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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
4章 - 《創り手の快楽》

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81. アリム森林地帯 - 1

 


     [1]



 翌日、いつも通り『朝6時』きっかりに目を覚ましたシグレは、隣室のエミルと合流してからすぐに宿を出発する。

 宿泊料金内に含まれている朝食は、少し勿体ないが今朝は食べなかった。

 朝から無理なく食べられる量には限りがある。採取ついでとはいえ、魔物と戦う可能性が高い以上、やはりステータスに何らかの強化(バフ)を得られる食事のほうを優先すべきだと考えたからだ。


 黎明の薄暗さが当たり前だった雨期の前に較べると、雨期明けと共に初夏を迎えた今は、早朝でも周囲一帯は十二分に明るく、気温も既に少し暑いぐらいだ。

 とはいえこの時間であれば、街並みを通り抜ける風も涼しく、過ごしやすい。


「おはようございます、シグレさん。今日はお世話になります」

「こちらこそ、お世話になります」


 武具店『鉄華』の前でカグヤと合流する。

 今朝のカグヤの装いは、薄い水色の上衣に紺の袴という、初夏の空気に似合った涼しげなものだった。

 普段カグヤが愛用している桜色の上衣。それを着用している際にカグヤが見せる雰囲気がシグレはとても気に入っているので、いつもと違う格好が少しだけ残念に思える部分もあったが。これはこれで、カグヤに良く似合っていた。


(……これからの季節は、前衛の人にとって大変そうだ)


 軽装のエミルとカグヤ。二人と並んで街路を歩きながら、不意にシグレはそんなことを思う。


 エミルとカグヤの二人は、共に防具らしい防具を身につけないからまだ良いが。〈重戦士〉のユウジは金属鎧を愛用するし、キッカも狩場に合わせて金属鎧や革鎧を装備する。

 これから先、夏の暑さがより本格化していけば、重装備で狩りを行う苦労もまた飛躍的に増大していくだろうことは、容易に察しがつく。

 先日の『ゴブリンの巣』のように、地下の〈迷宮地(ダンジョン)〉であれば暑さを凌ぐことも可能かもしれないが。照りつける陽光の中での野外(フィールド)狩りなどは、金属鎧はもちろん革鎧でも厳しくなってくる筈だ。


(他にも近場で〈迷宮地〉があれば良いのだけれど……)


 掃討者ギルドの窓口を勤めるクローネから以前、〈迷宮地〉の舞台は必ずしも洞窟とは限らないと聞かされたことがあるが。

 けれど〈迷宮地〉は野外(フィールド)と明確に隔てられた場所であるため、その殆どは『地下』もしくは『屋内』なのだとユウジから聞いたことがある。

 どちらの場合であっても差し当たり直射日光を避けることはできるだろうから、野外(フィールド)に較べれば前衛職の負担は減るだろう。

 まだ暑さがこの程度で済んでいる今の内に情報を集めて、夏本番に備えておくほうが賢明かもしれない。


「師匠―――!」


 シグレがそんな考えに耽っていると。いつの間にか50メートルほど先に迫っていた都市の北門から、ぶんぶんと手を振ってくるミニスカ巫女の姿が見えた。


「おはようございます、ライブラ。今日もその格好なのですね」

「はい! 師匠がボクの為に作って下さった服ですから!」


 別にライブラの為に作ったわけでは―――とは思ったが、口には出さなかった。

 満面の笑みを浮かべるライブラを見ていると、その笑顔に水を差す気にはなれないというのもあるが。それを抜きにしても自分が作ったものを喜んで貰えるというのは単純に有難く、そして嬉しいことだったからだ。


「じ、女性に服を贈る、意味って……」

「巫女服で、ミニスカ……シグレさんってこういうのがお好きなんですか?」


 喜色を露わにするライブラと対照的に、エミルとカグヤの視線が冷たくて痛い。


 ―――違うのだ。

 職業に紐付けられた制服の類は、大抵嫌いではないが―――それはそれとして、

断じて自分の趣味でライブラにこのような格好をさせているわけではない。

 というかそもそもライブラは男なので、エミルの発言はどうなのだろう……。


「……シグレさん!」

「は、はい。何でしょう、カグヤ」

「この巫女装束って、まだ他にも余分があったりしませんか?」

「昨日の夕方にまた作りましたので、あと四着ほどならありますが……」


 昨日は結局、午後以降も狩りに行くことは無かった。昼食を食べ終わった後からは気温もぐんぐんと上がってきて、あまり街の外に出て狩りに行こうという気分にはなれなかったのだ。

 そのため雨期の最中と全く変わらず、昨日一日は幾つかの生産職ギルドの工房を巡りながら、生産に従事するだけで丸一日潰してしまっていた。

 夕方には『縫製職人ギルド』にも再訪し、改めて『シュレジア巫女装束』の生産も行っている。いまライブラが着ている一着目は、生産の難しい部分を全てルトナが引き受けてくれたが、今度は全行程を自力だけでやってみたいと思ったからだ。




+----------------------------------------------------------------------------------+

 □シュレジア巫女装束(4個)/品質[53-56]


   物理防御値:4 / 魔法防御値:18

   装備に必要な[筋力]値:6

   〔温冷調整〕〔魅力+13〕〔最大MP+10%〕

-

  | 砂都シュレジアの巫女が着用する、伝統ある巫女装束セット。

  | 広大な砂漠を越えて都市へ辿り着いた男性達の、心のオアシスとなる。

  | 王都アーカナムの〈縫製職人〉シグレによって作成された。


+----------------------------------------------------------------------------------+




 〈ストレージ〉を確かめると、ちゃんと昨日作成した巫女装束が収まっている。

 シグレの技術力だけで全てを製作したため、こちらはルトナの手を借りたものに較べると品質値が半分近くにまで落ち、そのぶん性能も低下してしまっているが。元々の性能自体がかなり優秀なこともあり、それほど悪い品でもない。

 特に本職の〈巫覡術師〉にとっては充分に有用だろうから、四着ぐらいであれば『鉄華』に並べておけばそのうち売れるだろう、とシグレは考えていたのだが。


「一着買います!」

「じゃあ、私も一着、頂こうと思います」

「あ、はい……」


 なぜかこの場で、作った内の半数が売れてしまった。

 エミルとカグヤの側から有無を言わせず開かれた『取引(ディール)』のウィンドウに、巫女装束アイテムを移動する。仲間相手に利益を取る気にはなれないので、お金は材料費だけを有難く頂戴することにした。


(ま、〔温冷調整〕もあるし、無駄にはならないか)


 エミルやカグヤの戦闘職を思えば、[魅力]にブーストを得られるこの防具は少々微妙のような気もしないではないが。別に駄目ということもないだろう。

 職業を問わず〔最大MP+10%〕は役立つだろうし、それにこれからの季節を思えば暑気を回避できる〔温冷調整〕の恩恵は、下手な装備効果よりずっと嬉しいものかもしれない。


(……というか正直、僕が欲しいな)


 そう思い、シグレは内心で苦笑する。


 冷房漬けの病棟生活に慣れた身としては、多少の暑さであってもそれなりに身体には堪えてしまう。もしも露店で暑さを凌ぐアイテムを見かけたなら、金に糸目をつけずに買ってしまうかもしれない。

 とはいえ、着れば暑さを凌げるとはいえ―――この巫女装束を自分で着てみたいなどとは微塵も思わないが。


「よう、シグレ! 今日はソロじゃないんだな、早朝からパーティで狩りか?」

「おはようございます、ラウゼルさん。今回の主目的は採取ですね」


 衛士頭であるラウゼルに話しかけられ、そういえば今までソロの時にしか北門側に来たことがないのだと気付く。

 門の通行手続きのためにギルドカードを提示すると、シグレの後ろに立っていたライブラの姿に気付き、ラウゼルは不思議そうに首を傾げてみせた。


『……つい先日はお前さんの後を尾けていた筈のストーカーと、今日はパーティを組んで一緒に出掛けるのか?』


 会話を急に『念話』に切り替えてそう訊ねてきたラウゼルに、シグレは思わず苦笑する。


『まあ、色々とありまして』

『ふうむ……まあ、掃討者をやっていれば色々あるんだろうなあ』


 何と説明したものか―――考えてみても、上手い返事など思いつかなくて。

 思わずシグレは適当に言葉を濁してしまったけれど、ラウゼルはそんな返答でもどうやら納得してくれたらしい。


「あ、詰所を使わせて貰ってもいいですか?」

「おう、装備の着替えか? もちろん構わんよ」


 エミルが訊ねた言葉に、ラウゼルは快諾で応える。


「女性は門を通過して左にある建物を使ってくれ。男なら右側な。

 ―――判ってると思うが、ちゃんと自分の性別に合った方を利用してくれよ?」


 ラウゼルのその言葉はシグレ達全員に向けた言葉だったが。具体的に誰のことを指してラウゼルが忠告しているのか、それが判るだけに苦笑するしかない。

 とはいえ、ライブラは既に巫女装束を身に纏っているので、着替えは既に済んでいるようなものだ。詰所を利用する必要は無いだろう。


「では、ちょっと着替えてきますので」


 そう言って詰所のほうへ向かっていくエミルとカグヤの二人を、小さく手を振りながらシグレは見送る。

 キッカの時もそうだが、ただ装備を着替えるだけにしても、女性の場合には少し時間が掛かることが多い。城郭の壁に背中を預けて、シグレは二人の帰還を気長に待つ姿勢を取った。

 ライブラもまたそれに倣うように、シグレの隣で壁に背を預ける。


「巫女服が三人に増えると、随分とカオスなパーティになりそうですね……」

「あはっ、そうかもしれませんねえ」


 シグレの呟きを受けて、ライブラが可笑しそうに笑う。

 しかもその三人の中に〈巫覡術師〉は誰も居ないというのだから、なんとも変な話だと思えた。


『我を除けば、男女比は一緒の筈なのだがな』


 黒鉄が念話で漏らす呟きが、シグレの耳には痛い。

 もしこの先の森林エリアで他の掃討者と遭遇したなら、巫女を三人も連れているシグレのことを見て、一体相手はどう思うだろうか。


「それではいっそのこと、師匠もボク達に合った格好をされてはどうですか?」

「あ、生憎と僕は、巫女服を着るのはちょっと……!」


 男として色々なものを一気に捨てられる勇気は、シグレには無かった。


「えっと、そうではなくてですね―――。実はボクも昨日、頂いたこの巫女装束のお礼にシグレさんに渡そうと思って、こんなものを縫ってみたのですが……」


 ライブラはそう告げると、〈インベントリ〉の中から一揃いの衣服を取り出す。

 それはシグレが作成した巫女装束と同じように、絹で作られた衣装だった。

 

 

(まだ筋肉痛辛くて、生きた心地がしません)

(ふくらはぎが超ぴくぴくする)

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