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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
4章 - 《創り手の快楽》

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87. アリム森林地帯 - 7

 


     [6]



 〈ストレージ〉の中へ本を一冊ずつ放り込むだけの単純作業も、木箱12個ぶんともなれば結構な手間が掛かる。

 馬車の荷台に籠ってシグレが作業している間、エフレムはずっとすぐ隣で木箱を開封したり、シグレが手に取りやすいように本の仕分け作業を行ってくれた。


「このぐらいの手伝いでしたら、私にもできますからな」


 エフレムは何でも無いことのようにそう言ってみせるが、具体的な報酬金額こそまだ決めていないとはいえ、シグレはつい先程エフレムから『護衛』として雇われた立場である。

 雇われた側であるシグレよりも、雇い主であるエフレムの立場が上であることは言うまでも無いことだ。上位者であるエフレムがシグレの作業を手伝う必要はないと思うのだが……。けれどシグレがそのことを告げても、エフレムは頑なに手伝うことを止めようとはしなかった。

 なんとも腰が低く、親切な御仁だとシグレは改めて思う。見た目から察するに、エフレムの年齢はもう初老の域に入っているだろうに、シグレのような若輩者にもこれだけ親切に接することができる心根に、感心させられるばかりだ。


 とはいえ『本を収納する』だけの単純作業中に、言葉を交わせる相手が傍に居てくれるのは、シグレにとっても有難いことだった。

 収納した本のひとつひとつが〈ストレージ〉の収納品一覧に書き加えられるのを確認しながら、シグレはエフレムと様々なことについて会話を交わす。

 まだこちらからは名乗っていなかったこともあり、シグレの側からは自己紹介に始まり、同行している仲間のこと、今日『アリム森林地帯』へ来ていた目的に関することなどを話した。

 もちろん語るばかりではなく、シグレもまたエフレムの口から様々な話を聞かせて貰う。殆どの内容は『アルファ商会』に関することだったが、エフレム個人に関する話も少しだけ、聞かせて貰うことができた。


「私の使い魔で、名前はソコルと言います。見ての通り『大鷹』の召喚獣ですな」


 その中で、エフレムはシグレに自分の使い魔を紹介してくれた。

 この世界に住む人であれば、誰でも『戦闘職』の天恵は必ず1つは持っている。エフレムは商売を生業としているので、魔物と戦ったりすることは無いらしいが、彼は〈召喚術師〉の天恵を持って生まれたため、使い魔だけは連れている。

 つまり先程の戦闘で護衛の二人に混じって戦っていた鷹の使い魔は、二人のどちらでもなく、隊商の主であるエフレムが契約したものだったわけだ。


 召喚獣は『使い魔』として契約すれば、召喚したままでも維持にMPを必要としなくなる。

 そのため〈召喚術師〉としてのレベルが低いであろうエフレムでも負担なく連れ歩くことができるソコルは、専属の優秀な護衛のようなものだ。行商を生業にする商人からすれば、無償で常に同行してくれる使い魔の存在は有難いものだろう。

 《魔物解析》のスキルで見てみると、ソコルのレベルは何気に『15』もある。

 積極的に魔物を狩らずとも、使い魔は主人の余剰MPを吸収して成長するため、充分に時間を掛ければ成長を相応の強さには達するだろう。ソコルのレベルの高さはそのまま、エフレムが使い魔と共に過ごしたであろう人生の長さを思わせるものでもあった。


「これで全部ですね」

「ええ、お疲れさまでした」


 先頭馬車の荷として積まれた12箱ぶん、全ての本をようやく〈ストレージ〉に収納し終えたシグレは、前傾姿勢が続いて固くなった身体を背伸びをして解す。

 中が空になった木箱は軽く、シグレの手でも簡単に持ち上げられる。折角なので木箱もまた本と同様に〈ストレージ〉の中へと放り込んだ。


「そういえば先程、お仲間に〈鍛冶職人〉の方がいると言っておられましたな?」

「カグヤという名の〈侍〉の仲間がそうですね。彼女に何か?」

「よろしければ少し、馬車を見て頂くことはできませんでしょうか。馬車の車軸は金属製ですから、専門の方なら何か応急処置の方法も思いつくのではないかと」

「ああ、なるほど……。では、呼んできますのでちょっとお待ち下さい」


 確かに、餅は餅屋に、金物のことは金属加工の専門家に訊くべきだろう。

 幸いあまり魔物の襲撃も無いらしく、馬車に背を預けて寛ぎ、暇そうにしていたカグヤを引っ張ってきて馬車の故障箇所を見て貰う。


「この場で走れるようにするのは、ちょっと無理です」


 そして車軸の破断状態を調べ始めてから十数秒もしないうちに、あっさりカグヤはそう言い切ってみせた。


「やはり修理は難しいですかな」

「機構自体は単純なので、替えの車軸があるなら交換はできそうですが……」

「……生憎と、そういった備えはしておりませんな」

「では、この場での修理は不可能です。替えの心棒を鋳造するには、いちど都市に戻って工房で炉を使わないことには……」


 言葉尻を言い淀んだカグヤは、少しだけ何か考えるような素振りをしてみせて。

 そうした後に、「ですが」と、いちど言葉を句切ってからカグヤは続ける。


「私には無理ですが、シグレさんになら可能かもしれません」

「―――えっ?」


 まさか急に自分へ話を振られるとは思い掛けず、シグレは驚きに目を見開いた。


「僕にですか……? 僕はまだ一度も『鍛冶』を経験していませんが」

「いえ、シグレさんは〈造形技師〉の天恵もお持ちですよね? そちらでなら設備を必要とせず、この場で金属を変形させることが可能だと思うのですが」

「……そう、なのですか?」


 シグレは全ての生産職の天恵を持ってはいるが、併行して進めるにも限度があるため、どうしても半分近くの職業に関しては着手できずにいる。

 〈造形技師〉も未経験職のうちのひとつで、まだギルドを訪ねたことさえない。なので〈造形技師〉の天恵で一体どのような生産ができるのかについても、シグレには全くその知識が無かった。


「私も門外漢ですので、詳しく知っているわけではありませんが……。

 以前に〈造形技師〉の生産は、全て『生産スペル』を行使することで行うのだと聞いたことがあります。ですので、その辺を確認されてみてはどうでしょう?」


 少し前に道中で行使した生産スペル【伐採】もそうだが、シグレは自分が戦闘で利用できるスペルこそ念入りにチェックしていても、生産スペルまでは気が回っていない部分がある。

 カグヤから言われて、慌ててシグレが修得している生産スペルを一通り確認してみると―――。なるほど、確かにそれっぽいスペルがすぐに見つかった。




+----------------------------------------------------------------------------------+


 【造形】 ⊿生産スペル(造形技師)

   消費MP:10mp / 冷却時間:10秒 / 詠唱:なし


   術者が手に持っている1種類の素材を、望む通りの形体に変化させる。

   但し、この変形によって素材の総質量を増減させることはできない。

   同種の素材であれば、手に持てる範囲で複数個を纏めて加工できる。


   このスペルで製作したアイテムは、用いた素材の品質値に拘わらず

   常に術者の生産レベルとスキルに応じた一定の品質値に変化する。


+----------------------------------------------------------------------------------+




「素材を、望む通りの形に変化させるスペル―――ですか」


 素材が何であっても、生産スペルを使えば変形できるということだろうか。

 それならば確かに、この場で金属製の車軸を作る芸当も可能かもしれない。


「造形技師は少し特殊な生産職でして、そのスペルを用いれば金属でも木材でも、どんな素材であっても自由に変形させることができたと思います。ですので例えば金属を変形させて『剣』を作ったり、木材を変形させて『弓』を作るといったことも可能なわけですね。

 但し、完成品の品質はかなり低くなってしまいますので、性能面はお察しです。少なくとも〈鍛冶職人〉や〈木工職人〉が作った製品に較べると、殆ど玩具(おもちゃ)も同然の出来になってしまいます」

「なるほど。本職には絶対に敵わないわけですね」

「はい。ですが殆どの場合〈造形技師〉のほうが本職よりもお手軽に作れるという利点があります。慣れれば大量生産も容易なので矢や投擲武器を作るのには向いていますし、精密な加工も可能なので、木材を凄く薄く加工して『木紙』という紙を直接作ったりすることもできます。ちょっとした日用品や家具なんかも作りやすいと思いますよ」

「ふむふむ……」


 素材を『思う通りの形に加工』するだけのスペルと考えると、思わず活用の幅が随分狭いような印象を持ってしまいそうになるが。

 確かに―――そう言われると、意外に遊べる余地が大きいようにも思える。


「とりあえず、いちど試してみませんか?」


 そう言って、カグヤは自分の〈インベントリ〉から鉄か何かの地金(インゴット)を4個ほど取り出し、シグレのほうへ手渡してきた。

 カグヤは簡単にそれを手渡してみせたけれど、急に4つもの金属塊を持たされてシグレの手がずしりと重くなった。けれど確かに、このぐらいの量の金属があれば車軸の一本は作れそうだ。


「―――【造形(カザン)】」


 スペルを行使した瞬間に、シグレの手にある金属の地金は、まるで粘土のようにその形を自在に変えられるようになる。

 手で直接形を変えることも出来るし、あるいは直に触れずとも『意志』で形体を変化させることもできる。精密に形を整える場合などには、意志で操作するほうがやりやすそうだ。


「あ……。まだ車軸のサイズを計っていませんが、大丈夫ですか?」

「いま使われている実物と、全く同じ形に作成すれば良いのですよね? それだけなら計らなくても大丈夫だと思います」


 シグレにとって『立体の形状認識』というのは、最も得意とする所だ。

 現実世界では、せいぜいボトルシップを組み立てる時ぐらいしか、役立つ機会に恵まれなかった才能なのだが。こちらの世界に来てからというもの―――とりわけ『付与』を行う際には大活躍している。


(……人間、どんな自分の特技が役立つか、判らないものだなあ)


 しみじみとシグレはそんなことを思う。

 思いながらも、傍らでは『意志』による操作で、精巧に車軸の形体を整えた。




+----------------------------------------------------------------------------------+

 □鉄製の部品/品質[22]


  | 鉄だけで作られた何かの部品。

  | これ単体では使い途がない。


+----------------------------------------------------------------------------------+




「うわあ……」


 出来上がった車軸アイテムの詳細を確認して(何とも酷い品質値だ)と、思わず作った本人ながらシグレは苦笑してしまう。


「えっ―――。も、もう出来たのですか?」

「はい。サイズは合っていると思いますが、どうでしょう?」


 シグレが車軸を手渡すと、カグヤはなんとも渋そうな表情をしてみせる。

 やはり、この品質では使い物にならないということだろうか―――シグレがそう思っていると、カグヤはその形状を一通り確かめてから、やがて頷いてみせた。


「残念ながら、私にはこのサイズが合っているのかどうか判別がつきません……。とりあえず実際に車軸をこれに交換してみようと思いますが、よろしいですか?」


 もちろん使って貰う為に作ったのだから、シグレにとって否はない。

 シグレが頷いたのを確認してから、続けてカグヤがエフレムのほうへ視線を投げると、エフレムもまたすぐに首肯して了承の意を示してみせた。


「私としても道塗に馬車を残して行くのは本意ではありません。交換して動かせる可能性が少しでもあるのでしたら、是非とも試して頂きたい所ですな」

「判りました。では交換作業を行いますので、10分ほどお待ち頂けますか? あと作業の手伝いをして下さる方が、ひとり欲しいのですが」

「そういうことなら、僕がお手伝いしましょう」

「う……。ごめんなさい、シグレさん。できれば[筋力]のある方のほうが……」


 申し訳なさそうな声色で、名乗り出たシグレにカグヤが落第の印を押す。

 車軸を交換するともなれば、馬車の片側を持ち上げたりといった力仕事が必要になるのだろう。確かに相応の[筋力]がなければ、手伝い役は果たせそうにない。


「ああ……。すみません、考えが回りませんでした」

「いえ、こちらこそすみません……。エフレムさん、そちらの護衛のマレクさんに手伝いをお願いしても構いませんか? あの方は充分に鍛えていらっしゃるように見受けられましたので」

「承知しました。いま呼んで参りましょう」


 さほど時間を置かずにエフレムが連れてきたマレクは、カグヤから事情を聞いてすぐに手伝い役を快諾する。

 カグヤとマレクの二人が修理作業に従事することもあり、二人が抜けた分の穴埋めとなるべく、シグレは入れ替わりで馬車の護衛のほうへと回った。


(女性から力仕事で頼りにされないというのは、情けない限りだなあ……)


 [筋力]の数値がゼロであるのを思えば、致し方無いことではあるのだが。明確に役者不足の烙印を押されたことに、内心でシグレは少しだけヘコむ。

 望んで限界一杯まで選択した術師職天恵の数々を、今更ながらほんの少しだけ、シグレは心の隅で後悔したりもしていた。

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