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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
4章 - 《創り手の快楽》

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85. アリム森林地帯 - 5

 


     [4]



 最初は整然とした直進ばかりが続いていた林道は、先へ進むほどに左右に細かい湾曲を繰り返すようになり、あまり先方を見渡すことができなくなった。

 樹木に遮られて視界が通らない中、頼りになるのはやはり《魔物感知》のスキルなのだが。林道を進む途中で、シグレの《魔物感知》が少し妙な気配を捉える。


 《魔物感知》はその名の示す通り『魔物』のみを感知するスキルだ。

 だから魔物以外の対象―――例えば『人』や『動物』などは『200メートル』という感知範囲内にあっても、その気配をスキルで察知することはできない。

 ゆえに《魔物感知》スキルが少しでも反応するのなら、それは間違いなく範囲内に『魔物』が存在していることを意味する。


 ……筈なのだが。その気配はどうにも、通常の魔物とは異なっていた。

 どう言い表せば良いか難しいが―――魔物である筈なのに、シグレはその気配を『脅威』とはあまり感じないのだ。


 視界内に開いている〈マップ〉を確認すると、その妙な魔物の位置情報は通常の赤い点ではなく、緑色の点で示されていた。

 普通の魔物とは色分けされている辺り、やはり何かしら通常とは異なった存在であるのは確かなようだ。


(もしかして、友好的な魔物、とか……?)


 古い迷宮探索ゲームには、そんな敵が出現するタイトルもあった気がするが。

 不用意に攻撃すると性向が『悪』に傾いたり―――するわけないよね。うん。


 〈マップ〉上で確認できる『緑の点』はひとつだけだが、その周囲には通常の魔物を示す『赤い点』が5つほど取り囲むように配置されている。

 もしかすると、以前〈迷宮地(ダンジョン)〉で戦闘した『宝の番人』のように、これは『取り巻き』を引き連れた魔物だったりするのだろうか。


 この先の状況を確認したい旨を仲間に伝え、シグレはその場で立ち止まり林道の奥側に向かって《千里眼》を飛ばす。

 感覚で判別できない以上は、実際に視界を飛ばして確認してみるほうが手っ取り早い。そう思っての行動だったが―――そこには、有り得る可能性としてシグレがあれこれ想像していたものとは、全く異なる光景が広がっていた。


「馬車……?」


 最初に《千里眼》で視認できたのは、林道の路肩に寄せて停められている三台の馬車だった。全て幌付きの馬車で、荷台がかなり大きめに作ってある。おそらくは商人が荷を運ぶのに使用しているものだろう。


 そして―――それらの馬車の脇で繰り広げられている光景を見て、思わずシグレは息を呑む。

 コボルトが三体とダイアウルフが二体。合計で五体の魔物が、馬車を護るようにして並び立つ、二人の掃討者と戦っている光景が見て取れたからだ。


 いや、厳密には『二人』と『一匹』だ。

 掃討者側の二人は、片手剣と小さな盾を持つ軽戦士ふうの前衛と、大きな長弓を扱う後衛のペアだ。そしてその二人に加え、バルクァードよりも少しだけ大きい、鷹のような見た目の魔物が掃討者側の『味方』として一緒に戦っていた。


(なるほど。『緑の点』の正体は『召喚獣』か―――)


 軽戦士と弓手、どちらの掃討者が〈召喚術師〉の天恵を有しているのか、見た目だけでは判別が付かないが。魔物が掃討者の味方に立って戦うのであれば、それは『召喚獣』以外には考えにくい。

 おそらくは『使い魔』として契約を交わした魔物だろう。『使い魔』であっても魔物には違いないだろうから《魔物感知》の捕捉対象に含まれるのも納得できる。


 ちなみに戦況は、掃討者側のほうが随分と押されているように見えた。

 長弓装備に加えて鷹の使い魔というのは、バルクァードに対抗する手段としては有効なのだろう。バルクァードは距離を取りながら襲い掛かってくる魔物なので、遠距離攻撃手段さえあれば倒すのは難しくない。

 しかしコボルトとダイアウルフは、掃討者に絶え間なく連続攻撃を仕掛けてくる魔物なので、常に距離を詰めてくる。

 宙に浮いている鷹の使い魔は、魔物から殆ど無視されており、結果として五体の魔物の攻撃全てが二人の掃討者に集中してしまっていた。


 軽戦士の側はまだ盾を駆使して魔物の攻撃を上手く凌いでいるが、弓手のほうは随分と旗色が悪い。

 距離を詰められた上に数の優位まで魔物の側に取られていては、長弓という取り回しの悪い武器は、なかなか満足に活かすこともできないのだろう。


 パーティを組むかフレンドに登録している相手でなければHPの残量割合を示すバーは表示されないため、弓手の人が実際、どれほどのダメージを受けているのかまでは判らないが。

 魔物から幾重にも攻撃を浴びせられ、弓手の掃討者はかなり傷ついている様子が傍目からでも見て取ることができた。このまま劣勢が続けば、いずれ押し切られるのは目に見えている。


(放ってはおけない)


 掃討者はリスクを自己責任で背負う職業ではあるが。それでも、助けられる相手がすぐ近くにいるのなら、助けたいと思うのは当然のことだ。


「―――【韋駄天(ティータ)】!」


 〈付与術師〉の強化スペル【韋駄天】は、対象を一人しか取ることができない。シグレはそれを自分自身に向けて行使し、己の移動速度を引き上げる。


「……シグレさん?」

「この先に、魔物の集団に襲われている二人組の掃討者がいます」


 唐突にスペルを行使したことを訝しむカグヤに、シグレは端的に答える。

 魔物に襲われていると聞き、すぐにカグヤの表情にも緊張が走った。


「治療が必要なようですので、僕が先行します。位置はこの林道の先すぐ。魔物はコボルトが三体とダイアウルフが二体です」

「……! 判りました!」


 一行は揃って林道を駆け出すが、その中でシグレの脚は群を抜いて早い。

 【韋駄天】は移動速度のみを引き上げるスペルで、[敏捷]の能力値などには一切強化を与えてくれないが。その分、走る速度は本来の倍近くにまで速くなる。


 湾曲する林道を駆け足で進めば、すぐに馬車が視認できるようになり、その脇で戦っている掃討者二人の姿も確認できた。

 二人とも無事ではあるが、とはいえ弓手のほうは明らかにダメージにより動きが鈍っている様子が窺える。その手に握られている長弓はもう、コボルトの持つ武器やダイアウルフの牙を凌ぐための防具としてしか機能していない。


「緻密なる魔力よ、望まぬ穢れを阻む障壁を形成せよ―――」


 少しだけ走る速度を落とし、呼吸を乱さないように注意しながら、シグレは足を止めずにスペルを詠唱する。


「―――【魔力壁(エルテ・カカロン)】!」


 魔物二体に囲まれている弓手を、円柱状に形成した【魔力壁】で包み込む。


 【魔力壁】のスペルで作成できる『魔力の壁』は、高さが2.5メートルしかなく、幅も5メートルまでしか作成することができないという、壁を作成するスペルの中では何とも頼りないものだ。

 けれど、このスペルで作成する『魔力の壁』は、その『幅』と『高さ』が制限内である限り、行使時に術者がその形状をある程度自由に設定することができる。

 だからシグレは『円柱』状に形作った壁を作成することで、弓手の周囲、360度全てを『魔力の壁』で包み込むように保護した、一種の結界を作成する。


「これは……!?」


 突然自分の周囲を【魔力壁】で囲まれた弓手は、その状況に驚きを露わにする。

 【魔力壁】で作成できる壁は、【塁壁召喚】などのスペルによるものに較べれば随分と脆い。だが、それでもコボルトやダイアウルフ程度の攻撃ならば、かなりの回数を防ぐことができる筈だ。


 【韋駄天】の勢いそのままに、二人の掃討者のすぐ傍にまでシグレは駆け寄る。

 近接戦に備え【杖は盾に】のスペルで障壁を形成した杖を、魔物集団に向かってシグレは構えた。


「その壁は魔物だけを阻みます。あなたの行動は阻害しませんし、矢も素通ししますので、中から攻撃することが可能です」

「君は?」

「通りすがりの同業者です。ご迷惑でなければ、加勢させて下さい。あと数十秒もしないうちに、後続の仲間も三人来ます」

「それは有難い! 天の助けとはこのことだな」


 コボルトが振り下ろしてきた鉈に似た武器による攻撃を、【杖は盾に】の障壁でシグレは受け止める。

 スペルが緩和してくれるのか、受け止めた事による衝撃などは殆ど感じられず、非力なシグレにも容易にコボルトの攻撃を弾き返すことができた。


 魔物の攻撃を障壁で凌ぎながら、シグレは【軽傷治療】と【小治癒】のスペルを戦士と弓手の二人に行使する。

 二人ともダメージがかなり蓄積されている筈だ。さして回復量の多いスペルではないが、多少の治療でも無いよりはマシだろう。


「―――【衝撃波(レゾレット)】!」


 詠唱無しの攻撃スペルを打ち込み、目の前のダイアウルフを大きく弾き飛ばす。

 そのまま連続で【突風】のスペルも行使し、軽戦士の側が戦っている三体の魔物を横から掣肘し、その動きを牽制することも忘れない。

 後は【金縛り】や【低速化】のスペルなどを駆使して魔物を封じ込めていれば、すぐに後ろから追いかけて来てくれた仲間達も合流する。


 こちらは掃討者が六人に加えて、使い魔が二体。対峙する魔物の数は五体。

 数の優位が逆転し、途端に劣勢に追い込まれた魔物の集団が、カグヤやエミルの振るう刀の錆となるまでには然程の時間も掛からなかった。


 いや―――二人の刀にはどちらも【損傷耐性】を付与してあるのだから、血糊をどれだけ浴びようとも、錆ひとつ付着するはずもないのだが。

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