95. 出直し採取行 - 7
「何度でもスペルを発動できる魔具……。なるほど、そういう物があるのですか」
フードを被った少女が、目の前すぐ近くにまで『魔力の導管』を差し出してきてくれたので、シグレは余す所なくアイテムの詳細を見て取ることができた。
シグレの中に備わった『職人』としての鑑識眼が、このアイテムの製作レベルの高さを鋭敏に感じ取る。
この、とても細長い棒の中に。『魔具』としてかなり緻密な造り込みが詰まっていることが、シグレには正しく理解できた。
シグレは10種全ての生産職天恵を有しているが。その中で、現時点で手を出すことができている生産職は、全部で5種類。―――いや、6種類。
『細工』と『付与』、『調理』と『縫製』。そして、最近になって何かと多用する機会が多くなった『造形』。
それから―――『魔具』の生産についても、既にある程度は体験済みだった。
つまり、シグレは既に『魔具職人ギルド』を訪ねたことがあるし、ギルド職員の人から何度か対面での講義や、生産指導などを受けたこともあるのだ。
シグレが初めて『魔具職人ギルド』を訪ねようと思ったのは、殆ど『定期的』と言えそうな頻度でバルクァードの肉を納めている『バロック商会』のゼミスから、雑談の折に〈魔具職人〉に関する話を耳にしたからだ。
なんでもゼミスが言うには―――生産職の中で最も『術師職』との関連性が深い職業が、他でもない〈魔具職人〉であるらしい。
そういう話を聞かされれば、全ての『術師職』天恵を有しているシグレが即座に興味を駆り立てられるのも、無理からぬ話だった。
また、ゼミスは〈魔具職人〉という職業が、ここ『王都アーカナム』の都市内に於いて、最も天恵の所持者が少ない生産職であることも教えてくれた。
『魔具職人ギルド』を管理している代表者はゼミスの友人であるらしいのだが。天恵を所持している人が非常に少ない為に、施設を利用する職人も滅多におらず、随分と前から『魔具職人ギルド』には閑古鳥が鳴いてしまっているらしい。
共に酒を飲む機会の度に、そのことについて愚痴られている―――と、ゼミスは苦笑混じりにシグレに話してくれた。
―――それほど閑散とした状況であるなら、『魔具職人』について何も知らないシグレのような初心者が急に訪ねても、先方の迷惑となることは無いだろう。
そのように考えたシグレが早速、翌日の朝方から『魔具職人ギルド』を訪問してみると。案の定というべきか―――窓口の机で暇そうに突っ伏していたギルド長は、すぐに欣喜雀躍といった様子で飛び上がり、シグレを大歓迎してくれた。
他に誰も施設の利用者が居ないので、シグレが『魔具職人ギルド』を訪ねれば、いつでもギルド長自らによる付きっきりの個人指導を受けることができる。
生産を学ぶ上で最高の環境が用意されるのだから、上達しない筈が無かった。
(……随分と変わった魔具だ)
少女が持つ『魔力の導管』を改めて見詰めながら、シグレは内心でそう思う。
〈魔具職人〉の天恵を活かし始めてからまだ日は浅くとも、ギルドを訪う度に濃密な指導を受けてきたシグレは―――職人としての技術面はともかく、『魔具』に関する知識面では既に初心者の域にはない。
ギルドに保有されている数々の高度な魔具。その実物の数々をシグレは生で見せて貰っているし、それらの魔具の設計構造について、ギルド長から直々に説明を受ける機会も得ることができていた。
生産職のレベルが不足しているので、あくまでも口頭での説明を受けるだけで、レシピ自体を貰うことはできず、同じ魔具をシグレ自身が作れるわけではないが。
とはいえ、レベル『5』の職人としては分不相応な程、シグレが〈魔具職人〉として育まれた見識を有していることは事実だった。
しかし、そのシグレをして―――この魔具は『訳がわからない』。
アイテムの説明によれば『魔力の導管』は、余剰魔力を吸収・蓄積させることで装備者が【偏向結界】のスペルを行使できるようにするものであるらしいが……。
確かに、魔具の中に「スペルを行使できる」類のアイテムは実在する。
けれど、それらは通常、1回きりで使い捨てる『消耗品』なのだ。
多くとも『数回』使えば力を失う程度の魔具までしか存在せず、相当量のMPを蓄えれば『何度でも』使用可能な魔具というのは、聞いたことが無かった。
―――『魔具』というものは、大きく分けて二種類存在する。
ひとつは、魔力を秘めた宝石である『魔石』をセットすることで内包されている魔力を引き出し、エネルギーとして活用する道具のことだ。
世間一般で『魔具』と言えば、大抵はこのタイプの魔具のことを指す。
代表的なものを挙げるなら、都市に設置されている『街灯』などがそれだ。
都市に設置されている街灯には必ず魔石を挿入する箇所が備わっており、そこに何でも良いので魔石を―――例えばオークを討伐した際にドロップすることがある『ルブラッド』などをセットすれば良い。
そうすれば『ルブラッド』から引き出された魔力を元に街灯型の魔具は動作し、およそ数ヶ月程度は絶え間なく周囲を明るく照らし続けてくれる。
シグレの住む『王都アーカナム』の街並みは深夜でも明るいが、これは都市内の主だった街路の至る所に、この『街灯』型の魔具が設置されているからだ。
このタイプの魔具は要するに、動作に『魔石』という電池を必要とする電気製品のようなものだと考えれば判りやすい。
実際、この手の魔具は内部構造の作り的にも、ごく簡単な電気製品のそれと殆ど同じであったりもする。
ギルド長から様々な魔具を見せられ、その作りについての説明を受けるだけで、すぐにシグレが『魔具』の構造を理解することが出来たのは。偏にシグレが、頭の中で『電気回路図』ならぬ『魔具回路図』を描き出すという、現代的な考え方をすることが可能だったからに他ならない。
もうひとつある魔具の種類は、巻物や魔符などと呼ばれる、誰でも一度だけスペルを行使することができる、使い捨てのアイテムのことだ。
こちらはあまり、一般的には『魔具』と呼称されることが無い。掃討者を生業としている人であれば知識として知っているアイテムではあっても、都市で生活する一般市民にとっては、そもそも触れる機会自体が無いアイテムでもある。
とはいえこのタイプのアイテムも、生産者が〈魔具職人〉の天恵持ちに限られる以上は『魔具』であることに変わりない。
ゼミスが言っていた〈魔具職人〉の天恵が『術師職』と関連深いという話題は、正にこのタイプの魔具を指しての言葉だろう。
スペルを行使できる使い捨ての魔具は、材料が揃っていれば〈魔具職人〉ならば誰でも作れる、というわけではない。それどころか―――大抵の『魔具職人』には製作不可能な高難易度アイテムでさえある。
と言っても、生産に高度な『レベル』や『スキル』、もしくは『能力値』などが求められるわけではない。
―――求められるのは『天恵』だ。
スペルを籠めた『魔具』を作れるのは、スペルを行使できる〈魔具職人〉だけ。
つまり〈魔具職人〉本人が『術師職』の天恵を有していない限り、このタイプの魔具は絶対に作ることが出来ないのだ。
「……シグレ?」
考え事に耽っていたシグレを、すぐ傍で少女が零した小さな声が引き戻す。
自分の名前が少女の口から出て来たことに、一瞬だけシグレは戸惑ったが。よく考えれば、先程シグレは背を向けたまま少女に対して一度名乗っているのだから、少女がシグレの名を知っているのは当然のことだった。
―――今いちど、シグレは少女の手にある『魔力の導管』を見詰める。
・スペルを行使するタイプの『魔具』だが、これは使い捨ての品ではない。
・アイテムの構造的には、街灯と同じタイプの『魔具』であるように見える。
・しかし、この棒の中に『魔石』を収納する部位は備わっていない。
・そもそも、魔力を『蓄える』ことが可能な魔具など、聞いたこともない。
見れば見るほどに、それは―――訳がわからない『魔具』としか思えなかった。
「……もしかして、シグレは〈魔具職人〉?」
あまりにも、まじまじと『魔力の導管』を見つめすぎたせいだろうか。
首を傾げながら、訝しげに少女がそう問いかけてきて。慌ててシグレも首肯することで少女に応えた。
「そう、なんだ……」
僅かに嬉しそうな声色になりながら、少女はそう呟くと。
「……シグレの手で。直接……触って、みて?」
更に一歩シグレの側に歩み寄り、少女はより近しい位置にまで『魔力の導管』を差し出してきた。
「……あなたが本当に『銀血種』で……そして〈魔具職人〉でもあるのなら……。きっと、一度これに触ってみれば、判る……」
少女の言葉の意図する所は、あまりシグレにも判らなかったが。そう促されれば、実際に触れてみないことには始まらない。
シグレは少女の手から『魔力の導管』を受け取り、実際に手に取ってみる。
すると、初めて触れる筈の『魔力の導管』は―――まるで長年連れ添った武器であるかの様に、しっくりとシグレの手と魔力に馴染んだ。
「―――えっ?」
それが、どうしてなのか。シグレにも一瞬判らなかった。
普段使っている『赤子杉の細杖』よりも、ずっと自分に適合する感覚。
(銀で出来ているから、だろうか……?)
『銀血種』であるシグレは、種族特性として『銀』との親和性が高い。
だから、ほぼ全てが銀で作られている『魔力の導管』との相性が良い、というのは理解出来る話ではある。
けれども同時に―――単純に『銀』であるから、というだけには留まらない特別な何かが、この『魔力の導管』の中から感じられるような気がするのだ。
まるで自分の身体の一部であるかのような、既視感にも似た感覚。いや、身体の一部と言うよりは、己の血潮の一部であるかという感覚のような―――。
「涙銀……?」
そこまで思考が及ぶと同時に。はたとシグレは、その単語に思い当たった。
体内で循環する、シグレにとって何よりも身近で特別な『銀』。
それと全く同種の気配が、この『魔力の導管』の中から感じられる―――そんな気がしてならないのだ。
「……ん。シグレになら、判って貰えると思った」
嬉しそうにはにかみながら、少女はシグレの出した答えを認めてくれる。
だから先程少女は、発言の中で『銀血種』という単語を用いたのだろう。
そういえば―――以前にルーチェが言っていた。
彼女は確か、戦闘職の天恵は〈召喚術師〉ひとつだけしか持っていないが、生産職の天恵は〈魔具職人〉と〈錬金術師〉の二つの才能を持っていると。
そして、この二種類の生産職に関しては、古い文献を漁る程に『涙銀』を用いた高難易度のレシピがしばしば発見されるのだと―――。
だとするなら、少女が手に持つ『魔力の導管』もまた、その類のレシピを参考に作られた『魔具』なのだろうか。
(……ルーチェにこの杖を見せてあげられたなら、彼女は喜ぶだろうか)
ふと、シグレはそんなことを思う。
もしかするとこの『魔力の導管』は、ルーチェが研究している『涙銀』を用いて作成された、ひとつの完成形であるのかもしれない。
「……シグレ。もしかして……それ、欲しい?」
再び、じっとアイテムを見つめすぎていたせいだろうか。
少女からそう問われ、一瞬シグレは言葉に窮した。
欲しくない―――と言えば、嘘になってしまう。
ルーチェに見せたいというのもあるが、それ以上にこの杖は―――『銀血種』であるせいか、シグレにとっては特別な何かが感じられるもので。
こうして手に持つだけで、自分の心が強く惹きつけられるのを意識せずにはいられない。
シグレは今まで自分自身を、物欲が薄い方だと思っていたが。心の中にこれほど強く駆り立てられる執着心が潜んでいたことに、自分のことながら、シグレは驚かされるばかりだった。
「……ごめんなさい。……それは、あげられないの。コノハが私に遺してくれた、とても大切な形見のひとつだから……」
悲しそうな色を瞳に滲ませながら、微かに震えた声で少女はそう告げた。
その『遺す』と『形見』という言い方から。少女が声を震わせた理由について、シグレもすぐに察することができた。
「申し訳ありません。そうとは知らず―――」
「……ううん、いいの。シグレがその杖に、特別なものを感じてくれるのは……。私にとっても、違いなく嬉しいこと、だから……」
慌ててシグレが『魔力の導管』を少女の手に返すと。少女はその小さな杖を胸に掻き抱き、優しく眼を細めて見せた。
その杖の制作者であるコノハという人物は、少女にとって、きっととても大切な相手だったのだろう。
外見だけで言えば、少女はカグヤと同じ程に稚い姿をしているが。過去に悲痛な離別を経験したであろう少女のその表情は、どこか大人びたものにも見えた。




