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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
4章 - 《創り手の快楽》

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94. 出直し採取行 - 6

 


     [6]



 渓流のそばから離れたシグレは北側の森へと少しだけ侵入し、先程スペルの気配が感じられた辺りにまで接近する。

 シグレひとりだけの単独行動だ。使い魔である黒鉄を含めて、仲間は全員渓流のそばに残してきた。


 【偏向結界】は『魔物避け』として役立つスペルであると同時に、『人避け』の機能を併せ持ったスペルでもある。

 まだ見ぬ〈銀術師〉の術者が『魔物』と『人』のどちらを避けるためにスペルを行使しているのかは判らないが。他者を避ける類のスペルが使われている地点に、多人数で乗り込むような物々しい真似をすれば、相手の警戒心を煽る結果になることは想像に難くない。


 シグレの目的は、あくまでも自分と同じ『銀血種』であろう相手との『対話』に他ならないのだ。

 相手に悪印象を持たれかねない行動は、可能な限り慎むべきだろう。


(……それなりに人が出入りしている形跡があるな)


 森の中を歩く傍らで、すぐにシグレはそのことに気付かされる。

 自然が多い場所は、人や魔物が通行した際にその痕跡を色濃く残す。通行の為に草や梢を押し分けた跡や、腐葉土の上に残された足跡などがそうだ。

 いま【偏向結界】が行使されているエリアには、何度も人が出入りした痕跡が、明瞭に残されていた。


(小さい足……子供の足跡、かな。どれも同じサイズだから、たぶん複数人というわけじゃない。きっと同じ人物だけが、何度も出入りしているんだろう)


 痕跡を調査するスキルなどは修得していない筈なのだが、意識を集中させて地面を眺めるだけで、シグレは容易く相手が残している痕跡を判別することができる。

 おそらくは〈斥候〉という職業自体に、備わっている能力なのだろうか。


 意を決して、シグレは【偏向結界】の効果範囲内に侵入する。

 【偏向結界】はあくまでも、明確に進路を定めず探索している相手の進行方向を僅かに逸らすことで、侵入を阻むというだけのものでしかない。

 【偏向結界】の影響範囲を見極めており、意図してその中に侵入しようと試みるシグレにとっては、当然ながら何の妨げとしても機能することはなかった。


 広域結界系のスペルは殆どの場合、結界の境界線に他者が近づくだけでも術者は、それを感知することができる。少なくとも結界の中へと侵入すれば、それは確実に術者の知る所になると考えて良い。

 だからシグレの存在は、すぐにこの結界を作成した術者にも伝わった筈だ。


(見える範囲には、人の姿は無い、か……)


 結界の有効範囲は半径10メートルほどの円形。開けた場所であれば、さして広い範囲でもないのだろうが。視界を遮るものが多い森林の中では、一度に全域を見渡せるほど狭い範囲でもない。


「えっと―――すみません、どなたかいらっしゃいませんか?」


 結界範囲内には充分に届く声量で、シグレはそう呼びかける。

 けれど、その言葉に対する返答はない。森林独特の静かな自然音だけが、辺りの一面に広がっていた。


(……明らかに人の手が入っている)


 周囲の景観に視線を這わせながら、シグレは心の内でそう確信する。

 新緑ばかりが溢れる自然な光景の中で、ぼんやりと意識される『不自然』さ。

 例えば、空を見上げると不自然に途切れた林冠があり、この区画にだけは太陽の光が充分に降り注いでいる。

 本来は枝葉と蔦の葉で埋め尽くされるはずの天井が、何らかの方法で剪定されているのだ。自然の中で生じる草木の生存競争が、この区画でだけは人の手によって歪められている―――そのことが、はっきりとシグレには判った。


 その目的もまた、シグレには見て取ることができる。

 周囲の景観に比して目立たないよう、区域内に分散して配置された広葉樹。まだ紅葉の季節には遠い筈なのに、その木は僅かに赤んだ葉を広げている。

 シグレの身長のちょうど倍ほどの高さがあるから、樹高は3メートル半といった所だろうか。


(どうやらこの区画は、この樹木の育成のために用意された環境らしい)


 辺り一帯を眺めながら、シグレはそのように推測する。

 3メートル半という樹高は灌木と呼ぶほど低くはないものの、この森を形成している高木群に較べればずっと低い。

 天井を本来有るべき林冠が埋め尽くしていれば、この木は森林内での生存競争に敗北し、遠からず朽ちていく運命にあるだろう。


 ―――けれど、隙間だらけにされている林冠が木洩れ日を齎し、その命を繋いでいる。

 というより、おそらくはこの木自体が何らかの方法で外部から持ち込まれ、植栽されたものだろう。だから周囲環境にそぐわない樹木が、この区域にだけ存在しているのだ。


「この木が、何か価値のある素材を齎してくれる、ということかな……?」


 誰にともなく、シグレがつぶやいた小さな声。

 その声に反応したのか。シグレの背後にある草叢(くさむら)の中で、僅かに何かの気配が揺れるような感覚があった。

 結界が機能しているのだから、その気配は『魔物』によるものではないだろう。そもそも魔物がこの場に存在しているならば、気配よりも先にまず《魔物感知》のスキルでシグレは察知することができる。


 背後を振り向かないまま、シグレは《千里眼》で視界を自分の背後に飛ばして、その気配に探りを入れてみる。

 ライブラから追跡(ストーキング)されていた際によく使った手法だが。手慣れているだけに、相手に気取られることなくシグレはその正体を突き止めることに成功した。


(……ああ、完全に警戒させちゃってるなあ)


 《千里眼》が伝えてくる視界を見確かめながら、シグレは内心で苦笑する。


 ―――気配の正体は、フードがついた灰色のローブを纏う、小さな少女だった。

 背はカグヤよりは少しだけ高いように見えるが、妹よりは低いだろうか。小柄な女の子は草叢に身を隠しながらも、警戒心を露わにした目でシグレのほうをじっと観察し、見定めようとしている様子だった。

 深めに被られたフードのせいで、顔立ちはあまりよく判らない。ただ、フードの隙間から零れている三つ編みの房が見えるお陰で、瑠璃色の髪をした少女なのだということだけが、かろうじて判別できる。


(平和的に話ができれば、それが一番いいのだけれど……)


 怯えを色濃く見せる少女の表情を見る限りでは、どうにも難しそうに思える。

 相手の迷惑となることは、シグレにとっても本意ではない。ここは結界内に踏み込んでしまったことについて一言詫びてから、早々に立ち去るべきだろう。


「えっと―――背中を向けたまま失礼致します。僕は掃討者をしている、シグレと言います」


 できれば相手の顔を見て話したいが、ここでシグレが少女の側を振り返っては、更に彼女を怯えさせることになりかねない。

 無作法は詫びた上で、シグレは背を向けたまま少女に語りかける。

 ―――もちろん、実際には《千里眼》で少女の顔を見ながら、シグレは語りかけることができるのだが。


「今日は仲間と共に、渓流まで『ヒールベリー』の採取に来ていたのですが。先程こちらのほうで〈銀術師〉のスペルが行使された気配がしましたので、術者の方にお会いしたいと思い、勝手ながら結界の中へ入らせて頂きました。

 ですが、申し訳ありません。そちらのご迷惑となってしまったようです。すぐに退去させて頂きますので、すみません、もう少しだけ我慢をして頂けますか」

「………………銀術師、の、スペル?」


 枝葉が奏でる小さなさざめきにさえ、掻き消されそうな程の微かな声で。

 背を向けたまま立ち去ろうとしたシグレを、少女の声が引き留めた。


「この結界は〈銀術師〉スペルの【偏向結界】ですよね? 僕が何か他のスペルと勘違いしていなければ、ですが」

「うん、間違ってはない……。あっている」


 シグレの背後から、ガサガサと草叢が揺れる音が聞こえてくる。

 隠れるのをやめたフード姿の少女が、木洩れ日の下へと姿を晒していた。


「……ん。あなたの要望に、応じる。……私も、あなたと話がしたい」


 消え入りそうな小さな声だが、不思議と少女の声ははっきりと耳元に届く。


「綺麗な……本当に綺麗な、銀の髪をしている。あなたは、銀血種?」

「ええ、そうです。―――あなたも、ですよね?」


 髪の色が『銀』や『白』といった色になるのは『銀血種』の種族特徴でもある。シグレはそのことを、この世界に初めて来る際にゲームスタッフの深見から聞いて学んでいた。

 もちろん銀髪や白髪だからといって、必ずしも『銀血種』であると確定するわけでは無いだろうが。この場においては、少女がシグレの髪を見てそう推測するのは理解出来る話だ。


 そして〈銀術師〉のスペルを行使するためには、種族が『銀血種』でなければならない。戦闘職としての〈銀術師〉は、『銀血種』にしか得られることのない天恵であるからだ。

 だから〈銀術師〉のスペルを扱う彼女は、シグレと『同族』である筈で―――。


(……あれ?)


 そこまで思考が及んでから、今更ながらにシグレは自分の考えの中に酷い矛盾があることに気付かされる。

 思わずシグレが背後を振り返ってしまうと―――。少女は先程まで見せていた、怯えるような表情が何かの嘘であったかのように。どこか嬉しそうに頬を緩めて、向き直ったシグレへと微笑み掛けてくれた。


「……私は『銀血種』の人が好き。かつて私の傍に居てくれて、優しくしてくれた人が、そうだったから……」


 どこか少しだけ淋しげな声で、少女はそう零してから。

 でも、ごめんなさい―――と。更に少女は言葉を続けた。


「生憎と、私は……見ての通り『銀血種』ではない」


 少女はそう告げて、深めに被っていたフードをふわりと下ろす。

 中から現れたのは、やや無造作感の漂うセミショート程度の長さの髪で。事前にシグレが《千里眼》で確認していた通り、それは鮮やかな瑠璃色をしていた。

 いや、無造作というよりは―――実際にあまり手入れをしていないのだろうか。

 随分と伸びてしまっている彼女の前髪は……少なくとも片目を、ともすれば両方の眼をすっぽり覆い隠してしまいそうに長い。

 日常生活に少なからず支障が出てしまわないのだろうかと、シグレが思わず心配しそうになる程だ。


 ともあれ―――『銀血種』ならば、髪は『銀』か『白』を示す筈だ。

 深見から教わったその情報が間違っていないなら。確かに……彼女は『銀血種』ではないことになる。

 しかし一方で、この場に展開されている【偏向結界】は、間違いなく〈銀術師〉のスペルでもあった。

 彼女が『銀血種』ではなく、当然〈銀術師〉でも無いのだとすれば。


(それなら―――誰が、このスペルを行使したのだろう?)


 シグレがそう考えてしまうのも当然のことで。

 少女にも、シグレが抱いた疑問が察せられたのだろう。彼女は〈インベントリ〉からひとつのアイテムを取り出し、シグレにそれを見せてくれた。




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 □魔力の導管/品質[86]


   物理攻撃値:0

   スペル[知恵]補正:+6 / スペル[魅力]補正:+6

   装備に必要な[筋力]値:5


   〔スペル発動可能:【偏向結界】〕

   〔MP蓄積0/480〕

-

  | 魔力の濃い液体に数日浸すことで、変質した銀を材料に用いた細い棒。

  | 装備者に生じたMP回復余剰量を吸収して杖にはMPが自動充填され、

  | 装備者は杖のMPを消費して【偏向結界】のスペルを行使できる。

  | 白珂集落の〈魔具職人〉コノハによって作成された。


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 少女が見せてくれたのは、短杖(ワンド)よりもずっと小さくて細い、指示棒(ポインター)か若しくは指揮棒(タクト)かと見紛うような棒状の道具だった。

 アイテムの詳細を確かめると、それは『魔力の導管』という名前の術師職向けの『武器』であるらしく。そして同時に、スペルを発動させることができる『魔具』でもあるらしい。


「……わかって、もらえた?」


 首を傾げながらそう訊ねてくる少女の言葉に、シグレは頷く。


 この『魔具』で発動可能なスペルは【偏向結界】ひとつだけ。

 つまり、少女はこのアイテムを用いることで〈銀術師〉のスペルを行使していたに過ぎず―――どうやら先程の言葉通り、シグレと同じ『銀血種』というわけでは無いらしかった。

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