしまっているし、髪に関しては脱色でもしたかのような色になってしまっている。

 少女が『似ている』と思うのも、無理ないことかもしれなかった。


「シグレとコノハは……そう、雰囲気が似ている。とても、よく似ている」

「コノハさんは、僕と年齢が近いのですか?」

「……シグレの歳は、いくつ?」

「19ですが……」

「コノハは昔、自分のことを88歳だと言っていた」

「おばあちゃんじゃないですか……」


 似ているのなら、きっと同年代なのだろう―――そう思っていたシグレは、あまりにも想定外すぎる回答に、がくりと力なく項垂れる。

 さすがに自分の四倍以上もの時間を生きている人に『似ている』と言われても、一体どう反応したら良いのだ。


「……でも、本当に、似ている。シグレの持つ雰囲気の……落ち着いた空気とか、温かな言葉の話し方とか。そういうものがコノハと、とても良く似ている」

「そうですか……」


 シグレからすれば、はっきり『()けている』と言われているようなものなので、もう苦笑するしかない。

 毎日病室を訪ねてきてくれる妹から、しばしば『兄様は老成しすぎています』と言われたりもするシグレではあるが。

 妹以上に幼いであろう少女からも、同じことを言われてしまうと……ちょっぴり心に堪えるものがあった。一応まだ未成年なのだが……。


「……コノハもよく、今のシグレみたいに、困ったような笑顔を私に向けていた」


 シグレの心情とは裏腹に、少女はどこか嬉しそうにそう口にする。

 やや複雑な心境ではあったが……。『似ている』らしいことを少女が喜んでくれるなら、老けているのも悪いことばかりではないだろうか。


「シグレ」

「はい?」

「あなたに……とても興味が湧いた」


 手に持つ『魔力の導管』。その棒の先端を、少女はシグレの顔へと向ける。

 打者(バッター)からバットの先端部を向けられた投手(ピッチャー)よろしく、まるで宣戦布告か何かでもされているかのような気持ちに、シグレはなった。


「え、ええと……?」


 ―――興味が湧いた、と。

 真っ直ぐに目を見て、そう言われても。シグレはどう反応して良いか判らない。


「昔、コノハが私に言っていた……。こちらの世界に来る『天擁』の人はきっと、誰もが優しい人ばかりだから。男性に興味を持つなら、良い相手ばかりだと。

 シグレは『天擁』で……そしてコノハの言っていた通り、優しそう。私も誰かを好きになるのなら、そういう相手の方が好ましい……と、思う」

「……え?」

()しくもシグレは、コノハと同じ『銀血種』で、そして〈魔具職人〉でもある。そして、とても都合の良いことに……あなたはコノハと違って、男のひと。

 女として生を受けた私としては、これほど都合の良いこともない」

「な、何を……?」

「ユーリ」


 少女はシグレの片手を取り、その手のひらを自分の頬に宛がう。

 初めは冷たく感じられた少女の頬は、触れているとすぐに温かくなった。


「ユーリ・エルエンフェア・クリュム。シグレには私を、ユーリと呼んで欲しい。もちろん気安く呼び捨てにしてくれて構わない。

 ……名は長いが、別に私は貴族ではない。クリュムというのは私の氏族名である『白珂護(クリュサ)』のこと。エルエンフェアとは―――」


 頬に宛がっているシグレの手のひらを、ユーリは少しだけ上に持ち上げる。

 すると、シグレの手によって掻き上げられた綺麗な瑠璃色の髪、その内側から、細長く尖った耳がお目見えした。


 明らかに―――人間のものではない。『森林種(エルフェア)』の耳だ。

 けれどユーリの耳にあるそれは、何度か目にする機会のあった『森林種』であるルーチェの耳よりも、ずっと細くて長いものだった。


「……エルエンフェアは、他種族と血が混じらない生粋の『森林種(エルフェア)』だけが名乗ることを許される、神聖で特別な名前。

 こんな見た目だが、私はシグレの十倍以上を生きている『純血森林種(ハイ・エルフェア)』だったりもする。……シグレが歳上の女を嫌いでないなら、どうぞよろしくお願いする」


 そう告げて、ユーリはぺこりと頭を下げる。


 ―――自分が初対面の少女から、プロポーズに近い言葉をぶつけられたのだと。

 そのことをシグレが正しく理解するまでには、いま少しの時間が必要だった。




                - 4章《創り手の快楽》了

 

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