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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
4章 - 《創り手の快楽》

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78/125

78. 雨期が開けて - 4

(※内容に誤りがありましたため、修正させて頂きました)

 


     [3]



 菓子と共に暫しの休憩を挟んだ後には、当然シグレは手伝いを申し出たのだが。「あなたの出番はあとでね」とルトナから窘められてしまった。


 仕方なく先程の続きに取り掛かり、残りの材料で枕をあと5つ生産した。

 もちろん今度はカバーも自作し、合計で6個の枕を縫製職人ギルドの受付に持ち込むと。受け取った職員の方から「魔物素材だけで作ったものとは珍しい」と少なからず驚かれた。

 買取額は単価400と査定され、6個分で締めて2,400gita也。

 製作に用いた魔物素材を、そのまま商会に売るのと金額的にはほぼ変わらない。技術料はゼロであるというのが、良くも悪くも『職人』としてシグレに下された率直な評価なのだろう。


(レベルも低いしスキルも殆ど取ってないから、当然そうなるよなあ)


 シグレのレベルは現時点で『5』にまで上がっており、既に戦闘職よりも生産職のほうがレベルは上だったりする。

 戦闘職のレベルが『2』と成長知らずの据置きであるのに対し、どうして急に生産職のレベルばかりが伸びたのか―――というと、どうにもこの世界で生産行為によって得られる経験値は、生産に用いた素材の『金銭価値』や『希少性』に大きく影響されるらしいのだ。


 ここ『王都アーカナム』では、〈調理師〉の生産に用いる材料は入手性が高く、大抵のものは安価で手に入れることができる。

 シグレがここ最近もっとも注力しているのは〈調理師〉の生産なのだが、材料が平易かつ安価に揃えられるというのは当然、それだけ生産活動で得られる経験値も乏しいことを意味していた。

 特に菓子類などは、市場で購入した一般流通品ばかりを用いているから尚更だ。

 菓子以外の料理品に関しては、材料に魔物の肉などを使っているためそれなりに経験値も得られている可能性が高い。普通の家畜の肉などに較べれば、魔物の肉には多少の『希少性』が認められるからだ。

 とはいえ、やはり〈調理師〉の生産活動で得られている経験値自体が、それほど効率の良いものでないことは察しがつく。


 そして、シグレが〈調理師〉に次いで注力している生産は―――これは間違いなく〈付与術師〉が該当する。

 というのも、シグレが生産品を商う主な場所は『鉄華』の店内に貸与されている販売スペースであり、武具店である『鉄華』で最も求められる商品は当然『武具』に他ならないからだ。

 カグヤが拵えた武具を購入して付与を施した後に陳列することもあれば、自分が作った細工品に付与を施して並べることもある。あるいは露店市などで誰とも知らない職人の作を買付けて、それに付与を施して販売することもあった。

 また、カグヤのほうから武器を渡され、こういう付与を施して欲しいと依頼される機会も最近では随分と増えた。

 この場合は武具も素材代もカグヤ持ちなので、シグレが行うのは単純に付与作業だけとなる。あまり余分は受け取らないようにしているので利益にはならないが、生産経験を考えると非常に有難かった。


 毎日のように行っている〈付与術師〉の生産は、素材に『魔石』を用いる。

 魔石はそれ自体が宝石と全く同じ価値を有するため、言うまでもなくその金銭価値は高い。また、魔石の希少性は普通の宝石よりもさらに上でもある。

 〈付与術師〉の生産で得られる経験量は、他の生産職に較べて圧倒的と言っても良いほどに優れているのだ。

 『得られる経験値が1%』という極めて大きなペナルティを背負っているシグレでさえ。それこそ短期間のうちに、レベルが『5』にまで上がってしまう程に。


 これはシグレ自身にも想定外なハイペースだったため、困ったのはレベルアップに伴って手に入る『スキルポイント』の使い途だ。

 レベルが『2』から『5』へと上がったので、シグレは全ての生産職に3ポイントずつ新たにスキルポイントを手に入れている。

 その3ポイントを、何のスキルの取得に使うかが、どうしても決められない。

 生産職で取得できるスキルは多種多様で、自分が生産したアイテムの品質が増加するもの、生産で消費する素材の量を少し節約できるようになるもの……。純粋に[敏捷]や[加護]などの能力値を増加させたり、あるいは魔物を倒した際のアイテムドロップ率を更に増やすスキルなんていうものもある。

 この辺りのスキルは『狩り』にも影響するので、取得すれば生産以外でも役立つことだろう。


(迷ったままスキルを振らないでいるのが、一番良くないよなあ……)


 そうは思いながらも。しかしどのスキルを取るか決めかねたまま、結局シグレはスキルを未だに取得せず、保留し続けている。

 生産にスキルの有無が影響する要素は大きい。シグレが生産した品が、ギルドの職員から大して評価されないのも、スキル面での生産技術を全く成長させていないことを思えば、当然の話だった。


「シグレ」


 枕を納品して二階の工房に戻ると。既に作業の手を止めていたルトナが、声を掛けると共にシグレに手招きをしてきた。


「もしかして、もう出来上がったのですか?」


 テーブルの側へ歩み寄りながら、シグレはそう問いかける。

 シグレが枕を製作し、受付に納品するまでの間。時間にしてせいぜい15分ぐらいしか掛かっていない筈だが。さすがにそんな短時間で服を一着作ったりは―――。

 ……と思ったら、作業テーブルの上にはまだ服として完成していない、幾つもの片布だけが置かれていた。


「難しい部分はわたくしが済ませておきました。あとはシグレがなさい」

「……よろしいのですか?」

「これも経験です」


 そう言われれば、ルトナから指導を受ける身としては否応もない。

 テーブル上に置かれた布帛は、既に定まった型に裁断されている。あとはレシピの指示する通り縫い合わせていけば、自然と服が出来上がりそうだ。


 数分ほどレシピを眺めて記述されている構造を理解した結果、どうやら最終的に四つの部位が出来上がるらしいことが判った。

 ―――白衣(しらぎぬ)緋袴(ひばかま)千早(ちはや)、そして足袋(たび)

 なるほど、確かに完成するのは巫女服以外の何物でもないらしい。


「先輩。ひとつどうしても気になる部分があるのですが」

「予想は付きますが、聞きましょう。何ですの?」

「緋袴のサイズが―――」

「わたくしはレシピ通り作っただけですわ」


 質問を最後まで口にする前に、ルトナからそう言い切られてしまう。

 テーブル上に置かれた、緋袴を作るために使うと思わしき片布。素材は赤染めの正絹(しょうけん)のようだが、その布の面積は『袴』を作るにしては随分と少ない。


(この布の量で作れるのは、せいぜいミニスカートぐらいでは……?)


 服を作った経験はまだ浅いので、頭の中で完成形を正確に想像できるわけではないが。シグレにはそう思えてならなかった。


「こちらは……亜麻(リネン)、ですか?」


 白衣と足袋に使う布は白い絹、緋袴の布には赤い絹が用いられているが。唯一、千早に用いられている布だけは明らかに性質が違う。

 非常に薄く軽い織物で、背後が僅かに透けて見えるほどだ。


「あら、よくご存じですわね。この辺ではあまり流通してませんのに」

「露店市で探しても見つからなかったので、手に入らないかと思ってました」

「亜麻布が目的なら露店市でより、ちゃんとした商店で探す方が賢明ですわ」


 露店市では様々な個人が思い思いに露店を並べて商売できるため、そこに溢れる物品はまさに玉石混淆という言葉が相応しい。

 とはいえ露店市は人が溢れた場所でもあるので、セキュリティ面では難がある。高価なアイテムはどうしても露店では取り扱いにくいため、都市内でしっかり店を構えている『商店』を探した方が見つけやすかったりするのだ。


「亜麻が手に入るなら、ピローカバーにはこれを使うのも良さそうですね」


 現実世界でシグレが生活している病棟もそうだが、ホテルや旅館などのように、人が寝泊まりする施設で『リネン』と言えば、普通は『寝具』のことを指す。

 特に寝具に掛けるカバー類のような、薄い織物のみを限定して指す場合が多いだろうか。病院やホテルでは『リネン室』という、シーツやピローカバー、タオル類などのみを保管する部屋が設けられていることも多い。

 それらは現代に於いては、殆どが化学繊維によって作られているが。名に名残(なごり)が残っている通り、亜麻布は寝具類との親和性が高いのだ。


 けれどシグレの言葉を受けて、ルトナは「まあ」と呆れたような声を上げた。


「そもそも魔物素材だけで寝具を作るというの自体、贅沢が過ぎますのに。その上、たかが枕に亜麻布を用いるというのは……。

 駄目とは申しませんが、率直に申し上げて『お金の無駄遣い』です」

「う、そうですよね……」


 叱られてしまった。

 『王都アーカナム』の気候は日本と同じ温暖なものなので、亜麻の栽培には適さないだろう。亜麻は寒冷な地域に向く植生なので、日本でも確か北海道ぐらいしか栽培されてはいなかった筈だ。

 この世界に於ける商品の市場価格は、結局のところ輸送コストの影響する部分が大きい。近くで手に入る物は安く、遠くから運ばれてくる物は高くなる。

 亜麻布はもっと北部の特産品だろう。今回の服のように、少し特別なものを作るのであればともかく。日用品の材料にわざわざ遠地から運ばれてくる高価な素材を用いるというのは、ルトナという通り無駄遣い以外の何物でも無かった。


「ま、シグレの感覚自体は正しいのでしょうけれどね。亜麻を栽培している現地では、寝具や下着などに使っているという話は聞いたことがあります」


 肌触りの良い生地なので、平易に手に入る地域では日用品にも使われるだろう。

 そういえば、下着は英語だと『ランジェリー』と言うが、これはもともと『亜麻の下着』のことを示すフランス語が由来となっているらしい。

 それを知ったのは確か、数年前に見たテレビのクイズ番組だっただろうか。

 『語源問題』といえば昔はクイズの定番だったのに、最近はあんまり目にしなくなったなと思う。常識問題とか、そういう系統の方が今時は受けが良いのかな。


「そういえば先輩の髪は、ちょうど亜麻色をしていますよね」


 亜麻色とは、黄色が強めに混じった茶色のことを指す。


「女性に髪の話をするというのは、口説き文句として定石ですわね。―――この後は、どこか高いレストランでランチにでも誘って下さるのかしら?」

「掃討者の仲間と昼食の約束がありますので、無理です」

「あら、いけず。口説かれていた筈なのに、逆に振られてしまいましたわ」

「脈が無い相手を口説くほど、僕は酔狂ではありませんよ」


 苦笑しながらシグレがそう応えると、ルトナもまた可笑しそうに微笑んだ。

 ルトナは日頃から『白髭の似合う素敵なおじさま』が理想だと言って憚らない。

 彼女に好かれるためには、シグレはあと20歳は老けなければ難しいだろう。


 時折ルトナと他愛のない雑談を交わしながら、淡々と巫女服を仕上げていく。

 ルトナが事前に言っていた通り、製作する上で難しそうな部分は全て彼女が済ませておいてくれたこともあり、特に完成まで苦労するようなことも無かった。




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 □シュレジア巫女装束/品質[107]


   物理防御値:8 / 魔法防御値:36

   装備に必要な[筋力]値:6

   〔温冷調整〕〔魅力+26〕〔最大MP+10%〕

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  | 砂都シュレジアの巫女が着用する、伝統ある巫女装束セット。

  | 広大な砂漠を越えて都市へ辿り着いた男性達の、心のオアシスとなる。

  | 王都アーカナムの〈縫製職人〉ルトナによって作成された。

  | 王都アーカナムの〈縫製職人〉シグレによって作成された。


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 完成した服をテーブルに広げて『詳細』を視てみると、意外に装備として優秀な性能を持っている。というか付加効果が3つもある時点で凄い。


「……温冷調整?」

「暑さと寒さを凌げるようになる効果ですわね。この服を着ていれば猛暑の中でも涼しく感じるでしょうし、吹雪の中に居ても全く平気になりますわ」

「それは凄い」


 説明文から察するに、砂漠に近い都市で用いられている巫女服なのだろうか。

 暑い地方で着るものなのであれば、袴の丈が異常に短い、涼しげな巫女服なのも理解できなくはないだろうか。もっとも、着用者本人はたぶん暑さを感じないが。


「……膝上20cm以上って所かしら」

「ミニスカートというより、殆どマイクロミニの領域ですね」

「相当脚に自信を持っていなければ着られそうにないわねぇ……」


 そう漏らしたルトナは、じっとシグレの腕を見つめている。

 まだ朝とはいえそれなりに暑いので、シグレは両腕の袖を捲っていた。


「……シグレの腕って、男なのに細くて白くて綺麗よねえ。もしかして脚も」

「嫌です。絶対に嫌です」


 思わずぞわりと、想像してしまった嫌な感覚が背中を駆け巡る。

 さすがに女装は勘弁して頂きたい。そういうのは他にもっと適役が―――。


「あれ、師匠……? 師匠って縫製もされるのですか?」

「―――へっ?」


 工房の中で、思わずシグレは素っ頓狂な声を上げてしまう。

 ひとりの男性(・・)の姿を脳内に思い浮かべていたら、その相手がまさにシグレの視線の先に居た。


(ああ―――そういえば〈縫製職人〉だったっけ)


 以前ステータスを確かめた際に、ライブラの生産職も見ていたことを思い出す。

 確かライブラの生産職レベルは『4』だった筈だ。少なからずレベルが育っているのだから、ギルドの工房を利用しに来るのにも慣れていることだろう。


「あらあら、この男の子(・・・)は、シグレの知り合いなのかしら?」


 ルトナのその言葉に、思わずシグレはぎょっとする。

 今日もライブラの格好は、いつも通りにマントの内側にセーラー服を着込んだ、どう見ても女の子としか思えないものだ。

 だというのに―――ルトナは一瞬でライブラのことを『男』だと見抜いたのか。


 ルトナは、とても良い笑顔をしていた。

 良い笑顔過ぎて―――その、なんだ。ちょっと怖い。

 しかも、目が。目だけが笑っていない。完全に獲物を見つけた目になってる。


「そうですが……よく彼の性別が判りましたね?」

「これでも服飾に携わる者だもの。体付きを見れば、性別ぐらい一目瞭然よ!

 ―――って言いたい所だけど、ぶっちゃけ勘ですわね。どうみても女の子にしか見えないのに……けれどほんの少し、本当にごく僅かにだけ違和感を覚えるのよ。だから当て推量で『男の子』って言ってみただけよ?」

「………」


 それはつまり―――カマをかけられた、ということか。


 シグレの正面で、清々しいほどに満面の笑みを浮かべているルトナ。

 『間抜けが見つかったようですわ』と、その笑顔が雄弁に語っている気がした。

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