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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
4章 - 《創り手の快楽》

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92. 出直し採取行 - 4

 


     [4]



 川沿いの小径をのんびりと歩きながら、ヒールベリーを採取する。

 灌木に成る果実なので採取には苦労しない。手に届く高さにある果実をそのままもぎ取り〈インベントリ〉の中へと収めていく。


「―――【繁茂(ラゼッタ)】」


 採取した木には〈精霊術師〉のスペルである【繁茂】を忘れずに行使する。

 【繁茂】は植物の成長力を増加させ、植物素材が再回収できるようになるまでの期間を大幅に短縮する効果がある。

 こちらの世界―――〈イヴェリナ〉に初めて来たときから修得していたスペルなのだが、実際に行使するのは今日が初めてだ。

 ヒールベリーはもともと短期間で、しかも通年に渡って果実を実らせる。

 なのでスペルで成長力を充填してやれば、かなり短い周期で採取を繰り返すことも可能だろう。




+----------------------------------------------------------------------------------+

 □ヒールベリー/品質[106]


   【素材】  :〈錬金術師〉〈薬師〉〈調理師〉

   【品質劣化】:-6.00/日


  | 黄橙色の果実。季節によって味が変わり、特に初夏頃は豊富に採れる。

  | 初歩的な霊薬の生産素材となるほか、ジャムなどにもよく加工される。


+----------------------------------------------------------------------------------+




(良い質だ……)


 しっかりした張りのある果実は、触れるだけでも上質であることが判るが。アイテムの詳細を見ることで、それはより明確に知ることができる。

 採取したヒールベリーは、どれも品質値が100を超過していた。

 通年採れる果実であるとはいえ、その品質が常に一定というわけではない。

 初夏の今頃に採れるものはとりわけ良質らしいので、このレベルの品質を容易に確保できるのは今だけだろう。


 生産職のレベルが『2』に上がった段階で、シグレは『素材感知』系のスキルを一通り修得してある。

 それは、《鍛冶素材感知》《木工素材感知》《縫製素材感知》《細工素材感知》《魔具素材感知》《付与素材感知》《錬金素材感知》《調薬素材感知》《調理素材感知》の全9種類だ。唯一〈造形技師〉にだけは『素材感知』スキルが無い。

 この『素材感知』系のスキルを修得していると、自分の周囲にある『生産素材』の存在を常に感知することができ、その正確な位置と素材の名前が判る。

 シグレの場合、素材感知スキルの修得ランクは全て『1』だけなので効果範囲は狭く、自分の周囲にある『半径5メートル以内』の生産素材しか感知することはできないのだが。

 それでも渓流沿いの小径を歩いていると『5メートル』という感知範囲に様々な素材が引っかかってくるので面白い。お陰でヒールベリー以外の素材も思いのほか色々と手に入れることができた。




+----------------------------------------------------------------------------------+

 □セダルム/品質[69]


   【素材】  :〈錬金術師〉〈薬師〉〈調理師〉

   【品質劣化】:-0.11/日


  | 清流の河原に生える黄色い薬草。漸次回復の効能がある。

  | 雨後に良質なものが採れやすく、晴れの日が続くほど質は悪化する。


-

 □パサナ/品質[98]


   【素材】  :〈薬師〉〈調理師〉

   【品質劣化】:-0.35/日


  | ナルカ草の塊根。土地を選ばず育つが、特に水場近辺のものは質が良い。

  | 甘くて食用に適するが、花を起点に広範囲に張り巡らされる地下茎の

  | 先端部にのみできるため、感知スキルが無ければ採取は難しい。


+----------------------------------------------------------------------------------+




 中でも頻繁に感知素材に引っかかるのは、セダルムという細長い葉をした薬草とパサナというサツマイモによく似た食材だ。

 川沿いの砂利や小石に入り交じって生えるセダルムは、まだ河原を注視しながら歩けば肉眼でも見つけることが可能だろうが。けれども、ナルカ草の地下茎であるパサナのほうは、地中に埋まっているため《調薬素材感知》か《調理素材感知》のどちらかのスキルを有していない限り、見つけるのは本当に困難だろう。


 『素材感知』スキルを持っていれば、感知範囲にある素材は例え地中にあるものでも容易く見つけることができる。

 〈造形技師〉の能力を活かして、シグレはその場で手持ちの地金(インゴット)を加工し、シャベルのような形状の道具を作成する。位置は判るので、あとは掘り出せば回収するのは簡単だった。


「次は〈錬金術師〉か〈薬師〉の生産に着手されるんですか?」


 様々な素材を逐一回収しながら歩く傍ら、エミルがそんなことを訊いてくる。

 採取した植物素材の殆どには〈錬金術師〉や〈薬師〉の材料であることが明記されているので、彼女がそう思うのも無理ないことだろう。


「そうですね……。正直を言って、生産は現状でやっている分だけでも手一杯ではありますが。こうも素材が色々と手に入ってしまうと、少し手を出してみたい気持ちも沸いてきてしまいますね」

「あはっ、いいですね。シグレさんのそういう、内心で静かに意欲旺盛なところ。格好良くて私も好きです」


 エミルが僅かに顔を赤らめながら、そう告げた。

 かく言うエミルは『生産職』というものをひとつも持っていない。

 自ら才能を選択することができるシグレやキッカのような『天擁(プレイア)』とは異なり、『星白(エンピース)』の人達がどんな天恵を持って生まれるかは運次第だし、そもそも生産職の天恵に関してはひとつも持たずに生まれる例も多いのだと聞く。


(自分の持つ天恵を幾つか、譲ってあげられればいいのにな)


 エミルのことを見つめながら、シグレは内心でそう思う。

 決して憐憫からそう思うわけではない。

 雨期の間に生産漬けの日々を送ったシグレは、すっかり生産の楽しさというものを理解してしまった。なればこそ、同じ仲間であるエミルにも、その楽しさを知る機会があれば良いのにと心から思う。


 シグレが多様な『生産職』で利用できる素材を片っ端から集めていく一方では、〈縫製職人〉であるライブラは繊維に優れる幾つかの植物素材を収集し、カグヤもまた渓流の中から『水鵠石(すいこくせき)』という石を拾い集めているようだ。

 あまり浅い川ではないので、当然ながら彼女の着ている服は濡れることとなり、そのため魔物の気配を感知する度に、慌てて戦闘に備えてシグレの方から【浄化】のスペルを掛けることで乾燥させていたりする。


 エミルもまた、山菜系の調理素材を中心に拾い集めているようだ。

 『生産職』を持たない彼女が退屈するのではないかと、実は少し心配していたのだが。もともと『オークの森』を狩場のひとつとして利用としていた彼女は、森で採取できる植物素材の知識も持ち合わせており、感知スキルなしでも肉眼で素材を探し当てることに長けている。

 〈調理師〉の天恵を持つわけではないので、エミルの回収しているそれは商会に売却するためのものだろう。

 都市の外で採取した素材は相応の価値を持つ。山菜の場合、その割に買取価格はあまり高く無いのだが……山菜のように鮮度が重要なものを回収したその日に持ち込めば、商会の人からは大層喜ばれるに違いない。


 ちなみに黒鉄もまた、エミルに同行して素材の見分けを習っているようだ。

 黒鉄はシグレの使い魔だが、普段から共に狩りをする機会の多いエミルと黒鉄の関係は、今では師弟さながらにすっかり慣れ親しんだものとなっている。

 シグレと独立した〈インベントリ〉を黒鉄は持っているので、採取活動にも不足はない。『魔犬』である黒鉄は嗅覚が非常に優れているので、慣れれば感知スキルに頼って採取を行っているシグレよりも、よほど採取に長けるかもしれなかった。


「いっそ魔物がいなければ、みんなで沢遊びができるんですけどねー」


 袴の裾を捲り上げたカグヤが、川面の端で脚だけを水に浸しながらそう告げる。

 いかにも涼しそうなその格好は、提案を魅力的だと思わせる説得力を伴っているように思えた。


「そういえば、カグヤが川底から拾っている―――『水鵠石(すいこくせき)』、ですか?

 その素材は一体、どのように鍛冶に用いるものなのでしょう? 地金(インゴット)に製錬して使うのですか?」

「あ、いえ。これは金属鉱石ではありません。『精霊石』の一種ですね」

「精霊石?」

「はい。『属性石』とも言ったりしますが、要は特定の属性の力を蓄積した素材になります。例えばこの『水鵠石』の場合は、水の力を蓄えているわけですね」

「なるほど……」


 水属性の素材が水中から採れるのは、理に適っているとも言えるだろうか。


「それ、鍛冶素材なのですか? 属性の力を蓄えた石……と言われると、どちらかといえば〈錬金術師〉や〈付与術師〉の素材として使いそうに思えるのですが」

「そうですね、実際に『錬金』の素材としては使うと思います。『付与』の場合は宝石を初めとしたもっと高価な素材を主に使いますから、川で簡単に採れるようなこういう石は使わないと思いますが」


 そう告げて、カグヤは今しがた川底から拾ったばかりの水鵠石をひとつ、シグレの方へひょいっと投げて手渡してくれた。




+----------------------------------------------------------------------------------+

 □水鵠石/品質[42]


   【素材】  :〈鍛冶職人〉〈木工職人〉〈縫製職人〉〈細工師〉

          〈魔具職人〉〈錬金術師〉〈薬師〉


  | 流水環境下でのみ変異発生する、水属性を蓄えた精霊石。

  | 清流で、かつ水の流れが激しい環境下のものほど品質が高くなる。

  | アイテムに水や冷気の力を籠めるための素材として用いる。

  | 精霊石としては最下級のもので、金銭的な価値はあまりない。


+----------------------------------------------------------------------------------+




 アイテムの詳細説明を読む感じだと、どうやら『鍛冶』だけでなく様々な生産に利用できる素材らしい。


「鍛冶の場合には粉末状に破砕して鍛造の際に混ぜ込むことで、金属に冷気属性の力を籠めることができ、なかなか面白い武器を作ることができます。

 代わりに、混ぜ物をすることで金属の質が劣化し、それに伴って武具の性能が低下してしまうだけでなく、耐久面でも大きな難が生じてしまうなど、正直を言ってあまり良いことばかりではありませんが」

「カグヤのお店には、精霊石を利用した商品は全く置かれていなかったように思うのですが。やはり、そういったデメリットが大きいからですか?」

「そうですね……それもあります。一番の理由は『質が落ちると判っているのに、市場で素材を買ってまで作りたいとは思わない』といった所でしょうか。ですので今回の採取した分は、折角なのでちゃんと自分の刀に使ってみるつもりです」

「なるほど。完成品には僕も興味がありますので、出来上がったものは是非見せて頂けると嬉しいです」

「はい、それはもちろん! ―――あ、どうせならシグレさんも一緒に刀か何かの水属性武器を作ってみますか? これを機に〈鍛冶職人〉の生産にも手を出されるのでしたら、私で宜しければ色々とお教えしますが!」


 川面から小径にまで駆け上がってきたカグヤが、シグレの目の前ではにかんで、嬉しそうにそう提案してみせる。

 カグヤは『王都アーカナム』では、名の知れた有数の〈鍛冶職人〉でもある。

 そんな彼女から直接『鍛冶』の手解きを受けられるというのは、なんとも贅沢で願ってもないチャンスでもあるが―――。


「……いえ。僕は確かに〈鍛冶職人〉の天恵も持ってはいますが。今のところは、生産職の中で最も後回しにして良いと思っていますので」

「そう、ですかあ……」


 がくりと肩を落とし、カグヤは残念そうに項垂れる。

 目の前で気落ちするカグヤの姿―――それが、不意に妹のそれと被って見えて。

 思わずシグレが、背の小さな彼女の頭を優しく撫でると。カグヤはびくっと身体を震わせて一瞬だけ反応を示してみせるものの、特に抵抗もせずにそれを受け容れてくれた。

 ―――あとから思えば、自分より年長者であるカグヤに対してする振る舞いではなかったなと、反省するばかりだ。


「僕はいま〈付与術師〉の生産がとても楽しいのです。カグヤが『鍛冶』によって作り上げてくれたものに、僕が『付与』を加える。それが楽しいのですよ。

 だから―――今は『鍛冶』にまで、手を出すつもりにはなれないのです。自分で作った武器に自分で付与を加えるよりも、完成した武具に制作者として、カグヤの名前と共に自分の名前が並んで刻まれるほうが嬉しい気持ちになれますから」


 それは、紛れもないシグレの本心だった。

 シグレは腕利きの〈鍛冶職人〉であるカグヤに対し深い敬意を抱いており、なればこそ彼女から付与のために預かる武具についても、相応の覚悟で『付与』作業に臨むことができている。


 ―――『生産』は基本的に、孤独な作業であり、自分との戦いだ。

 それは『調理』をする時にも、『縫製』をする時にも、『細工』をする時にも。どの種類の『生産』を行う時だって、全く変わらなかった。

 けれど―――カグヤの作った武具に『付与』を施すときだけは。シグレはまるで生産という舞台で、カグヤと共に戦うかのような充足感を得ることができた。


 いかな業物であろうとも、『付与』の成否ひとつで完成品は良くも悪くもなる。

 非常に責任重大な作業であり、プレッシャーに押し潰されそうにもなるが。

 けれど、カグヤが手掛けた傑作を、さらに自分の『付与』によってより一段上の完成品へと昇華させることができたとき。


 その際に得られる(あま)りの快楽は―――本当に、途方も無いものなのだ。

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