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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
3章 - 《掃討者の日々》

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71. 〈侍〉カグヤ - 6

 


 ホブゴブリンが横薙ぎに払った、両手斧の一撃。その強烈な衝撃を【杖は盾に】のシールドで受け止めると、障壁はあっさり破壊されてしまい、その威力の余りにシグレの身体は大きく後方へ弾き飛ばされた。

 幸い、上手く受け身を取ることで接地時のダメージをほぼゼロに軽減することができたのは、シグレの身体能力([敏捷])がそれなりに高かったからだろうか。現実(リアル)では練習したこともない受け身を反射的に行えたのは、驚きと共に静かな感動をシグレの心にもたらした。


 もっとも、受け身の際に地面に擦過したことで発生した些細なダメージでさえ、シグレの最大HP量からすれば無視できるものではない。

 可能ならば【軽傷治療】のスペルを行使して自身のHPを回復させたいが―――ゴブリン・アーチャー達がこちらへ向けて弓を引絞っているのが見える以上、まずはそちらへの対処を優先しなければならなかった。


「―――【突風(アガロス)】!」


 洞窟の通路内を揺るがすほどの突風が、短時間だけその場に迸った。閉所に吹き荒れた突風にダメージを与える力は無いが、ゴブリン・アーチャー達が射ち放った矢を退けると同時に、魔物集団を怯ませるのには十分に有効だ。


「苛烈なる炎の精霊、我が友サラマンダーよ力を貸せ! 【炎の壁(ヒムカ・カカロン)】!」


 その隙にシグレは手早く詠唱を済ませて【炎の壁】のスペルを放つ。

 シグレの目の前に現れた猛火の壁は、地面から天井まで、洞窟の通路を余す所なく阻む広さを持っているため、シグレは魔物集団の姿を見ることができなくなる。

 もちろんそれは魔物の側からも同じことで、シグレの立ち位置が判らなくなればゴブリン・アーチャー達も矢を撃ちづらくなることだろう。


(―――進め!)


 明確な『意志』をもってそう命じると、【炎の壁】は魔物集団がいる奥の側へ、人が歩く程度の速度でゆっくり前進を開始する。


 昨日『宝箱』から手に入れた魔術書は既に読ませて貰ったので、現在のシグレは魔物集団への範囲攻撃手段として【氷嵐】のスペルを使うことはできる。けれど、詠唱時間が『42秒』と非常に長い【氷嵐】は、味方のサポートを得られる状況下でもない限り、使いこなすことは不可能だ。

 しかし―――その点【炎の壁】であれば、たった『6秒』という短い詠唱時間で行使することができる。しかも今は通路戦なので迫り来る『炎の壁』を回避できる隙間は無く、魔物集団の背後は【塁壁召喚】によって封鎖済なので逃げ場もない。

 現在の状況下だけに限るならば【炎の壁】は十分に『範囲攻撃』として機能するだろう、と。シグレはそう踏んだのだ。


 【炎の壁】は攻撃手段としてはお世辞にも優れたスペルではない。開けた野外(フィールド)ではまず魔物に避けられてしまうし、閉所でもこうして工夫を凝らさなければ魔物に命中させることは容易ではない。

 但し、命中させるのが難しい分【炎の壁】の威力は高い。ゴブリン・ジェネラルやホブゴブリンのような高耐久の相手には、命中させてもHPの一部を損なわせることしかできないだろうが。ゴブリン・アーチャーにならば、一撃で倒せるだけの威力を充分有しているように思う。


 果たして―――シグレの推察は正しかったようだ。【炎の壁】が前進した後から姿を見せたのは、ゴブリン・ジェネラルと3体のホブゴブリンだけだった。

 経験値『1点』が3回手に入ったことから察しても、ゴブリン・アーチャーを全て排除できたのはおそらく間違いない。シグレの〈インベントリ〉にも3度に渡ってドロップアイテムが手に入る感覚があった。


(弓手を全て倒せたのであれば、勝機は充分にある―――!)


 これで矢を警戒する必要は無くなった。遠距離攻撃さえ封じることができれば、まだ【韋駄天】による移動速度増加が残っていることもあり、適切に距離を保ちながら戦うことは難しくない。

 魔物を【衝撃波】や【斥力】で弾き飛ばしてさらに距離を稼ぐこともできるし、あるいは【捕縛】や【足縛り】で無力化を狙うのも良い。後は、魔物の近接攻撃を確実に避けることだけを意識しながら、攻撃スペルを適宜打ち込み、相手のHPを削っていけば問題ない筈だ。


 ―――負ける気がしなかった。

 不思議なほどに思考が明晰(クリア)で、勝てるビジョンだけが()えていた。


「魔力を支配する〝銀〟よ―――」


 だから【捕縛】の呪文を詠唱している最中に、シグレの身体に襲い掛かってきた強烈な一撃の正体にも―――シグレは、気付くことができなかった。


「がはっ……!」


 魔物集団との距離は充分に離れていた筈だった。

 僅か『4秒』で詠唱できる【捕縛】を発動させる余裕は、充分にある筈だった。


 だが―――シグレの身体は、大きく弧を描くように弾き飛ばされていた。

 HP残量を示すバーは真っ黒に染まり、その現在値は『-85』へ減少していた。


 真っ赤に染まる視界の中で、ゴブリン・ジェネラルが何かこちらに向けて長剣を振り払ったような仕草を垣間見ることができた。

 魔物との距離は10メートル以上離れている。剣を振る必要など無い筈で―――。


(ああ……、そうか《剣閃》か……!)


 ユウジは昨日、ゴブリン・ジェネラルのことを「俺と戦闘スタイルがほぼ同じ」だと説明してくれた。それは『片手剣』と『大きな盾』という装備面でもそうだし、《応撃》を軸にして戦うというスキル面でもそうだ。

 ユウジは《応撃》とは別に、《剣閃》という大きく振り払った剣先から衝撃波を飛ばし、遠距離の対象を攻撃するスキルも有していた。

 ならば―――ゴブリン・ジェネラルもまたユウジと同じように。《剣閃》という遠距離攻撃手段を使用できると考えるのは、自然なことだ。






   +--------------------------------------------------------------------+

            あなたは 『死亡』 しました。

      600秒後に『〈王都アーカナム〉:西門』で復活します。

   +--------------------------------------------------------------------+






 より色濃い真紅に染まった視界の中央に、小さなウィンドウが表示される。

 地面に突っ伏した自分の身体は、動かない。上肢も下肢にもまるで力が入らず、今のシグレには身じろぎひとつさえすることはできなかった。


 ウィンドウの中で、カウントダウンがひとつひとつ進むのを眺めながら。

 そこまで来てようやく―――自分が魔物達に『負けた』のだと自覚した。


『―――主人!』

『シグレさんっ!?』


 ぼやけ霞んでいく視界の中で、けれどカグヤと黒鉄からの『念話』だけが明瞭に聞こえてくる。特にカグヤの声は、殆ど悲鳴混じりの痛々しいものだった。


 離れていても、パーティを組んでいる相手の状態(ステータス)は確認することができる。

 おそらく二人はシグレのステータスを視界内に表示させていて、そのHPバーが一瞬で蒸発させられたことに気付いたのだろう。


『ああ……すみません、二人とも。やられてしまいました』


 唇さえ動かせない状態でも、どうやらこちらからも念話の送信は可能らしい。

 ゴブリン・ジェネラルに倒されてしまったことをシグレは説明し、その上で自分が『天擁』なので死亡しても全く問題無いこと。10分後には都市の西門で復活できるらしいことを、改めてカグヤに伝えた。


『……そちらは大丈夫ですか? 問題無く逃げられました?』


 落ち着いた声になるよう務めながら、シグレが穏やかにそう訊ねると―――。

 念話の向こうで、カグヤが段々と小さな嗚咽を上げ初めて。……ついには念話を繋いだまま、噎ぶように彼女は声を上げて泣き始めてしまった。


 カグヤを泣かせてしまったという事実に、酷くシグレは心が痛んだ。

 決して彼女を泣かせたくて、こんなことをしたわけでは無かった。


『し、シグレさんが……シグレさんが大丈夫じゃないじゃないですか……!』

『僕はいいんです。カグヤの無事が、一番大事なんですから』


 シグレとカグヤの命は等価ではない。

 少なくともカグヤの命は、一度失ってしまえばもう、戻ることは無いのだから。


『カグヤ殿が壁の前からなかなか離れてくれず、説得に苦労したが……現在は問題なく帰路を辿ることができている。魔物の気配も無いようなので、大丈夫だ』

『そうですか、それは良かった……』

『よくないです……! ちっとも、よくないん、ですからぁ……!』


 シグレの死は、一時的なものに過ぎないのに―――。

 それを本心から悼んでくれるカグヤの悲痛な声が、どうしようもなく申し訳なく思えると共に、けれど……少しだけ有難く、嬉しくもあった。


 何にしても―――魔物には敗北したが、最も重要な役目だけは果たせたのだ。

 初めての『死』を経験したことに後悔はない。

 後悔があるとすれば、それは―――そもそもこんな危険な場所にカグヤを連れてきてしまった、己の愚かしさに対してだけだ。


『僕はあと10分後に都市の西門で復活します。二人は急がなくて構いませんから、必ず無事に帰ってきて下さいね。―――黒鉄、カグヤの護衛をくれぐれもお願い』

『無論だとも、主人』

『うう……。今回は、本当に……ありがとうございました、シグレさん』


 小さな声で、カグヤがそう漏らす。

 その一言の為になら、何度でも命ぐらい賭けられるような気がした。


 ―――実際に体感した『死』の痛みは、案外それほどでもなかった。

 痛いには痛かったのだが……不意打ちだったせいだろうか。痛みなど感じる暇もなく、気付けば自分が死んだという事実だけを突き付けられたような気分だ。


 シグレを殺めたゴブリン・ジェネラルは、何事も無かったかのように『宝箱』の傍へと戻り、その場に立ち尽くすだけだ。

 カウントダウンの傍ら、骸からのぼやけた視界でそれを眺めながら―――。


(……ああ、悔しいって言うのは、こういう気持ちなんだな)


 シグレはしみじみと感じ入るように、そう思った。

 戦闘の熱は身体の内から引いても、心の(うち)ではまだ燻っているものがある。

 己の無力さや愚かさを実感する機会など、現実世界では何度だって経験してきた筈なのに。過去に経験したどんな機会よりも、仮想世界のこの場所で、いま魔物に勝てなかった自分が―――悔しかった。


 悔しいという感情は、同時に生きている実感をシグレに与えてくれる。

 現実で無い筈の夢の世界で、却ってシグレはより鮮明(リアル)に生きている気がした。




                - 3章《掃討者の日々》了

 

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