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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
4章 - 《創り手の快楽》

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84. アリム森林地帯 - 4

 


     [3]



「所詮は烏合の衆―――といった感じですね」


 空を斬って刀身に付着した血糊を払い、納刀しながらカグヤがそう漏らす。

 林道を進んでからの狩りの調子は、全てがそのカグヤの一言に集約されていた。


 確かに魔物の数は多い。だが、別に一度に多勢に対峙する必要は無い。数体ずつ召喚獣が林道まで引き寄せてくれる魔物達を、姿を見せた傍からカグヤとエミル、そして黒鉄の三人が瞬く間に溶かしていく。

 開けた林道を進んでいることもあり、上空からこちらを視認したバルクァードがたびたび滑空攻撃を仕掛けてくることもあるが。これはシグレとライブラの二人によって速やかに撃墜される。

 低HPに加えて紙装甲であるバルクァードは、攻撃が『当たれば倒せる』と断言できるほどに防御面は脆弱な魔物だ。

 詠唱時間ゼロでいつでも行使可能な、追尾力の高い単体攻撃スペルを幾つも修得している二人からすれば、対処に苦労する事も無い。経験値とドロップアイテムがわざわざ向こうからやってきてくれるようなものだった。


「苦戦するようなら、早々に引き上げようと思っていたのですが……」


 シグレの想定に反し、狩りの調子は順調そのものだ。時折シグレの召喚獣がこちらの人数より多い魔物を引き連れてくることもあるが、そんな魔物の小集団を相手にしてさえ、処理に大した時間を取られることもない。

 何しろエミルや黒鉄は常日頃より、非常にタフな『オークウォリアー』を初めとした魔物を狩っているのだ。あれに較べればこちらの森で出会う魔物など、それこそ《背後攻撃(バックスタブ)》を使わずとも、殲滅には苦労しないだろう。

 カグヤもまた、数日前に拵えた最新作の細身の刀を手に、バッサバッサと魔物を斬り捨てていく。カグヤが拵えた『逸品』である刀の斬れ味は凄まじく、シグレの付与が加わったその刀は、どんなに魔物を屠ろうとも切れ味が落ちることもない。

 前衛職で最も火力に優れている〈侍〉に、攻撃力と耐久性が高い刀が加わると、いかに恐るべきキリングマシーンが出来上がるか―――その答えが正に、目の前に顕現しているとしか言いようがなかった。


「鳥肉と鹿肉には当分困らずに済みそうですね。〈調理師〉の天恵を持つ師匠が、正直とても羨ましいです」

「あまり沢山料理を作っても、それはそれで処分に困るんですけどね……」


 この林道ではバルクァードと並び、『コービー』という鹿に似た魔物とも頻繁に遭遇する。レベルが『5』の魔物で、それなりに俊敏に動く上に立派な角を持っているので、突進攻撃が少しばかり厄介な相手だ。

 とはいえ、ウリッゴほどスピードを乗せた突進攻撃を繰り出すわけではないし、動きも単調で迎撃や回避も難しくはない。HP量もさほど多くないので狩り易く、空を監視しているシグレとライブラが手出しするまでもなく、残りの三人によって来る傍からあっさり駆除されていた。

 他には二股の頭部を持つ蛇のような見た目の『ミヅチ』という魔物、ゴブリンに類似した体型をしているのに頭部だけが犬に似ている『ラノコボルト』という魔物も出現するが、しかしこれらの魔物や『ダイアウルフ』は遭遇率が低い。

 この林道で遭遇する魔物は、その八割近くがバルクァードかコービーのどちらかなのだ。

 お陰で鳥肉と鹿肉といったドロップアイテムが、戦闘する度に〈インベントリ〉の中へと手に入り、まだ川まで辿り着かない現段階でも、既に結構な数となりつつあった。


「できればコボルトは、もう少し出てきてくれると嬉しいんですが……」


 苦笑気味にそう漏らすのは〈鍛冶職人〉であるカグヤだ。




+----------------------------------------------------------------------------------+

 □コバルト鉱石(6個)/品質[41-50]


   【素材】  :〈鍛冶職人〉〈縫製職人〉〈魔具職人〉

          〈付与術師〉〈錬金術師〉〈薬師〉


  | コボルト系の魔物が低確率で落とす鉱石。

  | 酸や腐食に強い特性を持つが、加工が非常に難しい。


+----------------------------------------------------------------------------------+




 ラノコボルトは討伐時に、そこそこの確率で『コバルト鉱石』というアイテムを落とす。カグヤが言うには、これが数を集めるとなかなか面白い武具を作ることができる鉱石なのだそうだ。

 アイテムの説明文に『低確率』と記載されている割には、魔物1体につき平均1個ぐらいは手に入っている気がするので、ドロップ率に関してはライブラやカグヤ、シグレの持つ生産職の天恵によって補正(ブースト)が掛かっているのだろう。

 しかし、いかに入手率が良くとも、魔物との遭遇率自体が低いのでは数を揃えるのは難しい。このペースでは昼まで狩りを続けても、大した量の地金(インゴット)は作れないだろう。


『主人』

「―――うん? どうしたの、黒鉄」

『探しているヒールベリーとやらは、あれではないか?』


 そう告げて黒鉄は、口先をくいっと動かして林道の脇に立つ樹木を指し示す。

 様々な木が入り交じる雑木林。その中に埋もれるように立つ、黒鉄が指し示した何本かの樹木達には、確かに昨日、女将さんに見せて貰ったヒールベリーの実物に酷似した果実が沢山成っているのが見て取れた。


(いや、でもこれは―――)


 しかし、沢山の果実を付けたそれらの木は、すぐ隣にある(くぬぎ)の木にも負けないほど背が高い。

 ライブラは昨日『ヒールベリー』について言及したとき、それを『水辺の近くに生える灌木(かんぼく)の実』だと説明していた。

 他の樹木に負けず、10メートルほどの高さで林冠を形成するその木を『灌木』と言うのには無理がある。それにその木は、現実世界でも病棟の敷地内にあったので見たことがあるもので―――。


「これ、枇杷(びわ)ですよね?」

「あ、はい。そうですね。ヒールベリーの木はこんなに背が高くありませんので」

『むう……これは違うのか』


 シグレの問いに、ライブラが頷く。

 そういえば、テレビなどでは長崎の枇杷が春頃に取り上げられる機会が多いこともあり、ともすれば春が旬だというイメージを抱きそうになるが。

 枇杷は本来、ちょうど今頃が旬だった気がする。確か季語としても『夏』を示すものだった筈だ。

 ふさふさに繁る枝葉(しよう)に混じって、かなり沢山の黄なりの果実を付けている枇杷。どうせジャムを作るのであれば、枇杷のジャムも一緒に作ってみたい所だが。


「……生憎と、木登りには自信が無いなあ」


 少しばかり情けない顔になりながら、シグレはそう漏らす。

 枇杷の果実は、全体的に樹木の中程度から高めの部分に結実しており、そのまま手を伸ばすだけで届くような高さにはない。

 ただ、和弓の柄など長物を手に持って枝葉を揺らせば、落とせそうな果実はそれなりにあるようだ。もしくは【突風】のスペルを行使し、纏めて果実を落とすのもひとつの手だろうか。


(いや、あまり一度に沢山の実を落とすと、キャッチが難しいかな)


 受け止め損ねて果実を地面に落とせば、当然破損する物も出るだろう。

 それはちょっと勿体ないような気がする。


「果実が欲しいのでしたら、伐採されてはいかがですか?」

「……えっ?」


 予想外のカグヤからの提案に、思わずシグレは驚かされる。

 確かに、伐採すれば―――樹木を切り倒せば、高所にある果実も苦労なく手に入れることはできるだろうが。


「伐採……ですか? いえ、生憎と斧は持っていませんので……」

「あ、違います違います。シグレさん〈木工職人〉の天恵もお持ちですよね?」

「はい、持っていますが……?」

「でしたら【伐採】という生産スペルが、使えると思うのですが」


 ―――そういえば以前、自分が行使可能なスペルを全部纏めてチェックした際、そんな名前のスペルもあったような気がする。




+----------------------------------------------------------------------------------+


 【伐採】 ⊿生産スペル(木工職人)

   消費MP:10mp / 冷却時間:10800秒 / 詠唱:なし


   術者が直接触れている自然の樹木ひとつを伐採し、

   樹木のサイズに応じた個数の木材アイテムを獲得する。

   花や果実など、木材以外に獲得可能な素材部位が存在する場合、

   それらのアイテムも纏めて〈インベントリ〉に獲得できる。


   【伐採】した樹木は切り株だけを残し、通常よりも高速で再生する。


+----------------------------------------------------------------------------------+




「なるほど……。このスペルを使えば、斧も不要なわけですか」

「はい。スペルで【伐採】すれば乾燥などの手間もなく、いきなり加工可能な状態の木材が手に入るので便利らしいです。ただ、連続では使えないそうですが」


 1時間が『3600秒』だから―――『10800秒』ということは『3時間』か。

 これほど冷却時間(クールタイム)が長く設定されているスペルは、シグレも初めて目にしたように思う。確かにこれでは、連続使用などできる筈も無い。

 とはいえ、スペルで【伐採】すると再生が速くなるというのは嬉しい。長い冷却時間のせいで極端な乱獲ができないというのも、自然保持の面で言えば良いことなのかもしれないとも思えた。


「折角なので、試しに早速やってみましょうか。……そういえば枇杷って、木材としての使い途はあるのでしょうか?」


 現実世界では、枇杷はその果実だけが有名で、あまり材木としての評価は聞いたことがないように思える。


「あ、なかなか有用な木材ですよ。硬くて粘りがあるので、長柄武器や杖の材料として適していますね。薪炭材としては少し微妙ですが、薪になら普通に使えます」

「おお、それはいいですね」


 木材としても有用なのであれば、とりあえず〈ストレージ〉内に収納しておいて無駄にはならないだろう。

 まだ現時点では〈木工職人〉の生産に手を出すつもりは無かったのだが。素材があるのならば―――少しは食指を動かしてみようか、という動機にもなる。

 それに武器や家具などの木工はともかく、〈迷宮地(ダンジョン)〉の探索に必要な薪ぐらいは自前で準備できるようになれれば、何かと捗りそうだ。


「―――【伐採(アンペル)】」


 スペルを行使するための魔力語(ネシエント)を呟くと。シグレが幹に触れていた枇杷の木は、淡い紫色の光に変わって瞬く間に消滅してしまい、根本部に切り株だけがぽつんと残された。




+----------------------------------------------------------------------------------+

 □木材:ビワ(66個)/品質[72-92]


   【素材】  :〈木工職人〉〈細工師〉〈調理師〉


  | とても丈夫で折れにくい木材。特に杖の素材として有名。

  | 他にも長物の柄に用いられるほか、よく木刀にも加工される。


-

 □枇杷の葉(410個)/品質[44-98]


   【素材】  :〈薬師〉〈調理師〉


  | 鎮痛効果を持つ葉。外用薬の材料として用いる。

  | 茶葉にも用いられるが、葉自体を経口摂取するのは毒となる。


-

 □枇杷の実(35個)/品質[80-96]


   【素材】  :〈錬金術師〉〈薬師〉〈調理師〉


  | 鮮明な甘さを持つ黄橙色の果実。大きな種子を内包する。

  | 酸味を殆ど持たないので、ジャムや果実酒にする際は檸檬などを足す。


+----------------------------------------------------------------------------------+




 木材と果実だけが素材として手に入るかと思えば、シグレの〈インベントリ〉には大量の『葉』も一緒にアイテムとして入手されている。


(……そういえば『枇杷(ビワ)茶』って、名前だけは聞いたことがあるなあ)


 樹木ひとつを【伐採】するだけでも、新たな発見があってなかなか面白い。

 現実世界ではまだ飲んだことがない枇杷のお茶も、ぜひこちらの世界で味わってみたいと、アイテムの詳細を眺めながらシグレは小さな楽しみに思いを馳せた。

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