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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
4章 - 《創り手の快楽》

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89. 出直し採取行 - 1

 


     [1]



「おう、シグレ! 昨晩の燻製は素晴らしく美味かった! 部下からも好評でな、個人的に手間賃を払うから、近いうちに是非また作って貰えないか?」


 ―――翌朝。

 再び〈アリム森林地帯〉へ採取に向かうべく、昨日と同様、北門で待ち合わせたシグレ達に、衛士頭であるラウゼルが嬉々としながら話しかけてきた。

 その言葉を聞いて、シグレは(しまった)と内心で言葉を吐き出す。そういえばラウゼルに、特に口止めなどはしていなかった。


「燻製……ですか?」


 ラウゼルの言葉を受けて、カグヤが不思議そうに首を傾げてみせる。

 予備情報なしで食べて貰ったときの時の反応が見たかったので、できれば秘密にしておきたかったのだが―――知られてしまったからには仕方ない。


 〈ストレージ〉から新作のサンドイッチを取り出し、カグヤとエミル、ライブラと黒鉄にそれぞれ手渡していく。

 職務中の筈のラウゼルが、横から「俺の分は?」と要求してきたので、その場に詰めている衛士の人達用に、とりあえず10食分ほど『取引(ディール)』のウィンドウを開いて譲渡した。




+----------------------------------------------------------------------------------+

 □卵と鶏肉の親子スモークサンド/品質[70]


   摂食することで240分の間、最大HPと最大MPが『+84』ずつ増加する。

   【品質劣化】:-2.50/日

-

  | 塩漬けにした鶏肉と、茹でた鶏卵をじっくり燻煙したものを

  | 具材として沢山挟み込んだ、贅沢で風味豊かなサンドイッチ。

  | 新鮮な野菜も用いているので、保存面は殆ど改善されていない。

  | 王都アーカナムの〈調理師〉シグレによって作成された。


+----------------------------------------------------------------------------------+



 今朝の食事として用意したサンドイッチは、燻製肉と燻製卵(くんたま)のサンドイッチ。

 なぜ秘密にしておきたかったのかと言えば、このサンドイッチ、作るのにかなりの手間が掛かっているからだ。


 市場で燻製肉と燻製卵を購い、ただパンに挟んだ―――という代物ではない。

 単に挟むだけであっても〈調理師〉が行えばそれは立派な『調理』であり、完成したアイテムにも能力値を強化する何らかの効果が付着する。だから、本来ならば〈調理師〉というのは、手を抜ける所では抜くべき職業なのかもしれないが。


 とはいえ、以前作った『照り焼きサンド』や『唐揚げサンド』もそうだが、調理というものは手間を掛ければ掛けるほど、付着する効果も優れたものとなりやすい傾向があるように思えるのだ。

 ならば、非常に手が掛かるサンドイッチを、相応の時間を費やして作ったなら、そのアイテムに付着する効果はどのようなものとなるのだろう―――とは、やはり一度は考えてしまう。

 その結果、昨晩作成したのが、この『卵と鶏肉の親子スモークサンド』だ。


 昨日は『アルファ商会』の倉庫に、預かっていた馬車の積み荷である全ての本を収めたあと。軽く昼食を取ってからはずっと、このサンドイッチの製作の為だけに時間を費やした。

 作業は夜になって『貸湯温泉・松ノ湯』に向かういつもの時間まで続けたので、殆ど四半日近い時間を、サンドイッチを作る為に費やしたことになるだろうか。

 なぜ急に燻製を作ろうと思い立ったのかと言えば、昨日〈ストレージ〉に収納した荷物の中に、ちょうど『燻製』に関して記された一冊があったからだ。

 荷を倉庫に収める際に、エフレムから「興味がある本があれば、お持ちになって下さって結構ですよ。魔術書と、頼まれて取り寄せた本以外でしたら」と言われていたので、シグレはエフレムに希望して有難くそれを頂戴したのだ。

 本と言うよりパンフレットに近い、絵が多くて文が少なく、薄っぺらい一冊ではあったが。それだけに要点を纏めた作りとなっており、初心者にも判り易かった。


 燻製に必要な『燻煙器(スモーカー)』は、使い方を覚えたばかりの〈造形技師〉の生産スペルで自作してみた。特に複雑な作りの器具ではないので、作成にも殆ど苦労はしていない。

 燻煙器の材料として用いた金属は、先日の『ゴブリンの巣』の探索時に、魔物がドロップした剣などに使われていた質の悪い金属を【造形】のスペルで変形させて纏め、いちど地金(インゴット)状に加工してから用いた。

 〈造形技師〉の生産スペルで加工した素材は、品質値が著しく低くなってしまうという難点があるが。元より粗悪な質の金属を使えば、そこは気にならない。

 それに燻煙器自体の品質なんて、燻製の出来映えには殆ど影響しないだろう。煙を上手く溜め込み、食材に染みこませてくれる形状であればそれで充分。

 燻煙材は昨日【伐採】した枇杷の木材を、やはり【造形】のスペルで砕片(チップ)状にまで細かくしたものを用いた。

 これも燻煙に必要な煙さえ出してくれるなら、要は燻煙材など何でも良いのだ。


 燻煙器と燻煙材の作成に10分。

 茹で卵の大量生産に20分。

 卵を醤油ベースのたれに漬け込み、同時に鶏肉を塩漬けにすること1時間半。

 下味が付いたあとに、煙で燻すこと4時間。

 完成した燻製卵と燻製肉をカットし、新鮮野菜と共にパンに挟むこと20分。

 ―――都合、調理に掛けた時間は6時間以上。


 当然ながら、普通はサンドイッチ程度の料理に費やすような時間ではない。

 けれど、アイテム効果の詳細を眺めれば、その努力も報われようというものだ。

 このサンドイッチひとつで、最大HPと最大MPの両方に『+84』の強化(バフ)

 持続時間が長い代わりに、強化量自体は低めで当たり前な『調理品』に於いて、これほど優れた効果が付着するというのは珍しい。

 これひとつ食べるだけでシグレのHP量は一気に5倍近くにまで増大するのだ。同格の魔物の攻撃なら、一撃だけなら喰らっても耐えられる可能性が高い。これは喰らえば即死が当然だと思ってきたシグレにとって、ちょっとした保険になる。

 MPの増加は、もともと不足を感じていないシグレにとっては微妙なものだが、こちらは特にライブラに効果的だ。MP回復率が『15』あるライブラは、1分間に最大値の15%に相当するMPを自然回復できる。つまり、これを食べると効果が続く4時間もの間、MPの自然回復量が『+12.6』ほど増加することになる。

 積極的にスペルを行使しても、MPに余裕を持つことができるだろう。

 纏めて大量に作った割に『逸品』がひとつも出来なかったことだけ、少しばかり残念ではあるけれど。時間を掛けただけのことはある出来映えは、シグレにとって充分に満足できるものだった。


 ちなみに燻煙作業は、さすがに宿屋の自室で行うというわけにもいかないので、都市の外―――都市の北門から出てすぐの場所で行った。

 『調理師ギルド』の工房でやっても大丈夫な気はしたが、この都市に〈調理師〉の天恵を持つ人は多く、調理師ギルドの工房はいつもそれなりに賑わっている。

 人が多い場所で煙の出る作業を行うのは、あまり行儀の良いことではない。

 北門を出てすぐの場所で燻煙をしたものだから、当然ながら昨日は衛士頭のラウゼルからも随分と奇妙な目で見られることになった。

 もっとも、北門の軒先を借りている場所代がわりに、鶏肉や鶏卵と共に一緒に燻した豚肉―――つまりベーコンを少し分けた所、それまで向けられていた奇異の視線とは対照的な満面の笑みで、ラウゼルからはかなりの高評価を頂戴した。

 仕事後に部下と一杯やるつまみとして、もっと多めに分けて欲しいと求められ、結局ベーコンのほうは作成した全量を譲ったのだが―――。


 ラウゼルにそれだけ喜んで貰えたのは嬉しいが、そのせいでネタバレされているのだから世話がない。

 心の内でシグレは苦笑しつつ、〈インベントリ〉から自分用のスモークサンドを取り出して囓る。

 燻すことによって食材に染みこんだ風味は、時間の経過で褪せることはない。

 噛む毎に口の中に広がる、仄かな甘味を孕んだ香ばしさ。甘い風味は、おそらく燻煙の砕片(チップ)に用いた枇杷の木によるものだろう。


(―――うん、悪くない出来だ)


 美味しいものを食べた際に感じられる満足感は、それが自分自身の手で調理したものであれば尚更、より顕著に感じることができる。

 現実世界で、シグレが生活している病室にはキッチンが付属しているが、下肢の不自由なシグレがそれを活用する機会は殆どない。

 けれど、こちらの世界では何不自由なく、それこそ野外での調理活動までできてしまうのだから。それがシグレには嬉しく、そしてとても有難かった。


「な、何コレ……。信じられないぐらい美味しい……!」


 スモークサンドに齧り付き、カグヤが幸福のあまりに顔を綻ばせる。

 くしゃりと破顔したカグヤは、実年齢を微塵も感じさせることのない、なんとも子供らしい笑顔をしていたが。その無垢な表情をみていると、シグレもまた立ち所に嬉しい気持ちにさせられてしまう。


(その表情(かお)が見たかった)


 自分で調理したものは、自分で食べても強い満足感が得られるが。他人の喜びに昇華されたとき、そこに創り手として無上の歓喜が生じる。

 生産者にしか味わうことのできないその快楽は、いちど体感してしまったが最後、心を奪われて虜になってしまう程のものだ。

 シグレが昨今、より多くの時間を生産に費やすことに対して、些かも抵抗を感じなくなってしまったのも、偏にこのせいだと言えた。


 僅かな間を置いてから、なるほど、エミルが何か得心したように頷く。


「昨日の夜、一緒にお風呂に入った際に、シグレの身体から何だか甘い香りがするから、気になってはいたんですが……」

「あ、私もです。いつもと違って、浴場でシグレさんからフルーツみたいな匂いがするので、少し不思議には思っていたんです。でも、まさか燻製を作っておられただなんて……。

 もうシグレさんの調理の腕前は、私と同じように自前で店が持てるレベルにまで達していると言っても、過言では無い気がします」

「―――いえ、それは過言でしょう」


 シグレは苦笑しつつ、カグヤの言葉を否定する。

 認めて貰えるのは嬉しいことだが、さすがに過大評価というものだ。


 現状、シグレの生産職レベルは『5』にまで上がっているが―――当然ながら、一般的に見てレベルが『5』というのは、決して高い部類には入らない。

 というか寧ろ、普通に低い部類に入る。せいぜい、ようやく初心者マークが取れるかどうかといった頃合であり、アルバイトに例えれば研修時給が終わった程度のものだろう。

 一端(いっぱし)の評を受けるには、まだまだ遠い段階なのだ。


「別に俺は、レベルが全てではないと思うがね」


 シグレの心を読んだかのように、ラウゼルがそう告げた。

 ラウゼルの手には、既に何も握られていない。さっき見たときには、左右の手の両方にスモークサンドを1個ずつ持っていたように思うのだが……既に2個とも平らげてしまったのだろうか。


「だが今は、そんな事はどうでもいい。重要なことじゃない。

 ―――シグレにひとつ確認しておきたいことがあるんだが、構わないか?」


 ラウゼルの持って回ったような言い方が気になったが、シグレは頷く。


「何でしょう?」

「お前……この二人のお嬢さん方と一緒に風呂入ってんの? しかも『いつもとは違って』とか言ってたし、もしかして頻繁になのか? 何それ超羨ましい」


 ぴしっ、とラウゼルの問いに、シグレは凍り付く。


「………」


 どう答えても、ラウゼルから更なる追撃の一言を貰うだけのように思えて。何も答えずに、シグレはただ口を噤むことを選択した。

 ―――まさか、毎晩です、とは言えない。火に油を注ぐだけなのは明白だ。


「ああ―――いや、スマン。訂正する。大して羨ましくも無かったわ」

「へ?」

「お子様体型つっても、限度があるよなあ! やっぱ女は出るとこが出てないと。こんな『ウィトール平原』より起伏の無い絶壁じゃあ、さすがに興奮も―――」


 ゴッ! と鈍い音がすると同時に、シグレの目の前に立っていた筈のラウゼルの姿が、視界から瞬時に消滅する。

 顔を真っ赤に染めてたカグヤが、大きく横薙ぐような蹴りでラウゼルの後頭部を思い切り蹴飛ばしたのだ。

 シグレが多用する【衝撃波】のスペル以上の威力で弾き飛ばされ、綺麗な放物線を描いたラウゼルの身体は、着地と同時に北門脇の地面にぐしゃりと崩れ落ちる。

 ダメージは0の筈だが、ちょっとした魔物なら確殺できそうな威力に思えた。


「あっ……! ご、ごめんなさい!」

「ああ、いいんですいいんです。どうせうちの隊長が何か碌でもないことを言ったんでしょう? こちらこそすみません」


 我に返ったカグヤが慌てて謝罪を口にするが、北門を護る他の衛士の人達は僅かにさえ狼狽することなく、溜息をひとつ吐いて応じるだけだった。


 もしかして常習犯なのか。

 今のは蹴られても仕方が無いと思うよ……。うん。

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