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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
〔 tailpiece. 〕

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72. 護られた〈侍〉

 



 『鉄華』の店番に立ちながら、カグヤは今日のことを思う。

 〈迷宮地〉である『ゴブリンの巣』。あの場所へ採掘に行き、都市に戻ってからまだ二時間と経ってはいない。―――だというのに、もう何日かは後悔と自責の念に囚われ続けたかのように、カグヤの精神は深く憔悴していた。


 念話で事前に伝えてきた通りに、都市の西門で先に待っていたシグレは、まるで何事も無かったかのように「おかえりなさい」とカグヤを出迎えた。

 普段通りの優しい微笑み。そこに、つい先程『死』を体感したばかりである筈の苦渋は、欠片ほどにさえ浮かんではいなかったけれど。


(シグレさんは、優しいから……)


 きっと、こちらが負担に思わないように。無理をして平然を装っていて下ったのだろうとカグヤには思えた。


 ―――『天擁(プレイア)』。

 古い言い方で『旅幻者(ベイヌーガ)』とも呼ばれる彼らは、〈イヴェリナ〉の主な神様である『天主六神』に招かれ、この世界へ来た異邦の旅人とされている。

 それが真実なのかどうかは、カグヤも知らない。けれど彼ら『天擁』の人達が、主神に愛されているが為に『死なない』という事実は、魔物と命の遣り取りを行う掃討者の常識として、カグヤも理解していた。

 いや、『死なない』という言い方は適切ではない。正確には『死んでも生き返ることができる』というだけだ。HPがゼロになれば違いなく『死』を体感することになるし、その際にはカグヤのような『星白(エンピース)』と全く同じ、死の痛みを味わう羽目にもなるのだと―――昔、何かの折に聞いたことがある。


 西門で出迎えたシグレは、二言目には「申し訳ありませんでした」と謝罪の言葉を口にしてきたけれど。カグヤからすれば謝りたいのはこちらのほうだった。

 元々、シグレが断れない状況なのを良いことに、『ゴブリンの巣』にある鉱床へ案内するよう要求したのはカグヤのほうなのだ。


 ここ『王都アーカナム』に属する〈鍛冶職人〉の中に、『掃討者』としての戦闘技術を併せ持つ職人は少ない。魔物が多く棲む〈迷宮地〉の中に鉱床が存在するとしても、そんな危険な場所にまでわざわざ鉱石を掘りに行こうと考える者など滅多に居はしないだろう。

 なればこそカグヤにとっては、その『鉱床』の情報には非常に価値があるように思えたのだ。鉱床は期間を空ければ『再生』するとはいえ、採掘しに来る者が多い鉱床は、再生する端から資源の取り合いとなるため旨味が少ない。

 その点、危険な地にある『鉱床』ならばリスクがある反面、独占的に利用できる可能性は高いだろう。自分が安定的に鉱石資源を手に入れられる『鉱床』を確保できるなど、〈鍛冶職人〉にとっては望外の喜びに他ならなかった。


 ―――そう、欲が出たのだ。

 『鉄華』を経営しているカグヤは金銭ならば人並み以上に持っているが、資源は金さえあれば思う儘に購えるというものではない。

 この街の鉱石資源は多くを輸入に頼っているが為に、その供給量は世辞にも安定しているとは言えない。商人が儲かると目を付ければ極端に増えることもあるが、そうでなければ需要を大きく下回る量しか齎されないことも間々あるのだ。

 鉱石資源は保管が利くが、場所を取る。『鉄華』内の倉庫も〈インベントリ〉も容量は有限なのだから、供給が多いときに確保しておくにも限度があった。時には北の〈フェロン〉にまで鉱石の買付けに行くこともあるが、カグヤは行商人ではないから馬車は持っていない。運搬できるのは〈インベントリ〉に収まる量だけだ。


 そうした鉱石確保のための労苦を知っていればこそ―――近場の〈迷宮地〉内に鉱床があると聞いて、欲が出たのも仕方の無いことだろう。

 その〈迷宮地〉にどういった魔物が出るのか、採掘に行く上でどのようなリスクがあるのか、などといった情報を事前に全く集めもせず。考慮もしなかったことについては、今更ながらに自身の愚かしさを恥じ入るばかりだった。


(そんなだから、シグレさんを死なせてしまった……)


 死地から他者を逃がすのは簡単なことではない。だというのにカグヤを上手く逃がすことができたのだから……もしカグヤが同道していなければ、〈迷宮地〉から自分が逃げるぐらいのことは、シグレならば容易にやってのけたことだろう。

 彼から脱出の機会を奪ったのが、他ならぬ自分の存在なのだと。それが判るだけにカグヤは酷く申し訳なく、惨めな気持ちになるのだった。


 ―――死の苦痛を彼に、強いたのは自分だ。

 それに、痛みだけの話でもない。『天擁』の人は確かに倒れても生き返ることができるが、代償がないわけではない。復活すると同時に、魔物の討伐で次のレベルに成長する為に蓄積していた全ての『経験値』を失ってしまうらしい。

 事実HP残量を示すバーが真っ黒に染まった『死』の、およそ10分後に復活したシグレは。代償としてその時点で8割近く溜まっていた、次のレベルに達するまでの経験値の蓄積度合いを示すバーが、一気に真っ黒に染まってしまっていることがステータスからカグヤにも確認できてしまった。


 天恵を多く持つ人は、それだけ成長が遅くなる。ましてシグレほどに膨大な天恵を有する人がレベルを成長させるために、他人(ひと)よりもどれほど多くの努力を必要とするかなど計り知れるものではない。

 他者の数十倍か、あるいはそれ以上か―――才能を多く持つ人は、その理不尽な成長の遅さ故に心を砕かれ、『掃討者』という生業を諦める場合が多いと聞くが。

 それなのに、シグレは毎日のように狩りに出て、こつこつと経験値を貯めることを諦めないのだから。彼の努力家ぶりにはカグヤも感心するばかりだったのだ。


 ―――だというのに、その全ての努力をカグヤが無にしてしまった。


 金品ならばまだしも……失った経験値は、一体どのように償えば良いのだろう。

 彼はカグヤに多くのものを与えてくれている。いまの『鉄華』にはシグレが手掛けた品を陳列する為のスペースもあるし、カグヤが打ったものに彼が付与を施してくれた武具は、この店の新たな主力商品ともなりつつある。

 店の収入面ひとつ取っても、彼が齎してくれた恩恵は決して小さくない。



     *



「……おーい。おーい、かーぐやー」

「―――わわっ!?」


 自分の身体が揺らされていることに気付いて、思わずカグヤははっとする。

 いつの間にか、目の前すぐの位置にキッカの顔があった。カグヤの両肩にキッカの手が添えられているあたり、どうやら彼女から身体を揺さぶられていたらしい。


「おっ、気付いた気付いた。どしたの? 店番しながら何か考え事?」

「ああ……いらっしゃい、キッカ。いつの間に来ていたんですか?」

「15分ぐらい前かな。商品を色々見ながら暫く放っといたんだけど、全然こっちに気付く様子が無いからさあ」

「そ、それは、すみません……」


 客が来ているのに対応しないなど、『鉄華』店主としてあるまじき行為だ。

 そもそも、いくらそれが親しい友人とはいえ全く気づきもしないだなんて……。


「何かあった?」

「……訊くにしても、普通はもうちょっと遠回しな訊き方とかしません?」

「あはっ、何言ってんの。そんな迂遠な気遣いする仲じゃないでしょ?」

「まあ……それは、そうですけど……」


 会話に応じながら、キッカが差し出してきた何かの飲み物をカグヤは受け取る。

 ひとくち飲んでみるとみると、その飲み物は瑞々しくも程良く酸っぱくて、目が覚めるような思いがした。

 ヒールベリーの果汁を搾ったものだ。季節柄まだ旬には少し早いが、早摘みしたものは酸味が適度に落ち着いているので、そのまま飲用とするのにちょうど良い。ここに来る途中、近くの露店市かどこかで買ってきたのだろうか。


「シグレさんを、死なせてしまいました」

「死なせて、かあ……。戦闘で護りきれなかった?」

「いいえ」


 カグヤはすぐに(かぶり)を振って否定する。

 それならば……まだ良かったとも言える。後衛を護るのは当然、前衛の仕事なのだから。護りきれなかったならば、その責がカグヤにあるのは明白だ。

 それならばもっと率直に、カグヤは己の力不足を詫びることができただろうし、シグレもきっとカグヤの謝罪を受け取ってくれたことだろう。


「だったら、逆かな? シグレに護られた?」

「……はい」


 護られた、という言葉は、なるほどその通りだと思えた。

 彼に護られたのだ。カグヤが被るべき『死』を、シグレが引き受けてくれた。

 だからカグヤは死ななかった。……代わりに、彼は死んだ。


「そんなに深く考えなくていいと思うよー? 私やシグレは死なないんだし」

「でも……」

「自分の身ひとつでこっちの世界の人の命が守れるなら、たぶん『天擁』の人なら誰だってそうすると思う。―――私だってそうだろうし、シグレもそうしただけ。当然のことをしただけなんだから、カグヤが気に病む必要はないと思うけど?」


 キッカはそれを、何でも無いことのように口にする。

 その平然とした様子は、シグレが見せるものとそっくりだった。


「判らない……判らないよ。なんで『天擁』の人は、死ぬのが平気なの?」

「取り返しが利くからね。そんなに大したコトじゃないし」

「……でも、凄く痛いって聞くよ?」

「ああ―――うん、あれは痛い。文字通り『死ぬほど痛い』からねえ」


 くつくつと、笑いを漏らしながらキッカはそうつぶやく。

 こっちは真剣に悩んでいるっていうのに……一体何が可笑しいのだろう。


「私、シグレさんにどうやってお詫びしたら……」

「カグヤに謝られても、シグレはちっとも嬉しくないと思うけれど?」

「……じゃあ、どうしろって言うんですか」

「何かシグレの喜ぶことでもしてあげたら? そのほうが建設的だと思う」


 なるほど、とカグヤは思う。

 シグレは謝罪を望まない。カグヤがどんなに謝った所で、困らせてしまうだけにしかならないことは、想像に難くない。


(シグレさんが喜ぶこと……)


 何かあるだろうか、と必死にカグヤは頭を巡らせて。

 ―――そうして、ひとつだけ。洞窟内で鉱石を掘りながら、シグレと交わした言葉の中に、思い当たることがあった。




-


 『……そ、そうですか? シグレさんも……見れて、嬉しかったですか?』

 『………………え、ええ。……そうですね』


-




 ………。


 これは、何か『シグレの喜びそうなこと』と違うような気がするのだけれど。

 ううん……。

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