83. アリム森林地帯 - 3
「……どうしましょう。いちど街へ戻りますか?」
「そう、ですね……」
今回の目的であるヒールベリーは、林道を進んで渓流の辺りにまで進まなければ手に入らないと聞いている。狩猟が主目的であれば魔物が多いのは好都合な部分もあるが、この密度の魔物を相手にしながら『採取』というのは少し無理があるようにも思えた。
(これではまるで……〈迷宮地〉のようだ)
マップに記される魔物の密度を確認しながら、シグレは内心でそう思う。
レベルの低い魔物が増えやすいことは知っていたが、まさかここまで一気に増えているとは思ってもいなかった。
「天を満たす無数の星光よ、大地の穢れを照らし出せ―――【魔物探知】」
《魔物感知》のスキルで察知できる範囲の情報だけでは全容が掴めない。シグレはそう判断し、より広範囲を調査できる【魔物探知】のスペルを行使する。
【魔物探知】は〈星術師〉のスペルで、術者の周囲1kmという、《魔物感知》の実に5倍にも及ぶ広範囲の魔物位置をマップに表示させることができる。
つまり効果としては《魔物感知》のスキルの完全上位―――なのだが、スペルの持続時間はたったの30秒間しかなく、しかも一度行使すると10分間の冷却時間が発生するため、あまり頻繁に行使することはできない。
さらには通常の野外でしか機能せず、天井があるため星光の届かない〈迷宮地〉では全く効果を得られないなど、何かと制限が多く使い勝手はあまり良くないスペルなのだが。
それでも、星光による探知は森林内の魔物配置ぐらいなら、容易く詳らかにすることができる。
「個体数はかなり多い……ですが、全てバラバラという感じでしょうか」
『そうだな。統制というものがまるで感じられぬ』
エミルが漏らした率直な言葉に、黒鉄が同意する。
スペルにより位置を捕捉できた魔物の個体数は、全部でおよそ200強といった所だろうか。想定していたよりは多少、個体数も少ないように思えるが。それでも〈迷宮地〉並みに魔物の生息密度が高い、大変な脅威なのも事実ではある。
―――だが、黒鉄の言う通り、それらの魔物は統制が全く取れていない。
マップ上に示されている200強もの赤い点は、その各々がまるで好き勝手に行動しているようにしか見えないのだ。これまでに戦ってきたウリッゴやオーク、ゴブリンといった魔物とは異なり、明らかに『群れ』を形成できていない。
全体数は多くとも、これならば一度に多勢を相手にする必要は無いだろう。
「単に数が多いだけ、ですね。これならば戦っても大丈夫な気がします」
「そうですね……。今のうちに各個撃破で、数を減らしましょうか」
こちらは高火力前衛職である〈侍〉のカグヤに加え、一撃必殺の《背後攻撃》を駆使するエミルと黒鉄がいる。森林フィールドは樹木や草叢のような遮蔽物には事欠かないので、《背後攻撃》を活用する上では非常にやりやすいフィールドだ。
ライブラは今回、シグレを模倣した戦い方を研究したいらしく、単体を攻撃するスペルや、味方に強化を与えたり、あるいは敵に弱体化を与えるスペルなどを多く修得してきているらしい。
ならばシグレとライブラの二人は、基本的には飛行するバルクァードの駆除役を担当しつつ、状況に応じて味方を補助する役回りを担うぐらいで良いだろう。
ライブラの[知恵]や[魅力]はシグレよりも低い為、攻撃スペルの威力もそれだけ劣ることにはなってしまうが。前に《魔物解析》のスキルでステータスを見た際の記憶通りなら、バルクァードのHP量は『48』しか無い筈なので、ライブラの攻撃スペルでも一撃で屠るのは容易だろう。
「この辺りで遭遇する魔物は、それほど強くはないのですよね?」
シグレが訊ねると、すぐにカグヤは首肯して答えてくれた。
「レベル8の『ダイアウルフ』が、この辺りに生息する中では最もレベルの高い魔物になりますね。ちょうど黒鉄さんぐらいの大きさの狼で、鋭い牙を用いた攻撃が脅威になります。
ただ、この魔物はいわゆる『一匹狼』のような魔物でして、他の狼系の魔物とは違って必ず単独で行動します。ソロだと少し怖い魔物ですが、パーティ狩りの時は多対一で挑めますので、それほど怖い魔物ではないです」
「なるほど……。カグヤはその魔物と、戦った経験はありますか?」
「はい。ありますし、ソロでも狩れなくはないです。……どちらかというと、前衛職の私からすれば空を飛ぶバルクァードのほうがよっぽど怖いですね」
バルクァードは空からの急降下攻撃を行い、しかもヒット&アウェイで攻撃後はすぐに距離を取るような戦い方をする。
遠距離攻撃手段を持たないカグヤからすれば、間違いなく厄介な相手だろう。
「では、このまま真っ直ぐ林道を進みましょう。まだこの辺りは森も浅いですから林道上だけは枝葉の帳にも遮られず、空が開けています。飛行するバルクァードをこちらが先に視認できれば、僕とライブラのスペルで撃墜できる筈です。
ライブラは僕と一緒に常に空の警戒を担当。バルクァードを発見次第、詠唱時間がゼロの単体攻撃スペルを独自判断で撃ち込んで下さい。誘導性能が非常に優れた【魔力弾】があれば嬉しいのですが、使えますか?」
「大丈夫です。ちゃんと修得してきました!」
「では【魔力弾】を最優先に、【火炎弾】や【氷結弾】なども織り交ぜて対空攻撃を最優先に。地上の魔物は他の味方に基本的に任せて大丈夫ですが、余裕がある時にはスペルで援護してあげてください。
MP残量と冷却時間に気を配り、あくまで余裕がある時だけで大丈夫です」
シグレの提案に、ライブラは意気込みながら力強く頷いてくれた。
先日の〈迷宮地〉で大活躍したライブラの範囲攻撃スペルも、この場に於いては全く役には立たないだろう。火力は申し分ない程に充実したパーティだが、一方で盾役を担える人間がこの場にはひとりも居ないからだ。
詠唱の長いスペルを行使し、悠長に時間を掛けて魔物を殲滅するのは決して得策とは言えない。それよりは遭遇した魔物を最短で処理し、こちらが受ける被害を最小限に留めるよう務めるのがベストだろう。魔物は群れを組んでいないので、殲滅が早ければそれだけ他の魔物が合流する前に各個撃破できる可能性は増すのだ。
そういう意味では、今回ライブラが詠唱ゼロの単体攻撃と補助系を中心に、修得スペルを模様替えしてきてくれたことが非常に有難い。お陰でバルクァードを撃ち落とす砲台役のメインを、ライブラに担って貰うことができる。
この場で治療スペルを扱えるのはシグレだけなので、シグレはどうしても砲台役だけに掛かりきりというわけにはいかない。ライブラは攻撃をメインに、シグレは味方支援をメインにと注視対象を分けるのが適切だろう。
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【魔力弾】 ⊿Lv.1伝承術師スペル
消費MP:80mp / 冷却時間:90秒 / 詠唱:なし
[杖] 強い追尾力を持つ魔力弾を放ち、敵1体にダメージを与える。
術者の[知恵]に応じて発射弾数が増えるが、個々の威力は若干落ちる。
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特にライブラが【魔力弾】を行使できるのは非常に頼もしい。
即座に必中する【衝撃波】ほど確実ではないにしても、【魔力弾】は追尾性能や弾速に優れており、飛行するバルクァードを容易く捉えることができるからだ。
「カグヤは僕とライブラの正面に陣取って下さい。魔物は林道まで引っ張って来るようにしますので、こちらから魔物の居る側に出向く必要はありません」
「判りました。……でも、魔物の引っ張り役は誰がするのですか?」
「それは僕の『召喚獣』にやって貰うことにしましょう」
カグヤにそう答えてから、シグレは二つのスペルを続けて詠唱する。
行使するのは【大鴉召喚】と【白狐召喚】の二つ。どちらも呼び出せる召喚獣の戦闘能力は低いが、代わりに前者の『大鴉』は空を自由に飛ぶことができ、後者の【白狐】は移動速度に優れる利点を持っている。
召喚中はMPを消費し続けることになるが、シグレのMP回復速度であれば二体程度ならば維持は難しくない。召喚獣には念話を利用して簡単な指示を出すことができるので、その機動力を活かして魔物を引っ張って来て貰おう。
「エミルと黒鉄は《隠密》を使って林道のすぐ脇を進み、魔物がカグヤを目掛けて襲ってきたら《背後攻撃》を積極的に狙って下さい。カグヤは盾役ではありませんから、あまり多勢の敵を抱えることはできません。殲滅力を重視して、魔物が数を揃える前に適宜排除して下さい」
「判りました!」
『心得た』
オークを狩る機会が多いエミルと黒鉄は森林での行動に慣れている。林道の脇で
《隠密》を使うと、すぐに二人の気配はどちらもその場から感じられなくなった。
エミルと黒鉄は《魔物感知》スキルを持っているので、シグレの召喚獣が魔物を引っ張ってきたなら、すぐにそれを察知することができる。あとは特にシグレから何を言わずとも、二人は常に期待されるだけの動きをしてくれるだろう。
「それでは、先に進みましょう。
―――本来はこの辺りに生息しない強力な魔物が、森の奥からこちらのエリアへ移動してきていることも有り得ます。強そうな魔物と遭遇した際は、スペルなどで相手を妨害してから、いちど都市へ逃げることも視野に入れて置いて下さい」
「はい!」
各々の役割を決めてから、シグレ達は林道を進む。
この林道は〈王都アーカナム〉と〈フェロン〉を繋ぐ、重要な交易路でもある。魔物が多くなれば行き交う行商馬車の数が減り、フェロンから都市へと届けられる林産物などが減少することだって充分に有り得るのだ。
そうなれば、都市に住む人達の中には困る人だって出てくるだろう。
(……今日の所は、ヒールベリーの採取は後回しかな)
女将さんから急ぎだとは言われていないし、採取は少し遅れても大丈夫だろう。
今日の所は掃討者らしく『掃討』作業に従事してみるのも悪くない。




